寝台列車
夜も深く更け、その車両には僕だけが残っていた。
通路の両側に壁龕のような窪みがあり、その中央にテーブルが置かれている。窪みの壁はテーブルの両側でせり出し、これが椅子代わりになっている。内装は東南アジア風とも中東風とも見え、薄暗い照明が赤い絹張りの座面に鈍い輝きを与えていた。テーブルの上には空になったグラス、凝った形の灰皿、そして僕の錆びついたハーモニカ。
けばけばしい色をした絨毯の上を、誰かが音もなくこちらに歩いてくる。女性らしいが、暗くて顔はわからない。自分の車室に帰るところなのだろうと思っていたら、座っている僕の前で立ち止まった。
「なんだか、かわいくなったね。」
ここにいるはずのない姿と声。それでも僕は彼女が、こうしてやってくることを、ずっと、前から知っていた。
何を話したかは覚えていない。「アメイジング・グレイス、吹いてよ。」と最後に彼女は言った。僕はよく馴染んだそのメロディーをハミングしてみせる。僕の声は絨毯と壁掛けに吸い込まれ、静かな車内でひどく不器用に響いた。彼女は低く笑うと、そのまま僕を残し、車室の奥へと歩き去っていった。
車輪の歌 @needleworkers
★で称える
この小説が面白かったら★をつけてください。おすすめレビューも書けます。
フォローしてこの作品の続きを読もう
ユーザー登録すれば作品や作者をフォローして、更新や新作情報を受け取れます。車輪の歌の最新話を見逃さないよう今すぐカクヨムにユーザー登録しましょう。
新規ユーザー登録(無料)簡単に登録できます
関連小説
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます