寝台列車

 夜も深く更け、その車両には僕だけが残っていた。

通路の両側に壁龕のような窪みがあり、その中央にテーブルが置かれている。窪みの壁はテーブルの両側でせり出し、これが椅子代わりになっている。内装は東南アジア風とも中東風とも見え、薄暗い照明が赤い絹張りの座面に鈍い輝きを与えていた。テーブルの上には空になったグラス、凝った形の灰皿、そして僕の錆びついたハーモニカ。


 けばけばしい色をした絨毯の上を、誰かが音もなくこちらに歩いてくる。女性らしいが、暗くて顔はわからない。自分の車室に帰るところなのだろうと思っていたら、座っている僕の前で立ち止まった。

「なんだか、かわいくなったね。」

 ここにいるはずのない姿と声。それでも僕は彼女が、こうしてやってくることを、ずっと、前から知っていた。

 何を話したかは覚えていない。「アメイジング・グレイス、吹いてよ。」と最後に彼女は言った。僕はよく馴染んだそのメロディーをハミングしてみせる。僕の声は絨毯と壁掛けに吸い込まれ、静かな車内でひどく不器用に響いた。彼女は低く笑うと、そのまま僕を残し、車室の奥へと歩き去っていった。

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車輪の歌 @needleworkers

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