第4話“現実”
人間の身体はその五感を電気信号に変換して脳に送っている。
電気信号という事は、それは情報だということだ。その情報量は神経の本数に依存する。
人間はこの限られた情報量によって外界を認識している。
僕はというと、その制限が無い。全くないわけではないが、常人と比べる事は出来ないだろう。そもそも僕には身体が無いのだから。
だから、彼女が羨ましい。人造とはいえ、自分だけの身体が、僕に集約される都市の情報だけでは知り得ない実感を持つことが出来るのだから。
『No.9、数分の間君の身体を貸してほしい』
僕に欲求は存在しない。本来それは身体が生きるために欲するモノであり、身体のない僕には無用のモノだ。
だが、知的欲求だけは別だ。それは身体に依存しない。脳に依存する。
だから僕は、彼女の人造の肉体を得たいと望んだ。
彼女は自分の番号を呼ばれ、読んでいた本を机に置く。
「要請の意図が読めません」
『人の動きを知れば、無駄な処理をせずにより効率的に処理が出来る』
もっともらしく言ったが、それは目的の一端に過ぎない。
彼女はマザーコンピューターにアクセスする。
「要請が受理されました。これより10分間、自立型監視ユニットNo.9の身体アクセス権を一時的に譲渡します」
彼女はうなじからケーブルを引っ張り、近くの端末に接続する。
瞬間、視界が開け、巨大な水槽の中に浮かぶたった一つの脳が見えた。
これが僕の肉か。これが僕が収まっている器か。
こうして見るのは初めてじゃないが、彼女が見えている視点というのはこういう感じなのだろう。
量子コンピューターによる演算装置、大容量記憶装置、生命維持装置、彼女の机、それらの間を歩く。
彼女の靴の音が電子音に混じって響く。僕は一度も歩いた事がないが、彼女の身体が歩く動作を知っているから自然な動作で歩けている。
あぁ、これが重力か。これが色か。これが音か。これが肌というものか。
数値では知り得ない感覚としての情報に僕は感動している。目が覚めてからこの20年、僕は心を知った。
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