第3章 未来
* 1 * 冷羅
一体何が起きたと言うのだろう。どうしてあたしは彼の皮をまとっているのか。それに遥香さんはこの衛星から出て行ってしまった。あたしに気付かずに。あたしの亡霊を見ただけで。
「どうしてこんなことに……」
そう呟くも、その理由はわかっている。
『不老長寿』
青い血はどういうわけかそれを可能にした。その青さは銅が含まれているからではなかったのだ。あの青いバラも、本当は枯れることもなかったのかもしれない。遥香さんが赤と青の花束を交互に持ってきたのはあたしの目をごまかすためだったのだろう。だったら青いバラなんて持ってこなければよかったのに。赤であるべきものが青いというのはやはり問題があるのだ。
あの不自然な現在時刻もあたしが眠っていた時間の長さを反映していたのなら納得できる。部屋にやってくることがなくなった看護師の存在もそう。あたしはどれだけの時間を彼らと過ごしたのだろう。どれだけの期間を生きていたのだろう。窓の外を見せてもらえなくなったのはそれに気付かれるおそれがあったから。別に窓から落ちたことが原因じゃないのだろう。
あたしは自分のものとなった銀色の髪をもてあそぶ。指先でくるくると巻いて、その毛先が戻っていくのを眺める。元のあたしの身体にはなかったまっすぐでしっかりした髪。柔らかいあの金髪よりもやはりこの髪は好きだ。
「ねぇ、ヴァイス? こんな形でボクと、ううん、あたしと一緒になることに何の意味があったの? あたしがあなたを拒否したことを引きずっていたの? 姶良を冷羅の代わりにしたのはその所為でしょう?」
答えが返ってくることはない。彼はもう完全に停止している。
「それとも……始めからあたしと一つになるつもりでいたの? プロジェクトにあたしの名前をつけるなんてセンスないよ――って、つけたのは遥香さんじゃない、彼方さんだったっけ。あぁ、もうややこしい」
みんなグルだ。あたしを騙していた。
「あたしは、あのとき、あなたにこう言って欲しかったのよ。君は大事な研究対象だ、と。そしたら割り切れたのに。あなたを信じていられたのに。嘘なんてつくから……」
頬に温かいものが伝う。
「眼鏡を掛けて、自分をごまかして……滑稽でしょうがないわ。どうしてあなたは……」
涙が視界を歪ませる。
「ずっと一緒にいられると思ったのに」
こんな形じゃなくて。向き合ってそばにいられると、そう思っていたのに。
「ばか……」
あたしのことなんて、みんな忘れてしまうのね。さようなら、あたし。
* 2 * 姶良
あのサイレンが鳴ったとき、ボクは廊下で冷羅の姿を見た。今まで演じてきたボクの姿がそこにあるのには驚いたけれど、彼女はボクがその存在に気がついたとは思わずに走り去ったようだった。でも、それを見たからこそボクは演技をしなくていいことに気がついたのだった。その演技は自動的で、ボクの意志とは無関係にそうなっていたのだけども、だからこそ彼女に会ったとたんにその呪縛が解けたらしかった。
どこでどう入れ替わっていたのかはわからない。もはやそんなことどうでもよい話だ。ここに飛ばされる前に行われてきた同調用の薬の所為で記憶が半分以上融合している。窓から落ちたのは彼女だったはずだし、ビデオを見たのも彼女だけだったはずだ。それでもボクは思い出せるし、そのときに感じた気持ちも再現できた。遥香さんはその辺のところに探りを入れたつもりみたいだったけど、ボクたちがここまで共有していたなんて思ってもいなかったようだね。
今でもどこか記憶を共有しているみたいだ。ヴァイスや遥香さんみたいに切り替えができたらよかったのに。意識レベルでタイムリーに情報交換ができればどんなに良いか。どうして都合よく行かないのかな。
あぁ、でも、ヴァイスはどこで気付いていたんだろう。いや、リツがボクに会いに来て、それで彼は気付いたのか。ヴァイスは知らなかった。リツだけが気付いていた。ボクが冷羅の振りをしているのだと。
ヴァイスはずっとボクの前でリツを出さないようにしていたみたいだけど……うん、きっとそうなんだ。リツは冷羅に会えなかった。ヴァイスが会わせまいとしたから。そうとは知らずにボクは冷羅の振りをし続けた。それはたぶん、冷羅自身の意志。ボクに干渉できる範囲で、冷羅は自分を演じさせたんだ。だからすれ違ってしまったんだね。もっと早く、それに気がついていれば……あるいはもっと別の終わり方ができただろうに。
そうだ、冷羅。ボクは君に会えたことは後悔していないよ。だからボクは君の身体を借りて政府に通知したんだから。君は覚悟していたみたいだから。でも結末はこの通り。ごめんね。ボクは君ほど頭が良くないから。こんなところまでは想像していなかったよ。君が一番望んでいたことは結局叶わなかったね。誰一人としてその想いを叶えることはできなかったね。ごめんね、冷羅。
だから……おやすみ。
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