第17話 星と共に

 夢の様な時間だった。

 黒ネズミ王国の幹部ネズミと写真を撮り、黄熊君のはちみつ狩りのアトラクションを楽しむ。

 そしてネズミ観覧船に乗った後、夕方から始まるパレードを見る。

 空には私の心を映すかのような花火。

「綺麗」

 美月さんが言うのであなたの方が綺麗ですよ、と言おうとしたのだがそこまでの勇気は無く、

「そうですね」

 と言うに止まった。

 

 あっと言う間に夜になった。

「楽しかったね」

 笑顔の美月さん。

 その顔は眩しすぎて。

 ふと気が付いた。

 時計を見るともうすぐ閉園時間の20時。

 次は夕食だな。

 どうしよう。

 そうだ、楼留子さんが封筒を渡してくれていた事に気が付く。

 言われていた通りに青い封筒を開ける。

『ここに行く事。21時の予約。受付で名刺を渡して』

 地図と名刺が入っていた。

「なあに、それ?」

 美月さんが覗き込む。

「あっ、いえ。次に行く所です」

 慌てて隠す私。

「ふぅん。楽しみ」

 上機嫌な美月さん。

 本当に会社に行かせなくてよかった。

 そう思いながら、閉園時間の20時を知らせる音楽と共にロードスターに二人で乗り込んだ。


「ねぇ、本当にここなの?」

 美月さんに言われて怖気づく私。

(おい、本当にここでいいのかよ)

 思わずロードスターにも話しかけるが当然返事は返ってこない。

 店の前まで来ているのだがお城の様な外観。

 絶対お値段が高いに決まっている。

 でも、

「ええ、ここです。行きましょう」

 少し声が震えていたと思う。

 しかし勇気を出して駐車場にロードスターを停めた。


 重厚な扉を開けて中に入る。

 店内は煌びやかで静かな中にも豪華さを漂わせていた。

「いらっしゃいませ。ご予約の方ですか」

 黒い蝶ネクタイの紳士が話しかけて来た。

「予約……というか……」

 言いよどむ私。

 いぶかし気にこちらを見る蝶ネクタイ。

 そうだ。

「あの、これ……」

 恐る恐る名刺を差し出す。

「あっ、21時からのご予約の渡辺様ですね。どうぞこちらへ」

 

 案内されたのはとても素敵な個室だった。

 椅子を引いてもらい着席する。

 そして周囲を見る。

 豪華なシャンデリア、高そうな絵画、素晴らしいアンティーク家具。

 白いテーブルクロスのテーブルを挟んで美月さんと向かい合い座っている私。

「渡辺君、こんな凄い所知っているんだ」

 対面でびっくりする美月さん。

「いや、まぁ」

 曖昧な返事しか返せない。

 やっぱり楼留子さんはお嬢様だったんだな。

 

 前菜にはじまり、スープが出てくる、いわゆるフルコースの料理が出てきた。

 素敵なお皿に煌びやかなスプーン、フォーク。

 料理の盛り付けも素敵だった。

「食べちゃうのがもったいない位ね」

 美月さんも喜んでくれている。

 楽しい時間、夢のような時間、贅を尽くした空間で大好きな人と共にいる時間。

 ブラック企業に縛られていたらこんな時間は絶対に得られなかっただろう。

 ほんの少しの勇気でこんなにも変われるんだ。

 ソフトドリンクを飲みながら向かいに座っている美月さんをシャンパングラス越しに見る。

 私の視線に気づいたのか笑顔で返してくれた。

 

 支払いが気になってトイレに行くふりをして蝶ネクタイさんに大体いくら位なのかを聞いてみる。

「いえ、もうお代金は頂いております」

 にこやかに返答してくれた。

 楼留子さんが払ってくれたのだろうか? 

 帰りはハイオクガソリンにしようと思った。


 会計もせずそのまま出て行く私の服の裾を引っ張る美月さん。

 しかしもう済ませました、と言う風に右手を振る私に苦笑いをするとその右手を体ごと抱きしめてくれた。

 胸の感触に緊張しながらレストランを出る。

「凄く美味しかったね」

 楽しそうにはしゃいでいる美月さん。

 2人でロードスターに乗り込む。

「お腹いっぱい」

 満足げにお腹をさすっている美月さんから見えない様に、楼留子さんからもらった次の封筒、黄色い封筒を開ける。

 おお、これはいい。

「美月さん」

「なぁに」

「行ってみたい所があるのですが宜しいでしょうか?」

「いいよ」

 よし。

 エンジンをかけ、アクセルを踏み、首都高を目指す。


 風を切り走るロードスター。

 美月さんのリクエストで屋根を開けているがエアコンが強力で全く寒くない。

「寒くないですか?」

 一応聞いてみるが、

「ううん、全然」

 大丈夫な様だ。

 長い髪が乱れる事も無く本当にデートカーとしても作られたのだな、と今更ながらに思う。

 バブルの絶頂期、正に日本中が浮かれていた時の車に不景気の真っただ中に生まれた私が乗り、人生最高の浮かれ具合を味わう。

 そして、

「美月さん、そろそろ見えてきますよ」

「なぁに?」

 上機嫌な美月さんに話しかける。

 見えて来た。

 煌びやかな電飾に彩られた橋。

 白くて細長い凱旋門の様な建造物が現れた。

「わぁ」

 短く歓声を上げる美月さん。

 眼前にベイブリッジ。

 眼下には金銀砂を散りばめた様なビルと街並みが広がっている。

「綺麗」

 小さく呟く様に言う美月さん。

「あなたの方が綺麗ですよ」

 声に出して言えた。

 フフッと楽しそうな声が隣から聞こえてくる。

 バブルの絶頂期に建てられたこの橋の上をロードスターは颯爽と駆け抜けていく。


 高速を降りて駐車場のあるコンビニに車を停める。

「ちょっと待っていて」

 そう言ってロードスターのドアを開けコンビニに向かう美月さん。

 その残り香に酔いしれる私。

 いかん。

 首を振り、楼留子さんが渡してくれた最後の赤い封筒を開ける。

 さあ、次はどこへ行ったらいいんだ?

『シティホテル ホテルニュー大山 予約はしていないけど頑張って』

 あのバカ。

 半分怒りながらグシャグシャに丸めていると、

「何々、どうしたの?」

 悪いタイミングで美月さんが帰って来た。

「うわっ」

 慌てて隠す私。

「なぁにそれ」

 指差す美月さん。

「いやっ何でもありません」

「ひょっとして次に行く所?」

「……いえ違います」

「いいよ、どこでも付き合うよ」

「いや、だから違いますって」

「えー、そうなの」

「……はい」

「ねぇ、ちょっと見せて」

「いや、これは……間違いなので」

 慌てて隠す私を見て楽しそうに笑いながら買ってきた缶コーヒーを差し出す美月さん。

「まぁこれからは色々な所に連れてくれるのを期待しているから。次回にでも連れて行ってね」

「は、はい」

 受け取った缶コーヒーは今まで飲んだ事が無い位甘く感じた。


「ただいま~」

 上機嫌でアパートのドアを開ける私。

「おかえりー」

 明るく出迎えてくれる楼留子さん。

 私に駆け寄り、

「すごいよわたなべ。よくできました~」

 頭を撫でてくれる。

「すごく緊張したけどね。そして最後の封筒にはびっくりしたけど」

 少し睨みながら言う私。

「ああ、あれ。どうせ行かないだろうなぁ、と思ったから予約はしなかったけどあれバブルの頃一番喜ばれたデートプランだったんだよ」

「そうなの?」

「うん。美月さんこの前パスタとか食べていなかったからイタ飯じゃなくてフレンチにしてみたけど」

 イタ飯? 何の事だかわからないが、

「ところで食事代いいの? 高いんじゃない?」

 一番気になっていた事を聞いてみた。

「ん? 別に~」

 ふふっ、と鼻で笑ったかと思うと背を向けて居間に向かう楼留子さん。

 いやそういう訳には、と言おうとしたその時、

「で、今後はどうするの? 緊急ボランティアワークを休んだからには結構きついお仕置きがあるんじゃないの?」

 急に振り返って言う。

 だから言ってやった。

「明日辞表を叩きつけてくる」

 その言葉を聞いてふぅん、と笑う様に言う楼留子さん。

「よし、じゃあ再就職先を用意しておく。あと辞表じゃなくて退職届だからね」

「そうなんだ、ありがとう。あと美月さんの就職もお願いできる?」

「余裕でしょ。ところで今までのパワハラの慰謝料とかはもらわなくていいの?」

「もうあんな会社とは関わりたくない」

「……まぁそうだよねぇ。よし、明日は最後の出勤だ」

 飛び切りの笑顔で言う楼留子さん。

「ああ、殴られたら殴り返してくるよ」

「よし、暴れてきな」

 外では綺麗な月が顔を黒雲からのぞかせ始めていた。

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