極楽の先にあるもの

朝凪 凜

第1話

「暑いよー」

 まだ五月になって少し経ったばかりだというのに夏の様に暑い。

「今日は今年初めての夏日になるって天気予報で言ってたわね」

 机にべったりとうなだれながら首だけ横を向ける。

「今日はもう帰ろうよー。暑いだけだよ」

 教室にはエアコンはなく。天井に取り付けてある扇風機が力なく回転している。

「あとホームルームだけなんだから待ってなさいよ。そしたらうちに来るなりなんでもいいから」

「なんでもって言ったね!? よーし、何でもに答えて貰おう」

 やにわに頭を上げキラキラした目で見つめる。

「……何をさせる気?」

「ん……いや、内緒。着くまでに考える」

 着くまでに考える、は内心思っただけだったのだが、口をついて外に出てしまった。

「それは何も思いついていないって言ってる……」


 ホームルームがいつものように簡単な連絡だけで終わり、帰宅となった。

「何もこんな暑い時間に終わらなくてもいいと思うんだ。死んじゃう」

「寂しくて?」

「二人! 二人居る! 寂しくない!!」

 鞄を手に校門からゆっくりと帰路につく。

 一番暑い時間ではないが、それでも大量の熱射がアスファルトから反射している。



 当初の予定通り、二人は帰宅と訪問になった。

「お邪魔さんです」

「邪魔と分かっているなら帰れ」

 靴を脱ぐところで肩に手をかけ回れ右をさせられる。

「そんなご無体な」

「可愛い馬子にも旅をさせろって言うし」

「孫? 私友達! 旅はいましてきた!」

「馬の子で馬子ね」

「え、どゆこと? 馬子に旅させちゃうの?」

「そんな普通に突っ込まれても」

 人の部屋まで勝手に入っていく。


「エアコン! 人類最後の英知!」

 すぐにエアコンをつけて定位置に座る。

「ずいぶん手前で人類の文明が停滞したわね」

 遅れて家主は椅子に座る。

「ここは人類最後の楽園」

「自分ちにもエアコンあるじゃない。楽園はここだけなの?」

「そう。ここは一人では味わえない喜びがある。そして飲み物飲み放題」

「うちはドリンクバーじゃない」

「あ、あの本買ってあるー。ちょっと読ませて」

 返事を待たずにすかさず読み耽る。

 椅子に座って居る方は、さてどうしたものかと思っていると

「そういえば、漫画は黒一色だからモノトーンって言うでしょ?

 あれってモノレールとかのモノって意味なんでしょ?」

「まあ、そうね」

「じゃあ二色だとどうなるの? ユニトーン?」

「いや、ユニも一つって意味だから。普通に二色刷だけど、英語とかだとなんていうのかしらね」

「三つだとトリ……トリトーン? 空飛びそう」

「二つだとジっていうらしいけど、ジトーンとは言わない」

「ジトーン……」

「あ、二つはツートンだって。ツートンカラー」

 二つという接頭辞を調べていたらしく、スマホを見ながら説明する。

「ツートンって! モールス信号が語源か!」

「ツーツートントンってやつ?」

「そうっぽいじゃん。音的に。長いのと短いのの組み合わせでしょ?」

「いや、え、そうなの? まさか……」

 こいつの言うことが当たるはずが無いとスマホで調べる。

「違うじゃない! ツートーン。二つの音色って意味の方」

「じゃあモールス信号は本当にツートーンだね。音だし」

「モノトーンもそうだけど、なんで色なのに音なんだろう。それにそもそもツーってそのままなのがなんか納得いかない」

「じゃあモノトーンじゃなくてワントーンにすればいいのにね」

「イヌかな」

「ニャントーンも併せてお聞きください」

「天国か」

「天国って言ったらヘブンズトーンだね。やばそう」

「考えてしゃべろうな」

「ローリングストーン」

「ストーン! 石!」

 こうして今日も一日ただただ何もしないで一日が終わる。

 何もしないけれど、二人で笑い合っているこの時間は止まること無く続いていく。

「トリトーンってギリシャ神話の海神じゃん!」

 第三の神発見。

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極楽の先にあるもの 朝凪 凜 @rin7n

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