第13話 彩雲の星
暗い、真っ暗だ。
ここはどこだ。
そうだ。
坂本と殴り合っている最中だった。
立たなくては。
「坂本死ね~!」
大声で怒鳴りながら起き上がるとそこはベッドの上だった。
「あっ、大丈夫渡辺君」
ベッドの隣にあるイスには美月さんが座っていた。
周囲を見渡すと四方が白くて清潔な感じの個室。
どうやら病院の様だ。
「動かないで、頭を打ったみたいだから」
暖かい手が私の肩に触れる。
額を触ると大きなガーゼが当てられていた。
そうか、気絶してしまったのか。
あっ、
「坂本は?」
どうなったのだろうか。
「坂本リーダー? 鼻血が止まらないみたいで病院に行ったみたい。ここじゃない所に行ったけど」
クスクスと笑う美月さん。
「すごかったねぇ渡辺君。坂本リーダーの首を馬乗りになって絞めて。みんなが慌てて止めていたよ」
そんな事をしたのか。
まったく覚えていないが。
痛い。
蹲る私。
とその時、ドアの開く音がした。
そちらを見るとバサバサ、という雑誌の床に落ちる音。
勢いよく、
「わたなべー、生き返ったー」
縁起でもない事を言ううるさいのが飛びついてきた。
「わたなべー、良かったよかったー」
そして私に思い切り抱き付いて頬ずりをしてくる。
「痛いよ楼留子さん」
思わず顔をしかめた私。
「あ、ごめん」
慌てて離れる楼留子さん。
「じゃあ私はこれで」
立ち上がりドアの方へ向かう美月さん。
美月さんは私と楼留子さんが付き合っていると勘違いしている節があるので、気を使って出て行こうとしたのだろう。
いや、ちょっと待ってください、違いますよ、付き合っていませんよ、と私が言うより早く、
「待って」
大きな声で呼び止める楼留子さん。
「私はもう行くから。貴方がそばにいてあげて」
ベッドから飛び降りて美月さんに近づく。
「それとこれ、わたなべの好きなやつだから渡してあげて」
床に沢山落とした雑誌を拾う楼留子さん。
美月さんも一緒に拾うが、
「渡辺君、こういうのが好きなんだ」
そうつぶやくと急にその手が止まった。
どうしたのだろう。
目を凝らし、その雑誌を見ると、
明らかに、
エロ本だった……。
しかも床に落ちている本全部、それ系の雑誌だった。
ご丁寧に本当に私が好きなOL物ばかり。
なっ、何て事を……。
動きを止めた美月さんを見て、楼留子さんも弾かれた様に気付いた。
そして、
「まっ、間違えたぁ~。こっ、これ、私が好きな雑誌だった~」
そう言うと美月さんの手から雑誌をひったくる様に取る。
「えっ、楼留子ちゃん、その本は……」
「そ、そう。わ、私、こういうの、す、好きだから」
顔を引きつらせてエロ本を全て回収すると、楼留子さんは走って出て行った。
室内に静寂が訪れる。
「ちょっと心配な趣味ね」
少し天然な所がある美月さんは本気で心配していた。
「まぁ、今度注意しておきますよ」
笑いながら言う私。
「そうね。彼女さんの趣味を注意するのは彼氏君の仕事だから」
やっぱり誤解していた様だ。
「いや、あれは彼女でも何でもないですよ」
明確に否定する。
「そう? よく一緒にいるみたいだし、会社にも来ていたし、それにこんな会社の行事にまでついて来る位だから彼女さんなのかと思っていたけど」
そうか、一見そういう風にも見えなくもないが。
しかしあんな中学生みたいなお子様と彼女だと、美月さんに思われてはたまらない。
「私はあんなお子様には興味ありませんよ。近所にいる子がたまたま家に来ているだけで」
楼留子さんをどう説明していいかわからないので、今わかっている事の中で嘘ではない説明をした。
しかし本当にあの子は何者なのだろうか。
そこで頭が痛くなったので美月さんに一言断ってから横になり、布団をかぶって眠る事にした。
キャンプの最終日におこったこの事件は会社でかなり問題になってしまった。
大体キャンプはいじめが原因で1人、2人辞めるのだが、今回は4班のキャンプに来ていた中本さん含む新人全員が退職届を出すか、出社拒否、無断欠勤となり、幹部全員ケガ、特に坂本リーダーは鼻の骨が折れていた。そして私と美月さん(結局足の骨が折れていた)は入院、となってしまい、その事を不審に思った小森専務から社長に報告が行ってしまった。
当然査問会になった。
しかも社長出席で。
キャンプでのいじめは毎年問題になっていたのに、これだけケガ人と退職者を出してしまったので当然大問題となった。
坂本リーダーは総合リーダー(専務と同格)から平社員に降格となり、同じく平となった後藤サブリーダーと共に定常部から来た小野田サブリーダーの下で働く事になった。
査問会が終わった後、
「坂本~テメーまだわからね~みて~だな~」
社長がそう言って坂本リーダーの髪の毛を掴んで部屋を出て行った。
次の日丸坊主になった坂本元リーダーが定時に出勤していたそうな。
それを静岡の病院で聞いた私。
「どうですか前川さん、私と一緒に転職しませんか。就職先は楼留子さんが用意してくれるそうなので」
「そうね、それもいいかもね」
一緒の病院に入院している美月さんも、ようやく今回の件で考え方を少し変え始めてくれた様だ。
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