vol.2 金谷の大豪邸 金ぴかの楽園のそちら側

2-1 楽園への門

 門の検問で足止めされてしんが経過した。にっしゅつからぐうちゅうへ、ぼうからへ、ここに来たときには地平から半分ほど頭を出すだけだった太陽も、そろそろ真上へ来ようとしている。


 検問する門番たちは、この長いあいだ私たちにいくつもの質問をした。名前、どこに宿泊しているのか、家の住所、どこの出身か、婚姻の有無、両親や妻子や兄弟は健在であるか、職人になって長いのか、なんで職人になったんだ、ところで景気はどうだ、などなどなど。


 彼らは私たちの荷物をひっくり返して調べ上げ、私たちが持ってきた工具の用途を聞き、弁当の中身まで確認した。そして「門から外へ砂一握たりとも持ち出さない」と誓わせ署名させると、さらに一時辰ほど放置したあとで、やっと私たちを門のなかへと入れてくれた。数々の質問や荷物検査や誓文によって私たちの信頼性が証明されたからではなく、昼前になってやっと起きてきた門番長が我々のことを確かに”いつものやつら”だとうけがってくれたからだ。


「とびきり運がよければすぐにはいれるが」


 門に到着する前、親方は私に改めて念を押した。


「一時辰や二時辰は待たされると思え。いつものことで、お前がいるからじゃない。だから、ヘマだけはするな」


 彼の言葉通りになったし、私は言われた通りにした。門番たちの質問は私の予想の範疇を超えることはなく、私は暇に任せた彼らのおしゃべりに、怪しまれないためにも付き合った。


――私は親方の家に住み込みで働いている独り身の弟子で、出身は并州へいしゅうじょうとうぐんのはずれ、父は早くに亡くなり、隣村と北のやつらとのつまらない小競り合いで兄と弟は死に、私のすぐ上の兄が家長になっている。姉妹は全員よそへ片付き、母はこの前の冬に死んでしまった。死に目には会えなかったし、このご時世だからまだびょう参りもできていない。


 職人になったのはよくある話で、家の食い扶持を減らすため。私は弟子入りしてやっと五年目で、ありがたいことに将来有望と親方に認められ、経験を積むために初めてここへ来させてもらった。それにしてもここはすごいですね、この門にしたって、都の大門よりずっとすごいじゃないですか――。


「おいおい、これぐらいで驚いてたら身が持たないぜ」


 私の作り話を頭から信じこんでいる門番は、無知な田舎者に教えてやる際の優越感を隠そうともせず、にたにた笑って言った。


「ぶったまげて、おねんねするなよ」


 何はともあれ私たち、親方と彼の弟子二名、そして弟子にふんした私の四名は、無事に門を通過した。本来はここでかんがんの見張りがつくのが規則だが、誰も来なかった。彼らの怠惰、そして内部にいる私の協力者の根回しのおかげだ。私たちは監視されることもなく、悠々と歩くことができた。


 それにしても、と私はあたりを眺めた。門番が言ったように”おねんねする”ほどではないにせよ、事前に手に入れた情報と付き合わせてもなお、門の向こう側の様子は驚嘆に値するものだった。


 好奇心旺盛で世間知らずな人物を装うことに成功した私は思う存分きょろきょろしたが、ふと視線を感じて後ろを振り返った。例の門番がまだにやつきながら私に小さく手を振っていた。さすがにやり過ぎたか、あまりに特徴をつけすぎたかもしれないなと私は後悔したが、いやここまで来たら貫徹する方がかえって安全かもしれないと考え直して、満面の笑みを作って大きく手を振り返してやった。はしゃいだ田舎者の弟子として、しばらくは彼の酒のさかなにでもされるのだろう。


 こうして私は、ちゅうきゅうしゅうに並ぶ者なき大富豪、せきりんその人の豪邸へ潜入することに成功した。

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