「でもさあ、これ嘘じゃん」


 声に出しつつ目を開けると、元の(?)真っ暗な場所だった。

 ぼんやりとした光は、表情などないのに、わずかに驚いたように見て取れた。


「……嘘?」


「嘘でしょ」


 光が、少し弱くなって、また強くなった。


「……なぜ?」


「いや、だって」


 質問が変わったので、思うことをそのまま口にする。


「明らかに後半、その、”やりなおし”た後? 雑になってたし。思うに、”やりなおし”はさせてくれても、それで”めでたしめでたし”にはするつもりないんじゃないの、これ」


「………」


 だんまりになってしまった。


 見た感じ何もない、真っ暗な場所に放っておかれてしまうと、できることが何もない。

 仕方なく、続けて自分から口を開く。


「先輩はさ」


 何も見えない宙を仰ぐ。


「元から割りと多趣味な人ではあったけど、今は、山登ってる。よく綺麗な景色の写真をアップしててさ。なんで知ってるかってーと、フェイスブックでフォローしてるからなんだけど。別の大学に行ったし、それ以降交流もほとんどなくて、まあコメントでもつければきっと、嬉しそうに返事してくれるんだろうけどさ」


 ずっと、できずにいる。


「土田は……実家に帰って家業継いだはず。さっきのが本当に起こり得たことなら、むしろ俺が手伝わなかったことで、被害は少なめに済んだんじゃないかな。会社は、あまり軌道に乗らないまま畳んじゃったみたいだし」


 何か返事でもしてくれればと思ったが、やはり光は、こちらを見ている気はするが、動こうとしない。仕方なく続ける。


「課長は、あれからすぐ離婚したよ」


 顎を掻く。髭の剃り残しに気付いて、思わず眉が寄る。


「実際のところ、あの時にはすっかり冷え切ってたんだろうな。だからと言って、あそこで出せる度胸なんかなかったから、まあ一緒か」


 二、三度試して爪がうまく剃り残しをとらえ、引き抜く。


「実際にはだいぶ取り乱して逃げたから、恥をかかせるみたいになっちゃったし、”やりなおし”の機会があって有り難かったけどね。完全に自己満足だけど。課長も、離婚が成立してからは前にも増してバリバリ仕事してるし、お互い触れないのが吉ってね」


 だいたい言えることは言い尽くした。


 それでも反応がないなら、こちらからアプローチするしかない。


「で、”これ”なんなの」


「………」


 わずかに上下する光。数秒待っても返事がなく、ため息が出そうになった時。


 ぱっと正面が明るくなった。


「おわっ」


 急でびっくりしたが、だからと言ってそこに何があるわけでもなく、ただ白い壁にライトが当たっているような状態で。


(……ん?)


 なんとなく見覚えがあった。一瞬考えて、間もなく思い当たる。これは、そう、パワーポイントでプレゼンをする時のような。


「こちらをご覧ください」


 発せられた声と同時に、イメージとあまりに近しい画像が、連続で表示された。スライドが速く、目で追いきれなかったが、二色の折れ線が重なって表示されている、いわゆる折れ線グラフを確認できた。多少の差こそあれ、左から右に行くにつれて高い位置に行く傾向は同じようだった。


 グラフのタイトルは、『生前の未練と労働生産性の比較』。


「このように」


 光が声を発した。最初に見た時とは違う、機械的と言うか、事務的な声。


「未練を残したままこちらに来た人ほど、労働における生産性が低くなる傾向があります」


 え、なに、生前? 未練?


 質問を挟みたい俺の意思に構わず、光は話し続ける。


「そこで考案されたのが、今回のシミュレーターであります。生前の未練を疑似体験し、”やりなおし”ていただくことによって――」


 わずかなタメ。


「過去を変えることはできないまでも、”納得”していただくことが可能となり、その後の労働にプラスの効果が期待できます」


 光が、俺に少し近付く。


「ご理解いただけましたか?」


 わかるわけがなかった。


 俺が、死んだ?


「ちょっと、待っ」


「ま、どっちでもいいんですけどね!」


 最初の時のような口調に戻った光が、俺の声に被せて大声を出し、ふわふわと夏の蚊のような軌道で離れていく。問いかけた声も、伸ばそうとした手も、気にする必要がないと言うように。


「なんなの、と言うのでお答えしましたが、本来知る必要のないことですし。今回のエラーについては解析する必要がありますが、それは私の担当ではありませんし? 知ってしまったことで、こちらでは少々やりにくいかと思いますが! 間もなく次のステップに移ると思いますので、しばしおくつろぎください~……おや?」


 高く高く飛んでいく光に手は届かず、逆に、身体が後ろに引っ張られる。さっきから理解が追いついていないんだ、勘弁してくれと、叫ぶこともままならないまま、強い力に引きずられて。


 振り回されるばかりで。


「ああ~~~、なるほど!」


 声から、光から遠く離れて行き、暗いばかりだった場所から、眩しい場所に出る。


「貴方、だったんですね」


 最後にそんな声が聞こえたような気がして。そのまま、へ。





「そちらの方面のエラーとは思いませんでした。次に会うのがいつになるかはわかりませんが――どうか、悔いのない人生を」

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