3-5 僕の記憶のなかに残されたもの――どうしてこれを書いたのか
僕が「当代の重要人物の肖像画を描くように」という奇妙な
肖像画はすべて皇太子殿下に捧げられると、突然僕の家にやって来た
僕は
そういうわけで、僕は肖像画を描くために当時名を馳せた方々にお会いし、いろんなご厚意と貴重な時間とを頂戴した。起こった出来事と受けた印象とが、観察したそのお顔立ちとともに僕の頭に刻まれた。忙しい方ばかりだったので通常の肖像画を描くように何度もご本人のもとをうかがうことはできず、短い時間だけで勝負しなければならない厳しい仕事だった。
僕はその短い時間で描いた
自分のもとにこれほど大きな仕事が舞いこむとは、夢にも思っていなかった。この仕事が約三十年間、殿下が皇帝に即位してからも続くことも、知る由もなかった。
どうして僕の人生にこのようなことが起こったのかはわからない。確かに僕の師匠は当時高名な画工で宮中にも出入りしていた。特に肖像画の名手として知られ、宮女が陛下に贈る肖像画を手がけることもあった。僕は弟子の頃から、そして独り立ちしてからも(当然独立してすぐ独力で飯が食えるわけではない)師匠の宮中での仕事を手伝っていたから、僕自身も宮中とまったく面識がないわけではなかった。
でもだからといって、陛下直々の依頼が来るのは望外というか不自然である。いくら師匠が高名なお抱えの画工であっても、その頃の僕は
それなのにどうしてと、しかし問いかけたことはない。依頼人様には依頼人様のご都合があるのだ、どうしてなぜと深入りしてはいけないと、貴族名族を相手に長年仕事をしていた師匠はよく言っていた。僕は師匠の
このささやかな謎の答えばかりではない。僕の描いた肖像画を知る人も、もう誰もいないだろう。肖像画を描く密勅を起草した人々、僕が肖像画を描くのを監督し、納品した肖像画を確かめた人々は、とうの昔に亡くなった。肖像画を献上した陛下も
肖像画自体も、さてどこへ行ったか、僕は知らない。恐らくは宮中書庫にしまいこまれ、洛陽陥落の際に多くの蔵書ともども燃えたか、
そうだろうと思っても、だが悲しむことは許されていないと感じた。あまりに多くの生活と、人命と、それらに紐付いている文物とが失われた。その想像もつかないほど大きな喪失を前にすれば、僕ひとりの画業と人生が(「画業」は「人生」とほとんど同義だった。僕にとっては)むなしくなったのを嘆き悲しむことなんて、できるはずもなかった。
洛陽は完全に
すべて失われ、絶えた。その感が、僕を絵から遠ざけた。貧しい生活状況よりも荒んだ文化環境よりも、喪失感と虚無感とが僕に絵筆を折らせた。
絵を捨てて二十年、先日、僕は屋台を見て驚いた。僕の故郷の郷土料理が売られていた。聞けば、屋台の青年はやはり僕と同郷だった。作り方は頭に入っている、あとは舌が忘れない打ちに売り出したのだと青年は語った。それにしても同郷人に会えるとは思ってもみなかった、好きなだけ食べていってくださいと言う青年の厚意で、僕はいつ以来かその郷土料理に箸を付けた。
青年が大盛りに盛ってくれた料理を一口食べて、しかしもうあとは食べられなかった。僕はさめざめと泣き出していた。料理からは故郷の味がした。破壊し尽くされてしまったと思っていた故郷は、まだそこにあった。泣く僕を見ているうちに青年もわんわんと泣き始め、僕たちは往来で
すべてが
このまま、失われるがままさせてはいけない。僕は一念発起し老骨に鞭打って、この小文を書く決意をした。本当は、あの肖像画の幾枚かでも復元したかった。しかし老いさばらえた体と、何より二十年の怠慢が、それを許さなかった。悔やんでも悔やみきれないが、今残っているものを最大限生かすしか僕にできることはない。
肖像画には受けた印象と観察した顔立ちとを描いたが、そのときに起こった出来事について書くことはできなかった。それで、起こった出来事と受けた印象を文章で書くことで、かの人々の肖像を改めて描き出すことにしたのである。
※
皇太子殿下、皇帝陛下
この時代は当時の王朝の名前をとって
二六五年、三国時代の
二八〇年に
しかし二代皇帝・
三〇〇年、
内乱で王朝が疲弊するのと並行し、国内で圧政を受けていた被支配民の非漢民族(
都の
北方では
今から五十年も昔……三十年間、殿下が皇帝に即位してからも続く……絵を捨てて二十年
本書に収録された記事から
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