第4話 通知表

 火曜日は終業式で、通知表が配られた。

 ひとりずつ教卓に呼ばれて、先生から通知表を受け取る。

 席に戻ったケイコは、通知表を開いてすぐに閉じた。


 ・担任から

 全体的に成績が下がっています。

 授業中などはよそ見をするなど少し集中力が散漫に見受けられます。

 何か心配事があるのなら、先生に相談してみてください。

 お母さんからも恵子ちゃんに気を配ってあげるようお願いします。


「機嫌悪い?」


 帰りの会が終わり、ビニール袋にアサガオの鉢を入れて廊下を歩くケイコにアキが声をかけた。


「別に」

「そう?」


 そっけない態度のケイコにアキは一歩うしろに下がる。


「アキは機嫌いいの?」

「そんなことないけど……」

「じゃあいいじゃん」


 困った顔になるアキを置いてケイコは早足で歩く。

 そのまえに人影が立った。


「あ、山本くん」


 アキが声を上げる。ケイコのまえに山本が無言で立ちふさがっていた。


「なに?」


 山本はいつものカエルのような無表情で、黙ったままケイコを見下ろしている。アキがケイコの服を引っぱったが、ケイコはかまわず山本をにらみ返した。


「なんの用よ?」

「おとといのこと」


 山本がぼつりとつぶやくように言った。


「おととい?」

「おとといのこと、誰にも言うなよ」


 山本の用事を理解したケイコは、なぜか無性に逆らいたい気分になって、あえてとぼけてみせた。


「なんのことよ」


 ガマガエルみたいな土色の山本の顔が、少し赤くなる。


「おとといになにがあったのか言ってみてよ。思い出すかも知れないから」


 ケイコが意地悪く言うと、山本はそっぽをむいた。


「親父が悪いんだ。オレは知らねえ」


 ケイコはムッとして山本の顔につま先立って詰めよった。


「知らないじゃないわよ! 口止めしようとしてさ。謝るほうが先じゃないの?」


 山本の顔がみるみる赤くなって、腕をふり上げた。アキが小さく悲鳴を上げる。


「思い通りにならないからって、そうやってなぐってどうにかしようとするんだ」


 ケイコは山本の目を見て、思いっきり笑ってやった。


「あんたも父親と一緒じゃない」


 腕がふり下りた。


「ケイちゃん!」


 アサガオの鉢がひっくり返って、土が廊下に散らばる。ケイコと山本は取っ組みあって廊下に転がった。


「ちょっと、誰か止めてよ!」


 アキの悲鳴が聞こえる。


「先生呼んで!」


 痛み。殴られた頬がずきずきした。

 山本は歯をむき出しにして荒い鼻息でケイコに迫る。ケイコは腕をつかんで爪を立てたが、山本はこたえることなく腕をふり上げ顔を狙って殴ってくる。


「ばかっ!」


 ランドセルが飛んでくるのが見えた。山本の背中に当たる。


「ばかっ!」


 アキがもう一度ランドセルを山本の背中に叩きつけた。山本がアキにふり返る。


「なにをやってる!」


 先生の声がした。山本が立ち上がって逃げていく。


「ばかぁ……」


 泣きそうな顔でアキがケイコを見ていた。ケイコは呆然とした表情で自分の顔を指さした。

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