第18話 星光に影
出社する。
最後の出社。
おそらく今日がグット日和への最後の出勤日となるだろう。
懐には退職届が2通。
私と美月さんのだ。
そしてそれを叩きつけたらそのまま帰ろうと思う。
緊急ボランティアワークを休んだのだから上司だけではなく他のスタッフからの目も相当厳しいものが向けられるだろう。
当然暴力を振るわれる可能性があったので美月さんは出社しないでもらった。
多分私は精神的にも肉体的にもボコボコにされるだろう。
しかし殴られたらやり返してやろうとカバンにはエアガンを入れてきている。
玉砕覚悟だ。
さあきやがれ。
会社の中に入りまっすぐ第2班の部屋に行く。
ノックもせず勢いよく開ける。
中にいる全員が一斉に私を見る。
それに構わず小野田リーダーの前に立つ。
そして美月さんの退職届をデスクに放り投げた。
小野田リーダーはビックリする様な顔をした後何か言おうとしたので機先を制して言った。
「美月さんは今日で退職です。もし詰めに来るのでしたら私の家にいますのでいつでもどうぞ」
私がそう言うと黙ってしまった小野田リーダー。
キャンプの時の私がやった行いはこの男を黙らせるには十分だった用だ。
そして元凶とも言うべき人間が座っている所にも挨拶を。
今時パンチパーマの頭が座っている席に行く。
そしておもむろに髪の毛を掴んだ。
頭からそれは思ったよりも簡単に取れた。
「いつまでも言いなりにならない方がいいですよ」
頭を丸坊主にされパンチパーマのかつらを被せられていた松下さんに言ってあげた。
最近坂本が仕事をさぼって出勤しないのを防ぐ為に室内にウェブカメラが設置され、社長が見ているらしいのだが、それでもさぼりたい坂本が仕事でミスをした松下さんを必要以上に責めて坊主頭にした、というのは美月さんから聞いていた。
庇っても如何しようも無かった様だ。
そして自分がやらなくてはならない仕事も松下さんに押し付け相変わらずさぼって出勤しない。
この班は結局坂本の言いなりなのだ。
どうせ緊急ボランティアワークも坂本が私と美月さんが最近仲良くやっているというのをどこかで聞いて、仲を裂く為にわざと仕事を作ったのは容易に想像出来た。
そうでなくてはタイミングがあまりにもよさ過ぎる。
坂本の机を開け、ライターとオイルを取り出す
そして私がよく殴られたガラス製の大きな灰皿の上にかつらを置くと、オイルをたっぷりかけライターで火をつけた。
「お前、なにやっているんだ」
驚いている後藤元サブリーダーに、
「もしかつらの件で文句がある様なら家まで来る様に言って下さい。あっ、この部屋にパンチパーマの人がいなくなってしまいましたけど大丈夫ですかねぇ」
含む様に言うと、それを聞いて慌てて坂本に電話をはじめた。
さて美月さんの件は済んだ。
2度と来る事が無いであろう第2班のドアを閉め、今私が所属している第1班に向かう。
「おめーはよー、仕事舐めてんの? ん?」
孝井リーダーが私を詰めに入る。
「まぁ、緊急ボランティアワークに行かなかった事は100歩譲って許せるとしても退職したいって言うのは許せない。大体会社に雇ってもらった恩を少しでも返したのか、ん?」
こいつは坂本と比べたら少しはマシだったがもう限界だ。
「そういうのはもういいです。あとこれ」
退職届を孝井リーダーの机に叩きつけた。
それを見て激高する孝井リーダー。
「おめー何自分の果たす義務も果たさないで何勝手な物出しているんだよ。俺は受け取らねーぞ。まずは自分の責任と会社への恩を返してからだろ、違うか、ん?」
話にならない。
もう無視する事にした。
スマホを出し、録画する。
「動画で撮りましたからね。出さなかった、は通用しませんよ」
そう言って机の荷物整理を始めた私。
「おめーちっと待っていろ。こんなバカな事を言っている奴がいるって他の部署の人にも話聞いてもらわないと。そしたら自分がどれだけおかしな事を言っているのかわかるだろ」
立ち上がり他の部署の人を呼びに行こうとする孝井リーダー。
「おいおめーら、そいつを逃がすなよ。リスケになんぞ」
そう言い残し外に出ようとした。
室内の全員が私を取り押さえようと立ち上がる。
孝井リーダーの背中に向かって大声で宣言する。
「それって監禁ですよ。監禁されたら自力で脱出しますから。捕まえようとした人全員、キャンプの時の坂本みたいな目にあってもらいますけど宜しいですか?」
室内にいた全員の動きが止まった。
慌てる孝井リーダー。
「おう、おめーら何止まってんだよ。何事も進んでやるんじゃなかったのかよ、おっ? 嘘つきばっかりじゃまたその腐った性格を叩き直す為に長時間ボランティアワークをするしかなくなるぞ!」
必死に大声を出すが誰も動かない。
「私を捕まえようとした人以外には誰にも手を出しませんよ。あと幹部を呼びに行った人も監禁しようとしている訳ですから同じ目にあってもらいます」
私がそう言うと孝井リーダーも動きを止め、口を噤んだ。
「俺を……殴るのかよ」
声を震わせる孝井リーダー。
「誰がそんな事を言いました。坂本と同じ目にあわせるだけですよ」
殴るどころではない。
それ以上の事をしてやる。
もう誰も動かず、誰も声を出さなかった。
私は悠々と荷物を纏めると静かに部屋を出た。
会社を出る。
後ろを見ると何年も嫌でたまらなかった会社がある。
もう二度と来る事もないだろう。
地面に唾を吐いて家路についた。
家に帰ると美月さんが来ていて楼留子さんと何やら作っていた。
「あっ、おかえりー」
「お帰りなさい」
二人とも振り返り笑顔で私を迎えてくれる。
あっ、お好み焼きを作っていたのか。
美月さんの家に万が一退職引きとめ部隊が来る可能性を考え私のアパートに避難してもらっていた。
「よーし、できた」
「わぁ、美味しそうね」
桜留子さんの特性お好み焼きが完成したらしい。
「おっ、わたなべいい所へ。お皿出して~」
はいはい。
久しぶりのお好み焼き楽しみだなぁ。
「それでどうなったの?」
お好み焼きをほお張りながら楼留子さんが尋ねてきた。
「ああ、退職届けをちゃんと出してきたよ」
「録画もした?」
「ああ、バッチリ」
私がそう言うと、そっ、と短く返事をした後またお好み焼きを食べ始めた。
「ごめんね渡辺君。私が自分で行かなくてはならない事なのに」
恐縮する美月さん。
「いえ、もうあんな所には行かないほうがいいですよ」
そう言って私もお好み焼きを食べ始める。
久しぶりの桜留子さんのお好み焼き。
今日は豪華に海老が入っていた。
いつもより美味しい。
隣にいる美月さんの笑顔のお陰もあるとは思うけど。
楽しい気分になりながらお好み焼きを平らげた。
食後のお茶を飲みながらふと思い出す。
肝心な事を聞いておかないと。
「ところで僕たちの再就職先は何処になるの?」
動きを止め、あ~、と思い出したかの様な声を出す楼留子さん。
立ち上がると袋に入った何かを持ってきた。
ここが新たな就職先かぁ。
「はい、これ」
渡されたのは、
「いや~バブルの頃の10分の1位の厚さだわぁ」
フリーペーパーの就職情報雑誌だった。
「えっ、何これ?」
「だから、これ見れば就職なんて余裕でしょ」
甘かった。
「お前どーするんだよ。もう退職してきちゃったんだぞー!!!」
「うげ~、くっ苦しい、やめろわたなべ~」
「ちっ、ちょっと渡辺君」
いや、本当に甘かった。
どうしよう。
無職が2人。
思わず頭を抱えてしまった。
落ち込む私に、
「大丈夫だよ渡辺君。私ここに住んでも良いんだよね? だったら家賃半分出すし、すぐ働く所位見つかるよ」
美月さんの優しい言葉。
「そうだぞわたなべ。探せば簡単だよ」
「うるさい!」
ちょっと大きめに言ってしまった。
ビクッと体を震わす楼留子さん。
「渡辺君、大丈夫だから。そんなに大きな声を出さないで」
美月さんが私の背中をさする。
「そ、そうだぞわたなべ」
口を尖らせる楼留子さん。
「ごめん……」
ちょっと大人げが無かった。
素直に反省し謝る事にする。
「……まぁ大手の求人情報誌が廃刊になっていたとはビックリだったし、タダで置いてあったけど……」
求人情報誌をユラユラと揺らしながら、
「まさかこんなに薄くなっているとは知らなかったねぇ~」
苦笑いをする楼留子さん。
「でも、今はだんだん景気が良くなってきたからどうにかなるんじゃない」
美月さんの一言が場を明るくしてくれる。
でも急いで決めてしまってまたブラック企業に就職してしまったらどうしよう、という感情が私の心の中に渦巻いた。
その私の心の中を見透かすかのように、
「じゃあ暫くゆっくり出来る様に取れる所から取りましょうか~」
楼留子さんがニヤニヤしながら携帯電話を取り出した。
夜になった。
楼留子さんはどこかへ行ってしまった。
夕食は美月さんが作ってくれた。
楼留子さんが買っていた食材で野菜炒めとお味噌汁を作ってくれた。
「どうかな渡辺君」
もう美味しいなんてもんじゃなかった。
「とてつもなく美味しいです」
感動で少し泣きそうになった。
「もう、大げさ」
フフッと笑う美月さん。
明るい食卓。
これが今後ずっと続くのだろうか。
そんな幸せな気分で夕食を終えた。
「お待たせー」
食後、美月さんとテレビを見ていると楼留子さんが帰って来た。
「どうもこんばんは」
後ろには見た事が無いスーツを着た50歳位のおじさんが一人。
「えっと、その人は?」
戸惑いながら聞いてみると、
「弁護士さん。とっても頼りになるよ」
楼留子さんは無い胸を張って楽しそうに紹介してくれた。
楼留子さんに言われてつけていた日記とテープの録音、それと給料明細を弁護士さんは丹念に見始めた。
「どう? 大里さん」
「ええ、確実に取れますよ。渡辺さんこれ預かっても宜しいですか」
「ええ、お願いします」
当面の生活費を作る為にこれから会社と交渉をしてくれるらしい。
弁護士とは少し大げさな様な気もしたが。
まぁ多少あの会社から頂ける物は頂いても良いだろう。
「また選んでいただけるとは思っていませんでした」
「そんな事無いよ。昔も良くやってくれたもん」
弁護士さんと親し気に会話する楼留子さん。
昔も頼んだ事あるのか。
弁護士を頼むなんて一体どんな事があったのだろうか。
そんな事を考えているとアパートの下からたくさんのバイクが止まる音がした。
まさか。
カンカンカンカン
階段を上ってくるたくさんの足音。
まさか、そんな。
ピンポーン
来た。
やっぱり来た。
「おーい、渡辺ー、来てやったぞー!」
やっぱりそうだった。
グット日和の退職引き留め部隊が来てしまった。
ドンドンドン
ドアを乱暴に叩く。
「ほらー、早く開けろよー。開けらんないのー。おい、寺田。渡辺ドア開けられなくて困っているからぶち破って開けてやってくれ」
物騒な事を大声でで言っている。
足が無意識に震えて来た。
ドーン、ドーン
ドアに体当たりでもしているのだろう。
怖い。
ドーン、という音がする度にドアが歪む。
怖すぎる。
私の顔は真っ青だったと思う。
「何? どうしたの?」
楼留子さんの鋭い声。
美月さんの不安げな顔。
くそ、勇気を出せ、俺。
工具箱から金づちとキリを出してドアに向かおうとすると、
「まぁ、その物騒な物は片付けて、中に入れてあげてはいかがですか」
弁護士さんは私の肩を優しく掴むと、何やら準備を始めた。
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