姉欲宅人


 「もうすぐかなぁ」

 渡り始めてどのくらいたっただろうか。おじいさんとおばあさんが船をゆっくりと漕いでいる。その中に、僕と数名の人が乗っていて、すぐ後ろからそんな声が聞こえた。

 「もうすぐじゃないかな?島みたいなのが見えてきたし。」

 僕は振り返ってそう答えた。

 「そうかぁ。・・・君はどっちだと思う?天国、地獄?」

 彼は生前人懐っこい性格で、さぞかし友達の多いやつだったんだろう。こんなところまできて喋り足りないとは。でも、僕もその話題には興味がある。

 「ん~。やっぱり天国であってほしいかな。だって、生きてるうちに散々な目にあったからここにいるわけだし・・・」

 思わず自分の近況、もとい生前の辛みを吐露してしまった。まあでも、死んだ後だし、どうでもいいか。

 「もしかして・・・自殺だったりする?」

 「・・うん、最近多いらしいとはいえ、ここじゃああんまりいないかもしんないけど。」

 「あ、あの。私も・・・じ、自殺です。」

 僕の隣にいた女の子、というか若い女性が話を聞いていたのか、名乗りを上げた。

 「本当ですか?まさか同じタイミングでしぬとは。これも何かの縁、今度デートにでも行ってくれませんか?」

 生前の僕じゃ言えなかったことを次々と言える。まあでも、死んだ後だし、どうでもいいや。

 「あはは、ありがとう。生きているうちに、それもあなたみたいな若い子に、デートに誘われていたら、もうちょっと仕事もがまんできたのかなぁ、なんて。」

 きっと彼女はブラック会社で奴隷のように働かされ、かといって何らかの理由で辞めることもできず、とうとう耐え切れず自らの命を絶ったんだろうな。大方そんなもんだろうと予想していたし、だいたいそのようなことを語ってくれた。

 「そういえば、話を遮っちゃってごめんね。君は、事故死か何か?」

 「ううん、違う。病気。生まれた時から治らない病気を持ってて、生きているときは、お話をすることができるからだじゃなかったんだ。話を聞くことができても話すことができなかったから、こうやって人と喋れるようになれて嬉しいんだ。」

 なんと皮肉なものだろう。彼は生きているうちにできなかったことが、死んでしまった今できるようになって喜んでいる。

でも、話や音を聞くことができたということは、どんな病気だろう。なんという病気か聞いたが、難しい名前で憶えていないという。 まさか今になって、もう少し医学について学んでおけばよかったと後悔するとは。まあ、死んだ後だし、もうどうでもいい。

「まだまだお話ししたいな。そういえば君ってなんで自殺したの?」

「私も知りたいわ。」

二人が僕の方を向いてくる。なんだか恥ずかしくなって目をそらした先は、船の後ろだった。僕らが話し始めたのをきっかけにか、数人が会話をしていた。僕にも彼らみたいに談話できる友達がいたらなあと思いながらも、ゆっくりと視線ふたりのほうに戻した。

「僕はねえ、―――。」

ゆっくりと僕は自分の人生を語り始めた。


「おおい、着いたぞ。」

会話をしているうちに、川を渡り切ってしまったようだ。気付けばみんな島に上陸し、どこへ行くべきか、当てがあるように歩き始めている。振り返ると、今話していた彼らはもうおらず、先に行ってしまったようだ。

「最後の最後くらい、ちゃんとお別れ言わせろよな。せっかく死んでからできた、人生で初めての友達な―――。」

あれ、何考えてたっけ。まあでも、どうでもいいから、どうでもいいや。

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姉欲宅人 @tact_neyoku

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