第15話 8月① 惑星スカーレットの世界へ
ついにその日はやってきた。8月10日早朝、まだ寝ている僕の部屋にナナが空間跳躍で現れ、僕を起こした。「出発よ」と言ってまた空間跳躍を行い、僕たちは見渡す限り何もない広大な砂漠に立っていた。風で砂塵が舞っている。身体が溶けてしまいそうなくらい暑い。
そして、ナナが胸に手を当てると、横長の銀色のメタリックボディをした宇宙船らしきものが現れた。宇宙船といってもそこまで大きくなくて、大きなワゴンカーのように、人間が六人分くらい入れそうなサイズの宇宙船だ。
「地球から惑星スカーレットまでは遠いから空間跳躍もエネルギーを使うわ。だから、エネルギーを大量にストレージできる専用の宇宙船が必要になるの。この宇宙船に乗れば、惑星スカーレットまでは一瞬よ」
「えっ、じゃあ宇宙は見られないの?」僕はニュースや映画でしか見ることができない宇宙に行けることも楽しみにしていたのだ。
「宇宙、見たい?」ナナはいつもの面倒くさそうな雑な言い方で尋ねてきた。
「そりゃあ見たいよ」
「仕方ないわね。そう言うかもしれないと思って、面倒だけど宇宙服も用意してきたわ。百Gまで衝撃を無力化できる優れものよ」ナナは気が進まない様子で宇宙船に出入りして、二つの赤色の宇宙服を砂漠の地面に降ろした。
「この宇宙船のような乗り物で宇宙に行けるの?」
「そうよ。空間跳躍もできるし、大気圏突破や宇宙滞在もできるし……。どちらかのシステムが攻撃などでダウンした時のために両方できるようになっているの」
「へえ。宇宙に行けるのは嬉しいよ」
僕たちは赤色の宇宙服に着替え、僕の荷物と共に宇宙船に乗り込んだ。4人乗りの宇宙船で、前列に二人、後列に二人座れるようになっている。僕とナナは前列に座った。ナナの前方下部にはタッチパネルらしき機器類があり、それでこの宇宙船を操作するのだろう。宇宙船には前方と左右に大きな窓がついており、悠々と景色が見えるようになっている。
「シートベルトを締めて」とナナが言うのでそうする。シートベルトのボタンを押すとシュッと言って自動的にベルトがお腹周りに締められる。
ナナが「行くよ」と言ってタッチパネルに触れると、宇宙船は垂直飛行して徐々に速度を上げていき、地面があっという間に遠くなる。太陽がまぶしく、あたり一面真っ青な空の世界を経て、2分もしないうちに一気に宇宙まで来た。
「無音で静寂の空間。窓からは青い地球が見える。神々しい……。これが宇宙なんだね」僕が感嘆の声を上げる。
「赤色の惑星スカーレットもいいけど、青い惑星も趣があるわね」ナナがしみじみと言う。
「せっかくだからシートベルトを外してみたら」
ナナに言われてシートベルトを外し、無重力の船内を5分ほど遊泳した。窓から見える漆黒の世界の中で、太陽はまぶしすぎて目を向けられない。暗黒の宇宙ときらめく星たちと青々とした地球を窓から眺めながら行う宇宙遊泳は、産まれて初めての身を躍らせる新鮮な感動に満ちていた。僕お得意の中二病的詩的表現を用いれば、産後間もない子鹿が、煌々とした太陽の光に照らされた外の草原の風景を初めて見るような、最初で最後と思えるみずみずしい体験だった。
「これが無重力かぁ。慣れてないからあちこちにぶつかるけど、楽しいよ」
「これで満足?」5分ほどしか経っていないのに、ナナはすでにくたびれている。そろそろ惑星スカーレットに向けて空間跳躍したいようだ。
「まだ宇宙を体験していたいけど、ナナにも予定があるだろうし、出発しよう」
「ついに行くわよ」
ナナが胸に手を当てると、窓に広がる黒い宇宙と青い地球の世界から、一瞬で景色が変わった。
黄色がかった赤色の大地が舗装もされずにむき出しに広がる景色。眼前にはワインレッドの色をした大きな建物が見える。地球の建物とはだいぶ趣が異なる。地球の建築物で一番近いのはガウディのサクラダ・ファミリアだろうか。僕は宇宙船の窓からそれらの景色を少しの緊張感と共に新鮮な気持ちで眺めていたのだが、ナナが「出るよ」というので、ナナに続き、僕もおそるおそる宇宙船を出た。ナナが以前言っていたとおり、気候はとても快適だ。
「地面、舗装されていないんだね」地面を足で踏みしめて開口一番、僕が言う。
「交通手段は空間跳躍だし、風が吹かないから砂埃も起こらないし、これでいいの。それより、この服に着替えて」
そう言ってナナが僕に差し出したのは、紺色のつなぎと水色のシャツだった。普通の地球人のセンスからしたら、妙ちきりんな服だ。
「来賓用のスカーレットクローズよ。身体の動作の補助をしてくれるし、爆風などの衝撃にも耐えてくれる。顔までは覆われていないけれど、技術力の成果で身体だけでなく顔に銃弾や衝撃が来ても防いでくれる。何かあった時のために一応着ておいて。着替えが見えないように覆いを作ってあげる」
そうナナが言って胸に手を当てると、スカーレットクローズを手渡された僕の周りに真っ黒な覆いが出来た。僕の持ってきた着替えが無駄になってしまったなと思いながら、その青色のスカーレットクローズに着替えた。
「着替えたよ」と僕が言うと、一瞬で覆いが消え、また赤色の大地が周囲に広がった。
「この服、あちこちに押すためのボタンがついているね」と僕が言うと、「押す必要のある時になったら言うからまだ押さないでね」とナナが答えた。
「荷物のボストンバッグが軽く感じるよ」ボストンバッグではなくポリ袋を持っているように軽い。
「さっきも言ったように、身体の動作の補助をしてくれるためよ。重い物を軽く持てたり、速く走れるようになったりできるの。スカーレットクローズを着ていれば、地球のオリンピックは全種目制覇可能ね」
「ははは」僕は乾いた笑いをする。
「あの建物に行くわよ」ナナが前方にある建物に向かって言う。
「何の建物なの?」と歩きながら僕が訊く。
「入星管理局よ。惑星スカーレット外からこの星に来た場合、入星管理局で手続きをする必要があるの。その後、入星管理局から好きな街まで空間跳躍で行けるようになるわ」
「地球みたいに、車や電車などの交通手段はないのかい?」
「レトロ趣味の人のためにそういった交通手段も現存しているけれど、基本は空間跳躍ね。ただし、入星管理局で手続きをしてライセンスを取得しないと、空間跳躍はできないようになっているわ。ごくまれに犯罪者がライセンスを偽造して空間跳躍することもあるけれどね」
「犯罪者はやっぱり惑星スカーレットにもいるんだね」
「そうね。人間のさがで、犯罪を起こす人はどこの宇宙にも少なからずいるものよ。ただ、惑星スカーレットの治安は最高ランクだから安心して。人口約10億人の惑星スカーレット全体で、地球の日本全体よりも犯罪発生件数は少ないのよ。聡吾には惑星スカーレットの旅を何の気兼ねもなく楽しんでほしいな」
そうナナが言って、僕の10日間に渡る惑星スカーレットの冒険が始まった。
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