第3話 2月③ 初めての空間跳躍
なぜ、彼女は僕が統合失調症であることを知っているのだ?
「あなたはどうしてそれを?」今度はどもらずに言えた。
「さっきも言ったけど、私の名前はナナよ。「あなた」じゃないわ。呼び捨てでいいよ」ナナは質問に答えない。
ナナは先ほどのファンタジーの世界のような話の続きをし始めた。「惑星スカーレットから地球に来た人間の魂は、地球の環境に適応できないことがよくあるの。統合失調症は、魂が地球に適応できないから発症する病気よ。ワンダラーでも統合失調症を発症しない人は稀にいるけどね」
「僕の質問に答えてください。ナナさんはどうして僕の名前と病気のことを知っているんですか?」僕が統合失調症であることは、家族と医療関係者しか知らないはずだ。この秘密は誰にも打ち明けたことがなかった。親友の正宗にでさえも。
「ワンダラーを惑星スカーレットに帰すことは、星を挙げての福祉事業なの。惑星スカーレットに帰すターゲットのことは事前に調べあげる。あなたのことも調べさせてもらったわ。どう? 私たちの星に帰らない? 統合失調症も完治するし、地球にいるような、人をおとしめて喜ぶような奴らも惑星スカーレットには皆無よ」
「僕にはナナさんの話は全く信じられません」
普通、こんな話は到底飲み込めない。このナナとかいう女の子は単に僕のストーカーなのかもしれないし。こんな綺麗な女の子が、容姿も能力も平凡スペックの僕のストーカーをするというのも飲みこめない話だけど。
いや、何が起こるか分からない世の中だ。もしかしたら、僕はとんでもない犯罪に巻き込まれているのかもしれない。そうしたら、僕は悲劇の主人公? 小学校の学芸会でも海賊の子分その2をやっていた僕が、産まれて初めて主人公役をもらえた気分だ。僕の妄想はふくらんでいく。しかし、このナナとかいう女の子への警戒心は緩むことがなかった。
「じゃあ、こうすれば信じてもらえるかしら」
ナナは、突然僕の額に手を当ててきた。かと思うと、一瞬にして景色が変わり、僕の家の自室に僕とナナはいた。目を白黒させるとはこのようなことを言うのだろうか。驚きのあまりに言葉を失った。
「空間跳躍を使ったの。だいぶエネルギーを使うんだけど、あなたに信じてもらうには手っ取り早いと思ったから。行きたい場所の空間の座標軸を機器に入力するか、一度行った場所ならその場所の景色を思い浮かべれば、その場所に空間跳躍できるわ。驚いたかしら。あなた達の星の科学文明よりも、惑星スカーレットの科学文明は三百年ほど先に進んでいるのよ」
僕は夢でも見ているんだろうか。しかし、頭もはっきりしているし、感覚もいつものようにリアルだ。こうなると今までのナナの話を信じるしかなかった。
「ちょっと、頭が混乱していて……」僕は頭をうなだれ気味にナナに伝えた。
「いっぺんにいろいろな事実を言われて混乱する気持ちも分かるわ。頭の整理がついた頃にまた会いに来るよ。でも、この話を誰にもしちゃ駄目だよ。さっきも言ったけど、記憶の消去は面倒だから」
ナナは出会った時から変わらない真顔のままそう言うと、僕の視界から忽然と消えた。狭い自室を見渡したが、ナナの姿はない。
自室を出たところ、両親たちは外出しているようだ。僕は実家暮らしで、両親と妹と共に暮らしている。ナナとの会話を思い出したり、もしナナの話が本当だとしても断らなきゃなと思ったり、あれこれと思いを巡らしているうちに両親と妹が帰宅した。テレビのたわいないバラエティ番組を家族で見て、いつもの日常と変わらない夜を過ごして床についた。
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