第6話 母とのファミレス 1
「だからさ、少しだけでいいって言ってるじゃん。五万円。それで今月分は足りるからさぁ……」
風の通る居間に転がってケイコが本を読んでいると、母の電話をする声が聞こえてきた。
「ねぇ、かわいい娘の頼みじゃない……」
母のあまったるい声がする。ケイコは本を閉じてテレビをつけた。テレビががやがやとにぎやかな音を出し始める。けれどケイコはテレビを見ないで、ふすまを開けてとなりの部屋に移った。
――嫌だなぁ。
ふすまを閉じる。しかし二間しかない狭いアパートの部屋では、どこにいても母の声は聞こえてくるのだった。
「……だからさぁ……え、ケイコ?」
ケイコは障子の閉じた和室の暗がりに、身をひそめるようにしてタンスによりかかった。
――嫌だ。
ケイコが自分のひざに顔をうずめると、母の鋭い声がしてケイコはびくりと身をすくめた。
「ケチッ!」
受話器をたたきつける音がした。足音が近づいてくる。ケイコが顔を上げるとふすまが開いた。
「ケイコ」
逆光に影を負った母の表情は見えず、ケイコはうかがうような視線で母を見上げた。
「出かけるわよ」
またパチンコにでも行くのだろうかと思ってケイコは嫌だったが、母が車に乗ってむかったのは近所のファミリーレストランだった。
「好きなの食べなさい」
むかいの席に座った母は、メニューを広げてケイコに見せた。
ケイコが遠慮がちに比較的安いチョコレートサンデーを指さすと母は眉をひそめ、勝手に値段の高いチョコレートパフェを注文してケイコに食べさせた。
ケイコが長いスプーンを動かしてパフェのクリームを食べる。母はそんなケイコの様子をほお杖をつきながらながめていた。
「……ケイコさ、あんた将来なにになりたい?」
突然に母が聞いた。ケイコはスプーンを止めて顔を上げる。困った表情で目を左右に泳がせるケイコを見て、母は小さく笑った。
「わかんないよね、そんなの」
母はポケットからタバコを取り出すと、口にくわえて火をつけた。そして顔を横にむける。
煙がただよい、鼻に苦いタバコの臭いがした。
「あんた、あたしのこと嫌いでしょ」
ケイコは目を大きくすると、あわてて首を左右にふった。けれど母の視線はとなりの席にいる、小学生くらいの子供を連れた家族客の方をむいていた。
「ろくでなしの母親だよ、あたしゃ」
となりの席からは笑い声が聞こえる。
「母親失格だっておばあちゃんに言われちゃったよ」
母はボサボサと毛先のまとまらないくせ髪をかきながら、タバコを吸って、吐いた。
「……だからさ、いい学校に入って、いい仕事に就いて、いい男を見つけてさ……あたしみたいになっちゃダメだよ、ホント」
母はチョコレートパフェを食べ終わるまで、顔を横にむけたままだった。
勝手だな、とケイコは思った。
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