第8話
一つ、二つ、年を重ね月日はたった。四季が巡ることはなく、気温が変わることもない。ユシェラは自分がここへ訪れた時と何も変わらない風景を眺めていた。
「何か……人間――二人、ここへきているわ。何の用かしら?」
伸ばしっぱなしにしている白金の髪を揺らして少女は森の外を見ていた。この数年で、彼女はすっかり女神のようになった。神殿の女神と違って、現実にいる、綺麗な人という意味で。髪色も一口に白金といっても真っ白だった髪色からうっすら金色を纏うような違いがある。
私からは見えない、暗い森の奥から誰かが来られるなんて思わなかったから、私は跳び上がるほどびっくりしたけれど、楽しみでもあった。
口の端を緩ませる私を彼女は呆れたとでも言いたげに溜息を吐いた。もともと私が入っていた体だけれども、今ではこの体にも慣れた。
毎日花ばかり食べているけれど、それも美味しいと感じるのだ。元ユシェラの体も私が入っていたときとは打って変わって美しさや輝きを放つのは同じ女として負けた気がするのだが、次元が違い過ぎてもはや崇拝したくなるレベルに美しい。
「興奮して無暗に火を吐かない。暴れない、足元に注意する、言葉遣いに気を付ける。いいわね? 一般常識よ。それと、べつにつまみ出すときは私がやるから貴女は大人しくすること」
私は火を吐いたことないじゃない! と反論すれば予兆に気が付いた精霊達と総出で威力を相殺していたのよ。と、静かに諭された。小さい頃はよく大騒ぎされることが多かったと思ったが、なるほど。
「……ん?人がいるのか」
ふらりと闇から出てきたみたいでとても怖い。何年かぶりに見た――人間。
身なりが良い。少なくとも、貴族であることは確か。ここに来たばかりの頃のユシェラと年頃が近そうな少年二人だった。
「何か御用かしら?」
口元に微笑みを浮かべる彼女だったけれど、目は笑っていない。冷たく怜悧な眼差しで縄張りへの侵入者をただ眺めていた。
「いや、この辺りに竜が出ると聞いて、な。害になるようなら討伐されるから、見ておこうと思って」
「そう、なら、ここには来ないことがよろしいかと。(ここから出ていきなさい)……竜じゃなくてもこの森に害があるようならわたくしが人畜関係なく殲滅いたしますわ(じゃなきゃ殺すわよ)」
「へぇ、貴女は何者です?(お前が竜じゃないのか?)」
「わたくしは森に住まうしがない人間でございます。もう、よろしいかと(違うわよ。さっさと出ていけ)」
ひんやりと少しずつ空気の温度が下がっていく気がする。微笑の裏で繰り広げられる白金の髪の女神レベルの美女と金髪の青年の心の声バトルはとてつもなく怖かった。
そして私が見ていたのは、その後ろの青年だった。
彼は私に気が付いていた。“竜”の存在に。
『君が竜?』
『――っ!』
この人、念話ができる。水神と同じだ。
『怖がらないで、と言っても無理かな……?』
よどみなく会話ができるのはそれほど力が強いから。黒髪の好青年は私を見て柔らかく微笑んだ。
『コイツには君のことは見えていないみたいだね。この女性が君を隠したの? 君は――捕まっているの?』
『それは違う!』
私は思わず叫ぶように返した。水神が悪く言われるのは耐えられなかったから。
「ごめんね」
悲しそうに笑った少年を驚いた様子で見る水神と、突然咆哮を上げながら現れた竜に抜刀した金髪の少年。刃を私に向けかけた時、殺気を纏った水神が動くよりも先に黒髪の青年が手で制した。
「彼女を攻撃しないで。すごく、怖がっているから」
彼に言われて自分の手が震えていたことに気が付いた。あの日、断罪の日の事が不意に脳裏に浮かんでは消えた。
『大丈夫?』
頭に直接響く声音はとても優しくて、こわばった体からふっ、と力が抜けるようだった。私が小さく頷くと、黒髪の少年がほっとしたように息を吐いた。
「では、失礼しました。……行こう」
黒髪の少年が深々と水神に頭を下げると金髪の少年もつられたようにきっちり礼をした。
(また、会いたい)
ほんの少しの時間、ただそれだけだったのに、今ははっきりとしたさみしさを感じていた。
神御視 連載編 雪城藍良 @refu-aurofu2486
★で称える
この小説が面白かったら★をつけてください。おすすめレビューも書けます。
フォローしてこの作品の続きを読もう
ユーザー登録すれば作品や作者をフォローして、更新や新作情報を受け取れます。神御視 連載編の最新話を見逃さないよう今すぐカクヨムにユーザー登録しましょう。
新規ユーザー登録(無料)簡単に登録できます
関連小説
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます