2-5 楽園の存在意義
ここで断っておかなければならないことがある。
刀自と閹尹をそれぞれ婢女や宦官の長と紹介したが、彼らは婢女や宦官の、唯一の長というわけではない。すでに述べたが金谷邸はとてつもなく広く、奉仕している人々も大勢で、誰か一人が
だから金谷邸には何本かの目に見えない境界線が引かれ、いくつかの管轄区に分かれている。刀自と閹尹はある同じ管轄区を受け持ち、そこでさらに細分化された人々――美姫の世話をする
しかし石季倫がここまで使用人たちを細分化するのには、屋敷の広大さ以外に理由がある。ある背信事件が起きたせいだ。
その事件は今回の取材の本筋にはあまり関係のないものだし、あまりに有名な話であるから、私がここで書く意義は薄いかもしれない。しかし時の風化のなかで、何が消え何が残るのかは誰にもわからない。冗長になるかもしれないことを承知の上で、私もここに記録しておこう。
かつては石季倫も、家政を取り仕切る
石季倫が起こしていた奇跡とは、こうだ。
一つは
もう一つは
石季倫に自分のほうが格上だと世間に見せつけたい王君夫は、しかし、この石季倫の二つの奇跡をうらやましがり
王君夫の提示した金額に目がくらんだ家宰は、奇跡のからくりをすべて暴露した。
豆粥は、常に釜をたいて豆を煮立てておき、来客があったら急いで白粥をつくって、そこに放りこむだけ。冬に出てくる韭蓱虀のほうは、実は
こうしてすぐに出てくる豆粥も、冬でも出てくる韭蓱虀も、石季倫だけが起こせる奇跡ではなくなってしまった。
石季倫が王君夫も奇跡を起こし始めたことに気がついたとき、つまり仲間内での格付けにおいて王君夫に追随を許したとき、彼は激怒した。激怒して、徹底的に調べ上げ、情報漏洩元が家宰であることを知ると、彼を八つ裂きにして殺してしまった。それ以来、石季倫は家政の全容を知る家宰を置いていない。
ある背信事件。その事件の顛末は、以上の通りだ。
聞けば聞くほど、考えれば考えるほど、愚かで下らないとしか言い様がない。だが彼らの間では、つまり由緒正しい血統のもとに生まれ、金持ちで、高官で、朝廷の中枢にあって政治を動かしている彼らの間では、こういった下らない事々が一番に優先すべきことであり、誰彼問わず血道を上げていることなのだ。仲間内での自分の
この金谷邸にしても、そのうちのひとつに過ぎない。ここは石季倫の考える安逸な避難場所であり、彼の美的感覚をもって作り上げた楽園であるが、何よりも世間に見せつけるための金ぴかであり、同輩からの尊敬を勝ち取るための巨大な
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