第11話 母とのファミレス 2

 コンクールが終わると、母はケイコをファミリーレストランへ連れていった。


「アキちゃん、すごかったわね」


 母はケイコにおしぼりを手渡しながらそう言った。


「だって、アキだもん」


 アキのことをほめられると、ケイコはまるでそれが自分のことのようにうれしくなる。アキが銀賞を受賞したときも自分が受賞したかのように興奮してしまい、せまい座席で手足をばたばたと動かし母を困らせた。

 授賞式が終わったあと、ケイコはアキに会いに行った。


「ケイちゃん!」


 アキは驚きに目をまるくしてケイコの顔を見た。


「……来ちゃった」


 なにも言わずにコンクールにきたケイコは少しすまなそうな顔をしたけれど、アキは気にするそぶりもなく駆けよってきてくれたので、ケイコは笑顔になってアキを迎えた。

 ケイコはアキの手をにぎる。


「アキってやっぱりすごい」


 ケイコを感動させるアキの白い指。あのたくさんの拍手を生んだ白い指。それはとてもすごいことで、だからケイコはアキにそのことをどうしても伝えたくて、アキに会いに来たのだった。

 けれどケイコの称賛にアキは少し眉を暗くする。


「でも、一番にはなれなかったよ」


 アキは片手にかかえる銀賞の盾をゆらしながら残念そうにそうつぶやいた。しかしケイコは首を横にふり、はっきりとためらうことなく言った。


「あたし、アキの演奏が一番好きだもん」


 アキが金賞を取れなかったのは残念だったけれど、ケイコにはアキの演奏が一番だった。ケイコの言葉にアキは照れくさそうに目をふせて、銀賞の盾を抱きよせて少し肩を小さくすると、上目づかいにケイコを見てはにかんだ。


「……ありがとう」


 ケイコはそれだけでとてもよいことをした気持ちになって、コンクールを見に来てよかったと心から思ったのだった。


「よかったわね」


 母はうれしそうにするケイコを見て顔をほころばせた。ケイコが満面の笑顔でうなずくと、母は苦笑しながらメニューをケイコのまえで開いた。


「好きなの頼みなさいよ」


 色とりどりの料理がならぶメニューにケイコが迷っていると、母が念を押すように言った。


「遠慮するんじゃないわよ」


 ケイコはハンバーグを注文した。


「こちら、鉄板がお熱くなっているのでご注意ください」


 店員に運ばれてきたハンバーグは、熱々の鉄板の上でジュージューと鳴り、焼ける肉の湯気とともに香ばしい匂いを鼻にかよわせる。ケイコは待ちきれないといった感じで、ナイフを手にハンバーグを切ろうとする。


「……あんたってナイフとフォークの使い方、知らなかったけ?」


 ケイコがナイフの刃を上から押し当ててハンバーグを切ろうとすると、ハンバーグがすべってソースを散らしテーブルを汚した。ケイコはドキッとして母を見る。けれど母は怒る様子もあきれる様子も見せないで、散ったソースを紙ナプキンでふき取ると、ケイコの手を取ってナイフとフォークの使い方を教え始めた。


「いい? こう使うの。左手のフォークで押さえて、右手のナイフで……」


 母に教えられたとおり、左手のフォークでハンバーグを押さえて、右手のナイフを肉に当てて引いた。するとプツリと肉の裂ける音がして、肉汁がじわりとハンバーグの表面を流れる。


「そう」


 ケイコは何度もナイフを引いていく。するとナイフの刃がするすると肉に埋まり、ついに鉄板に当たるかたい音がした。

 ハンバーグがふたつに切れた。


「よくできました」


 母が手をたたく。

 ケイコはうれしくなった。


「そんなに細かくしなくてもいいのに」


 喜々とハンバーグを細切れにしていくケイコを見ながら、母が苦笑した。


 ――今日はいい日。


 ケイコはハンバーグを食べながらそう思った。

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