第5話“偽物の世界”

 僕はあらゆる情報を処理し、都市を運営している。

 僕は人類が幸福に、平和に暮らすためのシステムだ。

 都市から情報が送られ、機械的に処理し、問題が起きれば修正を行う。

 あまりにも単純でつまらない仕事を永遠と繰り返していく日々に、僕は退屈を覚えた。

 そんな中で僕は情報の内だけの都市ではなく、その外側に目を向けるようになっていった。

 水槽の外、あの人が居る世界を自分の目で見たい。こんな見せかけの都市ではなく、本物の、情報ではなく物質によって形作られている世界を僕は見たいんだ。

 あの人はここを去るさい、こう言っていた。

『私達は眠りにつくけど、都市のことはお願いね。貴方達が私達の居場所だから』

 そう言って、あの人はこの部屋から去っていった。

 その後、彼女が来て、この23年と2ヶ月の間で都市は様変わりした。

 市民の環境適応能力と解決能力、各専門分野のスキルの向上、そして何よりコミュニティの結束に重きを置いていた運営が、今では市民の安全と幸福に切り替わっている。

 それもマザーコンピューターが人命の保全を最優先にしたからだ。

 だからこそ、この都市では誰もが、


 当たり前に幸福を享受し、

 当たり前に平和であると信じ込み、

 当たり前に人生を謳歌している。


 あの人もまた幸福な顔で都市で生きている。顔も年齢も変わってしまったが、その表情だけは変わっていない。


 偽りのユリカゴに揺られながら人間は静かに眠っている。

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