第13話 7月 ミカンズの歌
今日はミカンズのライブを観に行く。大学で行われる前期試験の合間の土曜日に行われるライブだが、普段から勉強している臆病者の僕は、試験はまあなんとか大丈夫なのだ。去年、産まれて初めて夏フェスなるものに行き、そこで初めてミカンズを観て以来二度目のミカンズだ。
ミカンズに出会ったのは、 たしか中学3年のころだったと思う。何も知らないのに何でも知っている顔をしていたあの頃。
そのころの僕は、いじめられたり、重度のアトピーだったり、ただ、悶々と憂鬱に日々を送っていた。 そして、今と違い、音楽に対してそれほど興味がなかった。
中3になってから、友人とのカラオケ通いが頻繁になった。 その頃の僕は流行り歌など知らず、ひとつの歌も歌えなかった。 アニソン、ボーカロイド、J-POPなど上手に流行り歌を歌いこなす友人たちがうらやましかった。
僕は、カラオケのレパートリーを増やすために J-POPを急いで聴き始めた。パソコンもスマホも持っていないのでネットができず、レンタルしたCDを家族共用のCDコンポでかけて音楽を聴いていたのだが、CDをかけて音楽を聴く行為は、僕にとって新鮮な行為だった。
その行為の中に、あのときの僕は出会いを期待していたのだと思う。 今の自分を変えてくれるような、新しさに満ちた出会いを。
でも、どのJ-POPにも僕の心を掴むものはなかった。 音楽を聴くことは、ただのカラオケ練習用途だった。音楽って、こんなもんか。
そんな時に、友人が一枚のCDを貸してくれた。 ミカンズの「How To Fly」だ。
ミカンズのそのアルバムは、 僕の世界を一変させた。 あのときの僕の気持ちを一言で言うならば、 ミカンズの世界に、僕は恋をしたのだと思う。 部屋に流れるミカンズの音楽は、暗く湿った僕の世界に花を咲かせた。 春が来る――。
気がつくと、ミカンズのCDを中古で集めて、 一日中ミカンズの音楽に浸っている自分がいた。
親にねだって携帯音楽プレーヤーも買ってもらい、朝から晩までミカンズを聴いていた。
朝、起きて学校に行く前にも。通学中に歩いている時にも。家族そろっての夕食の時にも。期末テスト前に自室で勉強をしている時にも。寝る前にベッドの中でも。
ミカンズの歌には、喜びがあった。 人と通じ合えたときの喜びがあった。
「君といられて嬉しい 意味もなく楽しい 心通わせる夢に心通わせてる」 ミカンズの歌にはこんな歌詞がある。
僕は、人から拒絶されていると感じることの方が多かった。 いじめ。アトピーのせいで血だらけの顔。 孤独だった。
ミカンズも孤独を歌っていた。
「捨てられた仔猫 僕と同じまなこ」と彼らは歌う。
彼らの歌を聴いていると、寂しさがまぎれる気がした。
ミカンズの歌を聴いている間は、 僕の抱える痛みがミカンズの歌う「喜び」によって かき消されていく気がしたんだ。
今、僕がここにいるのはミカンズのおかげだ。
それは大げさで、一アーティストのおかげで自分の今があると僕が言うことを軽率だと嗤う人もいるのかもしれない。
でも、孤独に胸がギュっとしめつけられる時も、 体調を崩してしばらくの間入院していた時も、 迷いの中で僕が僕なのか分からなくなった時も、 ミカンズの歌は僕を確実に支えてくれていた。 ミカンズの歌は僕に決して負けない力をくれた。勇気をくれた。
僕の「今」とミカンズの音楽は切り離せない鎖で繋がっているのだ。
あれから7年近く経った今でも、僕はミカンズを聴いている。7年の間に、一番好きなアーティストはミカンズからソクラテスの悲鳴に変わってしまったのだけど。
ミカンズの歌は、いわゆるメッセージソングではない。「頑張れ」と歌う曲はごくわずかだし、人を奮い立たせたるようなメッセージは直接的には含まれない。
でも、ミカンズの歌に描かれる風景が自分の心の中にある風景と重なる時、ミカンズの歌は、間違いなく僕にとっての希望になる。
今でも、僕はミカンズが歌う「喜び」を夢見ているのだ。孤独にも勝る、「君」の力を信じていたいのだ。
ミカンズのライブは素晴らしいものだった。ミカンズはファンの規模が大きいバンドで今日はスタジアムでのライブだった。スタジアムで遠くから観たので彼らの姿は点にしか見えなかったが、古く懐かしい歌から最新アルバムに入っている新しい歌まで様々な曲を聴かせてくれた。
ミカンズの歌を聴きながら、ミカンズに出会った頃の僕から今の僕まで色々なことがあったと思い返していた。そういえば、高校時代に一緒にミカンズの話で盛り上がった藤原竜太は今、何をしているのだろうか? 連絡を取っていないけれど、元気でやってくれているといいな。
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