第15話 星の願いを

 ブラック企業でデートをする時に大変なのは時間を合わせる事だ。

 運動会の次の日、会社の廊下でお互いのシフト表を見ながら浦安黒ネズミ王国に行く日取りを決める私達。

「じゃあこの日でいいかな?」

「はい」

 美月さんとお互いのシフトを確認すると1か月後の月曜日がお互い休みだった。

「じゃあまだ22時だからもう少しボランティアワークしていくね」

「はい、では私ももう少しやっていきますので一緒に帰りましょう。いつもの様に先に終わった方がロードスターで待っているという事で」

 ロードスターの合鍵を渡す。

「ええ。いつもありがとう渡辺君」

 笑顔で受け取って第2班の部屋に戻る美月さん。

 私は満面の笑みで第1班の部屋に戻った。


 影から坂本元リーダーが恨めしそうにその様子を見ていたのも気づかずに。


 美月さんを家の近くまで送り、24時間営業のスーパーによって二人分のお好み焼きを買ってから家路につく。

 とても良い気分で鼻歌を歌いながらアパートの階段を駆け上がる。

 カンカンカン、という金属の無機質な音も今日は私達を祝う祝砲の様に聞こえた。

 勢いよく玄関を開ける。

「ただいま」

 楽し気な私を更に楽し気に見る楼留子さんがニヤニヤしながら立っている。

 そして、

「おかえり~」

 と言いながら私に突進してきてヘッドロックをしてきた。

「やったな、わたなべ」

 かなり痛いヘッドロックだったが、それが全然気にならない位嬉しかった。

「ああ、これも楼留子さんのおかげです」

 そう言ってお好み焼きの入った袋を差し出す。

 するとヘッドロックを外し受け取る楼留子さん。

「じゃあ着替えて座っていて」

 お好み焼きを持って台所へ向かった。

 最近ロードスター通勤を始めて、更に美月さんの為にスペアキーまで持って行く様になってからというもの、楼留子さんは料理を作ってくれなくなった。

 今まで善意でやっていてくれた事でそれについて私が文句を言う筋合いはどこにも無いのだが、プロ級に料理が上手い楼留子さんの作ったご飯が食べられなくなるのはかなり寂しい。

 たまにでも良いので作っては頂けないでしょうか? とお願いした事がある。

 しかし、

「私はキーの近くからじゃないと出られないからねぇ。ちょっとわたなべの家までは遠いかなぁ」

 と少し困った顔をして返された。

 相変わらず自分の事をロードスターだと言い続ける楼留子さん。

 だんだん私も本当なのでは、と信じ始めていた。

 そうでなくてはいろいろ説明がつかない。

「よし、できた」

 そんな事を考えていたら自分好みに作り直したお好み焼きを持ってテーブルに置いた。

 広島風にアレンジしないと食べる気がしない様で私のも広島風に作り直す。

「おお、相変わらず美味しそうにひろし……お好み焼きをアレンジするね」

 因みに広島焼き、と言うと何故か激怒する。

 一瞬ん? と怖い顔をしかけたが私が言い直すと上機嫌になり、

「おめでとう、わたなべ」

 笑顔で祝福してくれた。

 可愛らしい小さな顔が笑顔で更に可愛くなる。

「ありがとう、楼留子さんのおかげだよ」

 私がそう言うと、

「ねぇ、わたなべは今幸せ?」

 箸を持ちながら肘を着き私を上目遣いで見る。

 ロードスターのオーナーは誰もが幸せにならなくてはいけない。

 いつも楼留子さんが私に言う言葉。

 だから言ってやった。

「ああ、幸せだよ」


 食事が終わるといつもは大体すぐ帰るのだが今日はまだいる。

 私にデートでの注意事項を伝授する為だった。

「いい、まずは身だしなみ。髪は美容室に行きなさい。デートまでに2回は行く事。それと服装、ファストファッションでもいいけどデートの時位は百貨店で買う事。明日買いに行くよ。それと……」

 もう延々と注意事項が止まらない。

 明日仕事休みだから別に良いのだが、とにかく注意事項が多すぎる。

「ねぇ、そんなに気を付けなくてはならない事が多いの?」

 思わず聞いてしまった。

 はぁ? と言う顔をして私に迫る楼留子さん。

「当たり前でしょ。わたなべはデートなんかした事が無いんだから特にだよ」

 怒られてしまった。

「しかし良く知っているね」

 私が感心半分、呆れ半分で言うと、

「当たり前でしょ。私はデートカーでもあるんだから」

 と無い胸を張る。

 本当に車だったと仮定して、少し興味があったので聞いてみた。

「ねぇ、今までどんなデートを見て来たの」

 すると目を輝かせて喋り出した。

「そうだねぇ、ヘリのチャーターは当たり前だったねぇ。あとメンバーズのレストランでイタ飯でしょ。勿論ワインは10万円以上。空港まで行って何をするのかな~と思っていたら北海道まで寿司を食べに日帰り、とかもあったなぁ」

 とても今の私には考えられない話。

「……どこの国の話なの?」

 一応確認の為に聞いてみる。

「ん? 私が作られた頃の日本の話だよ」

 当たり前でしょ、と言う風に私を見据える楼留子さん。

 外国では無いらしい。

 思わずため息が出てしまった。

 だがそれよりも大きなため息が聞こえた。

「しかし今の日本は景気が悪いしブラック企業は多いし、先が無いねぇ」

 やれやれ、と言う風に首を横に振る。

「またああいう風に楽しい日本にならない物なのかなぁ」

 そう言って少し俯く楼留子さん。

 いつも至って元気なのだが、たまにこういった儚い表情を見せる。

 その表情に何だか私の心の中にも冷たい物が差し込む。

「コーヒーでも入れるよ」

 場の空気を変えようと立ち上がる私。

「あっ、じゃあコーラちょうだい」

 表情がパッと明るくなる楼留子さん。

 タタタッと私の隣に駆け寄って来る。

「果汁は?」

「入れて、入れて」

「どの位?」

「たくさん入れて~、わたなべ~」

 甘ったるい声でおねだりしてくる。

 コーラにミカンや八朔の果汁を入れるのが楼留子さんのお気に入りだ。

 冷蔵庫を開け、八朔を切る。

「早く出してわたなべ~」

 物凄くうるさい声で騒ぐのだが最近全くお隣が壁ドンをしてこない。

「わたなべもっと、もっとだよ、ああ~もっと入れて~ああ~いい感じ~」

 横で足をバタバタさせながら、外から聞いたら何か勘違いされそうな事を大声で言い続ける楼留子さん。

 まぁとにかく元気になってくれて良かった。

 はい、とコーラを手渡す私。

 ありがとう、と飛び切りの笑顔で受け取る楼留子さん。

 まだあどけない顔でコーラを飲んでいる横顔を見て、感謝しつつそう思った。

 


 秋が深まり紅葉が散りだす頃、美月さんとの黒ねずみ王国デートが近づいてきた。

 楼留子さんの指示でその間美月さんを食事やちょい飲みには誘っていた。

「ほんの少しの勇気で変われる」

 そう言い続ける楼留子さんに影響された私はその位は出来る様になっていた。

 また流石デートカーを名乗るだけの事はあって楼留子さんの選んだお店は全て美月さんに喜んでもらえた。

 少し距離も近づいた気がする。

 しかしデートでも同じ事が出来るのだろうか。

 不安で仕方がなかった。

 それを楼留子さんに言うと、

「大丈夫だよ、私に任せて」

 と無い胸を張って言うばかり。

 本当に大丈夫なのかなぁ。

 そしてついにデートの前日になった。

 


「ハンカチと財布と……」

「わたなべ~、ここにチーフ入れておくよ~」

「ああ、ありがとう」

 明日の最終確認を楼留子さんとする。

 服装は全部デパートで買ってきた。

 店員が色々勧めてきたが、全て楼留子さんがチェックして良い、という物しか買っていない。

 否、それ以外は買えなかった。

「これいいな」

 と、私が手に取っても、

「そんなのダメ。女子受け最悪」

 怒られてしまい結局楼留子さんの言う通りに買う事になってしまった。

 その時に買った服を全部着てガラス越しに映った自分の姿を見る。

 白いシャツにチノパン、紺ブレ。

 普段あまり着ない様な服だったがずいぶんお洒落な物だ。

 意外と着こなしている自分に満足する。

「おっ、この格好は誰がやっても似合うねぇ」

 余計な声がした方向を少し睨む私。

 冗談、冗談、と言う風に掌を横に振る楼留子さん。

「よし、服はこれでいいね。髪は明日朝一の予約を入れているし、あっ、これ」

 楼留子さんに封筒を3つ渡される。

「何これ?」

「黒ネズミ王国の後のデートプラン。これ鉄板だからね。あっ、夕食の場所が書いてあるから青い封筒、黄色い封筒、赤い封筒の順番に開ける事。いい?」

 私の耳元でそう言う。

 長くて綺麗な髪が私の耳をくすぐる。

「おお、そうなんだ。ありがとう」

 受け取る私に、

「明日は絶対成功させてね」

 更に耳元に近づきそう言った後、走って外に出て行った。

 ようし、絶対に成功させるぞ。

 見えなくなった後姿に向かって誓った。


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