1-3 慕容のなかの漢人たち

 とはいえ、彼ら遊牧の民は私たち漢人のように自給自足では生きていけない。常に家畜にしたがって移動している彼らには、長時間一定の場所にとどまって生産に専念しなければならない物はつくりだせないからだ。大いに必要としているにも関わらず。


 たとえば鉄。鏃、剣、馬具など、彼らが彼らの暮らしを維持するのには鉄器が必須だが、彼ら自身には、鉄を溶かし、精錬して不純物を除き、鋳り、また溶かして、必要な道具に加工する暇などない。


 また、穀物。彼らは軟弱な漢人の風習として穀物を食べることをあまり好まないが、家畜の飼料としての有意性は認めている。もちろんこの土地柄ではさほどの収穫は見込めないが、それでも完全に牧草地頼りでいるよりは生活が安定する。


 こういった物品を手に入れるために、彼らは騎馬に長けるという移動力の高さを生かして盛んに交易している。我々の晋王朝との公式な交易の場である胡市こしはさまざまな事情で休止しているが、非公式に、秘密裏に交易のあることは、長城を出る際に私がこの目で見た。まただからこそ、多くの部族の言葉を操りいくつもの支配地を股にかけて交易する、史栄のような商胡たちが存在するのだ。


 だが彼らは交易とは別の入手方法も心得ている。略奪だ。


 棘城に住む四十二歳の王照おうしょうは略奪されてきた漢人のひとりだ。「二十のころでした」と王照は私に根負けして話してくれた。「しばらくは生きた心地もしませんでした。祖母は殺されましたし、父と小さかった弟は連れてこられる途中で死にました。母と姉もいましたが、あの日以来ずっと姿を見ていません」


 以来、王照は兄と二人で鉄を打つ日々を過ごしている。遊牧に忙しい慕容の代わりに城市まちに留まり、彼らに必要な鉄器を作っているのだ。今では胡族の娘を娶り三人の子どもがいて、彼の長男は私が王照と話しているときもじっと炉の火加減を見ていた。


 棘城には略奪された漢人たちが大勢住むが、それと同じぐらいに、自ら長城を越え慕容の支配地に移住した漢人たちもいる。戦乱から逃げるためだ。


 李与りよは二十四歳。棘城の近くに農地を持ち、粟や稗を育てて暮らしている。


「ひいひいひいじいさんの代からそうして暮らしてます」彼はあっけらかんと語った。「もともとは公孫瓚こうそんさんから逃げるためだったんですが……」公孫瓚とは曹操と戦った袁紹えんしょうより前に、この地にいた群雄だ。「まあ、なんやかんやで、今はここで暮らしてます」


 最近結婚したばかりだという李与は、聞いてもいないのに自慢の妻を呼ぶと、彼女の美貌と気立ての良さを存分に語った。そこで私が彼女のほうの来歴を尋ねてみると、「ああ、ひいじいさんの代からですよ」とのことだった。「公孫淵こうそんえん司馬懿しばいの戦いに巻き込まれたくなかったそうで」

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