第16話 8月② 心が軽い
入星管理局の建物の中は広々としていた。ボサノヴァとジャズを掛け合わせたようなしゃれた音楽がBGMで流れている。アーティスティックにコラージュされた写真やピカソの抽象画のようなクロッキー、日本画とシュルレアリスムを組み合わせたような絵画などが壁面に飾られ、芸術を大切にする星なのだなと思った。
中にいる人はまばらだったが、僕やナナと同じように人間の形をしていた。青や黒や赤などの色をしたスカーレットクローズを皆着ていた。ファンタジーの世界の宇宙人のような存在もいるのかと期待していた僕は期待を裏切られた気持ちでいた。
ナナが一人で全てやってくれたのだが、ゲートで入星の手続きを済ませ、ゲートを抜けた先にある広間に僕たちはいた。この広間には、様々な記号が書かれたいくつもの扉がある。どの記号も古代の象形文字のような記号だった。まばらにいる人たちがそれぞれの扉に向かって歩いていくのが見える。
「あまり、私たちと代わり映えのしない人種ばかりでがっかりしたかしら。今は周りにいないけれど、この広い宇宙には、有翼種と呼ばれる翼の生えた人種や動物型の知的生命体もいるのよ」
「有翼種、見たかったな。ファンタジーのゲームの世界だな」
「惑星スカーレットに住むことになれば見る機会もあると思うよ」ナナはどの場面でも勧誘上手だ。
「スケジュールを説明するわね。今日から三日目までは、音楽好きなあなたに合わせて、音楽好きの集う街に行くわ。四日目と五日目は、惑星スカーレットの経済循環や資源循環を知るための勉強の旅。六日目から地球に帰る十日目までは、惑星スカーレットの技術を駆使したバカンスの島で過ごす予定よ」ナナは手に持った書類を見ながら説明する。説明を終え、ナナが胸に手を当てると書類がすっと視界から消えた。
「いろいろな所に行けて楽しみだよ」僕は目を輝かせて言った。
「荷物のボストンバッグ、預かっておくわ。一日目に滞在するホテルに置いておくわね」ナナがそう言ってボストンバッグを係の人らしき人に手渡す。
「ちなみに惑星スカーレットの一日の時間は地球の時間と同じ約24時間。太陽に類似する恒星の周りを回っているの。月に似た衛星もあるのよ。様々な点で惑星スカーレットと地球は類似点があるわ。惑星スカーレットで産まれた魂が宇宙空間をさまよってはるばる地球に行くのはそのためね」
「ふうん」
「統合失調症の症状も今は寛解しているはずよ。どう? 感じない?」
「そういえば、心が軽くなっている気がする。頭のモヤが晴れていくような」
確かに鈍重だった心が鎧を脱ぎ去ったように軽い。以前、惑星スカーレットは僕の魂の産まれたところだとナナは言っていたが、魂のふるさとのこの惑星の環境には魂が自然に馴染むのだろうか、そこにいるだけで胸の奥からリラックスする。
僕たちは広間をしばらく歩いた。ナナが何らかの記号が書かれた扉の前で立ち止まり、僕も立ち止まる。
「この記号は地球で言う音符よ。この先はミュージシャンやそのファンが訪れる音楽の街。行くよ」
モヤが晴れてすっきりした頭で僕は明るく「うん!」と言う。
僕たちは扉を抜けた。また景色ががらりと変わった。
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