第2話

 神御視マデ アト32時間


 白金の髪を乱雑に結い、布を鼻と口に当て、小さな手には身長を超す箒の柄が握られていた。せっせと部屋を掃除すること約半時。雑巾がけからベッドメイクまでを済ませたほっかむりの少女は掃除を終え整えられた部屋を後にすると隣の部屋を訪れる。

 そしてまた同じような作業を繰り返し、繰り返しするのだ。

 掃除を終えても少女には安息はない。続いて掃除した部屋から回収された洗濯物を洗い、その後は昼食の準備がある。携帯食料と水分を小さな体に流し込み、少女は三つのフロアの掃除をただ一人でやり遂げた後であっても疲れを思わせない身のこなしで次の作業に取り掛かった。

 実際、この程度で疲れるほど軟弱な鍛え方もいびられかたもしていないのだ。

 いつものルーティンワークを難なくこなして昼食にありつける。使用人や侍女は外から来た人――来客の人達しかいない。そのため神殿の中で設置された使用人用食堂も目の前でせっせと料理を作っている料理人たちと今は食堂にいないが数人の使用人だけ。料理長が少女の食べっぷりを見て気に入ってから何度も命を助けられている。

 祭司の機嫌を損ねた使用人に待っているのは死、それのみだ。

 資金だけは無駄に潤沢なこの神殿を切り盛りしている神官は、ある程度材料費が高くされても気にも留めない。あくまで紙の上の数字であり、他人事のようにまるで興味がないのだ。


「羊肉のソテーと猪肉の蒸し焼き、牛丼含めてすべて特盛ご飯追加。野菜類はブロッコリー、そして生野菜に焼いて細かく切ったパンと粉チーズ追加、飲み物はいつもの二リットル置いといて」

「あいよ。いつものだな」


 料理長は雇い主が使用人をどう扱っていようと変わらぬ態度で食事を提供する。潤っていなければそれなりにエンゲル係数がその他を圧迫させられる自信しかない食べっぷりを如何無く発揮する小柄な使用人でさえももれなくかわいがっていた。


「そういえば、貴族が来るらしいぞ」

「へぇ、男? 女?」

「女」

「ふぅん。壮年のご婦人? それとも化粧濃いだけのプライド高いオバサン?」

「残念ながら後者が全部当てはまるな」

「「うっわ、マジかよ……」」

「え?」

「は?」


 料理長がにやにやと最新情報を手に入れたことを自慢するように言うと、料理人は興味なさそうに適当に相槌を打っていた。人の会話を盗み聞いてしまったようなユシェラは、料理長のばっさりとした回答に思わず零れた言葉がまさか料理人とかぶるとは。思わず目を見開いた。


「何?」

「いや……なんでもねぇよ」


 料理人の少年の声変わりもしていない落ち着いた声からだと少し違和感のある台詞だ。調理場が十センチ近く床から高い位置にあるが、僅かに身長はユシェラの方が勝っていた。


「そう? ま、いいけど。じゃあね。私、仕事があるので」

「えぇ、もう食ったのか?」


 完食済みの大皿とどんぶりをカウンターに乗せると、料理人は目を丸くして驚いた。


「美味しかったよ。ありがとう」


 ユシェラはくるりときびすをかえして出入り口へ向かった。


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