第12話 夏空に彗星の如き一撃

 とうとう私が行くサマーキャンプの日となった。

 キャンプは4班に分かれて行く。

 1泊2日で前の班が帰る日に次の班が来る、という感じで続く。

 そして今日が最終班。

 定休と有給を1日ずつ使われてしまうのと、先輩達のお世話にいじめ。

 本当に嫌なイベントだ。

 幹事長と副幹事長はキャンプの間、ずっとキャンプ場にいる。

 全部有給で。

 いい気なものだ。

 それともう1人。

「水筒とお菓子、あと花火と~」

 私が見ている事に気が付いたのか、ん? という表情でこちらを見る楼留子さん。

「なぁに?」

「いや、そんなに楽しみなの」

「うん」

 にこやかに返事をすると、私に車のキーを投げる。

「それ、絶対忘れないでポケットに入れてきてね。じゃあ」

 そう言うと足取り軽く玄関のドアを開けて帰った。

 受け取った車のキーを見る。

 ユーノスと三菱とそしてGTRと書いてあるキー。

 いや、なんだかなぁ~。

 早く寝よう。

 集合時間早いし。



 朝5時に全員集合。

 みんな眠い目をしながら集合していた。

「全員いますね」

 美月さんが点呼をとる。

 遅刻なんてしたらキャンプ地に着いてからどんないじめをされるかわかったものではないので、みんな必死に起きて来る。

 昨日恐らく徹夜だっただろう中本さんもちゃんと来たが、青い顔をして今にも倒れそうだ。

 キャンプの代わりに寝かせてあげたいのだが。

「では出発します」

 同じ位青い顔をしている美月さんが言うと、全員4台のミニバンにしおりに書いてある通り乗り込んだ。

 四ツ木インターから高速に入り、静岡のキャンプ地へ向かう。

 

 運転は途中袋井サービスエリアで交代するのだが、美月さんの車に乗った私はずっと運転する事にした。

「渡辺君大丈夫? 次は私が運転するよ」

 袋井で遅れている車がいないかチェックする美月さんが私に話しかける。

「大丈夫ですよ。私は車の運転大好きですから」

 そう答えると納得した様な表情で、

「そうだったね。でもごめんね、渡辺君にばっかり運転させちゃって。疲れたら言ってね」

 私に気を遣う美月さん。

 自分が一番疲れているだろうに。

 このキャンプの間、少しでも彼女の負担を減らしたい。

 そう思っていたのだがふと思った。

 このキャンプが終わったら彼女には安息が来るのだろうか。

 空を見ると今にも雨が降りそうだった。


 お昼前にはキャンプ地の駐車場に着いた。

 みんな急いで荷物を降ろす。

 そして幹事は前の班の幹事からの申し送りを聞いて買い出しに行かなくてはならない。

 美月さんは坂本リーダー達のいるキャンプ場まで走って行った。

 私も手伝おうと慌てて後を追う。

 林を抜けると川が見え、そこにいくつかのテントが張られていた。

「お疲れ様です」

 そう言って坂本リーダーや幹部達がお酒を飲んでいるテント前に走り寄る美月さん。

「いやーお疲れ。そんなに急がないでもいいから~、後は渡辺にでも任せてここでゆっくりしなよ美月ちゃん」

 本当にそれでいいと思ったので後からついて行ったのだ。

 しかし、

「じゃあこれ買ってきて」

 沼田サブリーダーが美月さんにメモを渡す。

「はい、わかりました」

 受け取り駐車場へ向かおうとする美月さんの背中に、

「ところで罰ゲームいた?」

 沼田サブリーダーが問いかける。

「いえ、いませんでした」

 振り返り笑顔で言う美月さん。

「嘘つくなよ、確認してねーんだろ。車の音がしてからまだ全然時間経っていねーだろうが。あめーんだよ。ちゃんと孝井リーダーにも聞いたのかよ。早く全車のスタッフに確認してこい!」

 大声で怒鳴る沼田サブリーダー。

 しかし、

「テメー美月ちゃんに向かって何て口の利き方してんだ、あー!」

 それより更に大声で怒鳴る坂本リーダー。

「おらっ、謝れテメー」

 そう言って沼田サブリーダーの首を掴む。

「すっ、すみませんでした~」

「俺にじゃねーよ。美月ちゃんに、だ」

「ご、ごめんね。もう行っていいよ」

 慌てて謝る沼田サブリーダー。

「いえ、別に。それでは失礼します」

 ニヤニヤしながら良い事を言ったぞ、と美月さんの顔を嘗め回す様に見る坂本リーダーに向かって笑顔でそう返し、駐車場に向かおうとする美月さん。

 私もその後を追った。

 途中山下に襟を掴まれた中本さんとすれ違った。

 その後ろから幹部達が付いてくる。

 心配そうな目で見る美月さん。

 何事も無ければいいのだが。

 私も気になってしょうがなかった。

 

 紙に書いてあるお酒、ビール、肉、花火を買いに行く。

 一番下にBB弾と書いてあった。

「これは買わないでおきましょう」

 美月さんが言うので買わないで帰る事にした。

 

 キャンプ場に着くと随分と賑やかな声が駐車場まで届く。

 仲良く楽しくやっているのかな、等と考え荷物を降ろしていたら、

「それはやめて下さい」

「うるせーんだよ。やるんだよ」

 物騒な声が聞こえてきた。

 しかしその後たくさんの笑い声がする。

 何をしているのだろうか。

 美月さんと一緒に荷物を持ち、林を抜けて見えた光景は、

「ほら早くしろ」

 ダダダダダダ

 中本さんに向かってエアガンを撃ちまくる坂本リーダー。

 またみんな大笑いしている。

 何だ、いつもの事か。

 そう思ってビールを川まで行って冷やそうとする私。

 幹部達がキャンプファイヤーにガソリンをかけている。

 ジャンプファイヤーの用意だ。

 多分、車の中で寝ていた中本さんが懲罰になったのだろう。

 誰か起こしてあげれば良かったのに。

 あ~、でもそうすると誰か他の奴がやられるだけかぁ~。

 そんな事を考えながらビールを川に入れていると、テントに花火を持って行っていた美月さんが坂本リーダー達に近づく。

 美月さんが行けば坂本リーダーも無茶しないだろう。

 そう思って見ていたら美月さんが石に躓いて思い切り転んだ。

「ま、前川さん」

 ビールを投げ出して走り寄る私。

 坂本リーダーと幹部達はなおも中本さんにキャンプファイヤーを飛ぶジャンプファイヤーを迫る。

「おいー、早く飛べよ~。お前の根性を鍛える為にやってあげているんだぞ~」

「こんな事できません」

「何で?」

「何でって……」

「出来ないじゃなくてやるんだよ。出来ない理由から探してんじゃねーよ。仕事も一緒だぞ」

「ううっ……」

「それによ~、お前が運転者の気持ちも考えないで寝ていたのが悪いんだろ。お前の中にそれは悪い事だという常識は無いの?」

「それは……」

「どうなんだよ、あー!」

 中本さんにエアガンを撃ちまくる坂本リーダー。

「痛い、痛い」

 当たりまくって蹲る中本さん。

 幹部達も大笑いしながら中本さんにエアガンを撃ちまくる。

 あれは本当に痛くて痣どころか血が出る代物だ。

 去年散々食らったのでよく知っている。

 中本さんは奥さんも子供もいたはずなのだが、まさかこんな事になっているとは露程も思っていないだろう。

「おい、何演技してんだよ」

 更にエアガンを発射する坂本リーダー。

 痛い、痛い、と飛び上がる中本さん。

「まだ元気じゃねーか」

 大笑いする坂本リーダーと幹部達。

「ちっ、ちょっと」

 それを見て立ち上がろうとする美月さん。

 しかし転んだ時膝を打った様で物凄く血が出ていた。

「前川さん大丈夫ですか? 今救急箱を持ってきます」

 私が言うと、

「私はいいよ。あれを止めないと」

 坂本リーダーと幹部達を見ながら、痛みに顔を歪めながらそちらに向かおうとする。

 まずは自分の治療を優先して下さい……。

 正直そう思った。

 そしてそう言おうと思ったのだが、尚も必死に向かおうとする美月さん。

 それを見て、

「そこで座っていて下さい。私があれを止めた後、救急箱を持ってきます」

 美月さんの返事を待たずに私は走り出した。


 勢いで幹部達の近くに来てしまったが、さて何て言って止めさせようか。

 早く飛べよ~、うじうじしている奴は嫌いなんだよ~、と坂本リーダーと幹部達が中本さんを飛ばそうと急かす。

 周りのスタッフ達はニヤニヤと笑っている。

 何でこんな事をしているのだろうか。

 社蓄洗脳状態の時はわからなかったが、今ならはっきりとわかる。

 これは異常だと。

 彼らはこれが異常だとわからないのだろうか。

「渡辺何やっているんだよ」

 そんな事を考えていると坂本リーダーが話しかけてきた。

「てめー、何か言いたそうだな? おっ?」

 近づいてきて胸倉を掴まれる。

 こ、怖い。

 久々の坂本リーダーの恐怖に足が竦む。

「い、いえ、何でもありません」

 思わず早口で答えた。

「てめーよー、最近なんか勘違いしてねーか? あー」

 髪の毛を掴まれ、頭をグラグラ揺らされた。

「すみません、すみません」

 本当に怖く、半泣きしながら謝る私。

 何を謝っているのだろう。

 正しい事をしに来たはずなのに、謝り続ける事になってしまった。

 悔し涙も出て来た。

 神様はこの世にはいないのか。

 ああ神様。

 どうかお救い下さい。

 生涯何度目になるかわからない祈りをささげる。

「こらー、なにやっているんだー!」

 それが通じたのか、女の子の怒鳴り声がした。

「何て事をしているの? 早く放しなさーい」

 祈りが通じたのだが、えらく頼りない神様が出て来た。

「またお前らか」

 坂本リーダーが呆れた声を出す。

「それはこっちのセリフだよ。たまにはいじめをしない日って無いの?」

 顔を真っ赤にして怒りながら、楼留子さんが坂本リーダーの前に立つ。

 後ろから鮎川君と岩﨑君もついてきた。

「いじめじゃねーよこれは。いじりと指導だろ?」

 ニヤニヤしながら坂本リーダーが答える。

 他の幹部達も笑っている。

「そう。じゃあ私も貴方をいじってあげるからその銃貸して」

 手を出す楼留子さん。

 笑いが止まる坂本リーダーと幹部達。

「ほら、できないんでしょ。自分が嫌だと思う事は人にもやっちゃいけないって親から教わらなかったの?」

 その言葉にあからさまに反応した坂本リーダー。

「てめーよー、いい加減にしておけよ」

 そう言うと楼留子さんに向かってエアガンを発射した。

「いたたたた~、ばか~、痛いじゃない」

「うるせー!」

 なおもエアガンを発射する坂本リーダー。

 慌てて逃げる楼留子さんが転ぶと幹部全員大爆笑だった。

「おい大丈夫か?」

「つかまって。立てる?」

 鮎川君と岩﨑君が楼留子さんに近づく。

「おい、こいつらに一斉射撃」

 坂本リーダーの号令で幹部達がエアガンを撃ち出した。

「おい止めろ、俺の板金代いくらすると思っているんだ」

 鮎川君は全身に弾を受けながら怒鳴る。

 岩﨑君は楼留子さんをお姫様抱っこすると走り出したが途中で転んでしまった。

「よーし、じゃあこいつら川に投げ込んじまおうぜ~」

 今日はこの前と違い幹部達の人数が多いからか、坂本リーダーも鮎川君達に対して強気だ。

 笑いながら近づく坂本リーダーと幹部達。

 私はかわいそうにと思っていた半面、標的が自分からそれて良かったと心底ほっとしていた。

 足の震えがまだ止まらない。

 私は解放された。

 よかった、よかった。

 その場を離れようとした。

 が、

「ごめん、渡邊。また、だめだった……」

 泣いていた。

 楼留子さんが。

 いつも元気で明るい楼留子さんが泣いていた。

 私をいつも元気づけてくれた楼留子さん。

 私に美味しいご飯を作ってくれた楼留子さん。

 私に社蓄を辞める様に言ってくれた楼留子さん。

 私に車の楽しさ、そしてその活用方法まで教えてくれた楼留子さん。

 全て私を幸せにする、という彼女にとって何の見返りもない事をしてくれている楼留子さん。

 それなのに泣きながら謝っている。

 謝らせてしまっている。

 そんなのはおかしい。

 絶対におかしい。

 ほんの少し、ほんの少し、

 ほんの少し。

 私にも。

 勇気を。

「おい!!」

 よほど大きい声が出ていた様だ。

 楼留子さんと鮎川君達を抱えて川沿いまで来ていた坂本リーダーと幹部達の動きが止まる。

「止めろ!!」

 相当大きい声が出てしまっている様だ。

 ビクッとした幹部がいた。

 坂本リーダーが私の方を睨む。

「何だと~、てめ~、何か勘違いしてんじゃね~か~、あ~」

 何人かで抱えていた楼留子さんを放り出してこちらに向かってきた。

 その坂本リーダーに向かって私は置いてあったエアガンを拾うと思い切り撃ち出した。

「いてててぇ~、止めろバカ」

 慌てて動きを止める坂本リーダー。

「これはいじりなんですよね。坂本リーダーもいじってあげますよ」

「ふざけんなテメー。今そっち行くから撃つの止めろ」

 しかし無視して撃ち続けた。

 最初は止まりながら我慢していた坂本リーダーだったがとうとう逃げ出した。

「何逃げているんですかぁ~」

「いてーからに決まっているだろ、バカかテメー」

「嫌な事から逃げないで下さいよ~。仕事と一緒ですよ」

 弾が切れた銃を投げ捨て、他の幹部の銃を全部肩から掛けて打ちまくった。

 そして捕まっている楼留子さんや鮎川君と岩﨑君を助ける為にそちらに銃口を向け、突撃する。

 蜘蛛の子散らした様に逃げ出す幹部達。

 その幹部達に向かってありったけエアガンを撃ちまくった。

 痛い、止めろ、と幹部達が怒鳴ってくる。

 全然止める気にならず尚も撃ち続ける。

 数人の幹部がこちらに向かって石を投げてきた。

 大きな石が当たり、私の額から思い切り血が出る。

 石の飛んできた方向に集中的にエアガンを打つと幹部達は蹲ったり川に飛び込んで逃げた。

 弾切れすると銃を捨て、また撃ち出す。

 坂本リーダーと数人が林に向かって逃げ出したので、それを追う。

 後の事なんてもう何も考えていなかった。

「参った、降参」

「もう終わり、終わり、終了~」

 そう言って林に逃げ込んだ後藤サブリーダーと山下がこちらに手を振る。

「何言っているんですかぁ~。何途中で止めようとしているんですかぁ~。何事も最後までやり抜かないとダメだって言っていたじゃないですかぁ~」

 この2人にはかなり至近距離からエアガンを打ち込んだ。

 痛い痛いと言って倒れ、その場に転げ回る後藤サブリーダーと山下。

 周りを見ると幹部達はみんな蹲っているか逃げ出していた。

 残るはバイクで逃げようとしている坂本リーダーだけだった。

「どこへ行くんですか」

 そう言って坂本リーダーに銃口を向ける私。

 バイクのロックを外し、まさにエンジンをかける所だった。

「何事も途中で逃げるのは卑怯者のやる事なんじゃなかったでしたっけ?」

 私が退職を申し出た時に何度も言われた言葉を投げかける。

「何だと~、てめ~、何勘違いしてんだ、あ~」

 怒り心頭でバイクから降りて来た坂本リーダー。

「貴方が散々私に言った事ですよ」

 そう言って銃口を向けた。

 が、次の瞬間思い切り殴られた。

 倒れこむ私。

「お前、喧嘩売る相手間違えてんじゃねーぞ」

 倒れている私を無理矢理立たせて何度も何度も顔面を殴りつけてくる。

 しかし興奮しているからか痛みは全く感じなかった。

 よし。

 銃の底で思い切り坂本リーダーの横面を殴る。

 のけ反る坂本リーダー。

 そこからは取っ組み合いになった。

 この野郎。

 くそ野郎が。

 死ね

 シネ

 しね……

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