〈5〉


「どうしたの? 疲れた顔してるけど」

「……なんでもない」


 待ち合わせ場所にしていたオープンテラスのカフェで、釈然としない俺の表情を読み取った時野谷が心配そうに声を掛けてくる。

 だが一々いちいち思い返すのも疲れるので、特にそれ以上言葉を費やさなかった。


「そっちの買い物は済んだんだな。何が欲しかったんだ?」

「うん、ちょっと」


 何やら大事そうに膝の上で紙袋を抱えている。

 気になったので問うてみたが、どうも時野谷の反応が悪い。

 あまりしつこく詮索せんさくするのもどうかと思ったので、それ以上は意識しないようにした。

 時野谷は秘密主義というわけでもなさそうだが、何か自分のプライバシーに踏み込まれる事を極端に嫌がるふしがある。

 恥しがり屋さんなんだろきっと。――そういう風に受け止めている。


「そうだ。さっき羽佐間くんから連絡があって、なんか重大な話があるらしいとか。それで今こっちに向かってるんだって」

「なんだ重大な話って?」

「わかんない。詳しくは会ってから話すって」


 こっちに来るのにまだ時間が掛かるらしいので、俺達は飲み物でも注文して待っておく事にした。


 急にやる事がなくなり手持ち無沙汰ぶさたになった俺は、だらりと力を抜いてテラスから流れる人波を眺めてみる。

 客達の顔ぶれは、多くが同世代だと思える少年少女だ。だが外界からの遊覧客であろう――時折、家族連れの姿もちらほらと映る。


 それは、こくな光景だと言えた。


 特異体として発症してしまった俺達は、家族や友人たちと切り離されてこんな場所に閉じ込められている。

 けれど俺達は何も彼らに会う事を制限されているわけではない。

 その気があるのならば面会などは簡単だ。

 そもそも俺達はここから容易に出ることは叶わないが、一般の人間は今こうして自由に出入りできているではないか。

 つまり、あちら側からならば接触する事など造作ぞうさもない。

 だと言うのに、ここに暮らす子供達の多くは、もう家族とひさしく顔を合わせてないだろう。


 理由は簡単である。

 俺達が異質な存在へと変質してしまったからだ。


 特異体の発症に親類血族は関係ない。

 唐突に、ごく微小な確率で、多くが10代の時期に発症するだけ。

 親からしてみれば、ある日突然自分達の子供が怪物ミュータントに変わってしまう。

 そしてほとんどの親が、そこでたもとを分かつのだという。


 特異体を普通の人間として受け入れない社会的な背景もあるだろう。

 単純に生理的な恐怖もあるのかもしれない。

 だが俺達は社会や世間よりもず始めに、親から見捨てられる。


 それがどれほど痛ましい話か、言及するのもせん無い。


 俺達は、肉体的に何ら変化はしていない。

 少し奇妙な現象を操れるようになっただけで、今も昔も俺達は〝人間〟だとそう胸を張って言える。

 それでも、彼らからすりゃ俺達は充分に怪物らしい。

 あるいは本当に、俺達の容姿が化け物染みてくりゃあ踏ん切りもついたんだろうか。


 ――いや、今こうやって思考しているこの心は決して怪物などでは無い。


 先ほどの女の子の姿が脳裏に浮かぶ。

 あの子はこの学園のシステムや生徒手帳の事を熟知していた。

 ならば、あの子は休みの日に家族と一緒にこの物珍しい場所まで遊びにきた一般人ではないだろう。

 あんなよわいで、この地にしばりつけられている哀れな〝怪物〟の一人だ。


「亮一くん」

「なんだ?」

「その……平気?」

「どういう意味だ」

「何だか、思い詰めた顔してたから……」

「そうだったか?」

「うん……」

「……いやー、実はさっきから腹が痛くてな」

「え? おなか痛かったの? ボク、近くの薬局で薬買って来ようか?」

「そこまで大事じゃないって。ちょっと便所行ってくら」


 しゅばっと片手を上げて、俺はトイレへと駆け込むフリをする。

 時野谷の悪いくせの一つとして他人に気を回しすぎるというのがある。俺としてはそんな時野谷だからこそ、あまり心配をかけたくない。



 10分ほど時間をつぶして戻ると、折りよく羽佐間達の姿が確認できた。



「羽佐間と、水宮?」

「戻ってきたか」

「りょーちん、まいどー」


 羽佐間だけではなく、どうしてか水宮晴香の姿までそこにあった。

 俺と時野谷、羽佐間の3人はよくつどっているが、このメンバーでの水宮の存在は新鮮だ。


「なんで水宮?」

「まあちょっと事情があってな」


 片目を閉じてしたり顔の羽佐間が勿体もったいをつけて言う。


「――なあなあなあ、それより何でりょーちん学校のジャージ着とるん? 今日お休みやで?」

「何言ってんだ、休みだから着てるんだろ」

「え……? なにそれ……?」

「水宮気にするな。こいつは一年中同じ種類の服を着ちまうようなヤツなんだよ」


 羽佐間が呆れ混じりで知った風な口を利く。

 まったく、一年中ジャージ姿だから何だというのだ。一体、それでどこの誰が困るというのか。


「うわ、それおっさんみたい」

「失礼な。おっさん系男子とかいうヤツだ」

「――つまりおっさんやん⁉」

やかましい奴め。それより、国村先生の反省文はもう書けたのか」

「ああああああ! もぉ思い出させんといて!」


 髪を振り乱すようにして、眼前のテーブルにがんっと頭を当てる水宮。

 終わってないんだな、ご愁傷しゅうしょう様。


「で? はざーさんや、説明はよ」

「ふふん、まあ落ち着けって。今からチョー重要な情報をお披露目ひろめするわけだが、お前ら心積りはいいか?」

「勿体つけんなハゲ」

「ハゲじゃねぇ! 坊主にしてるだけだ!」

「喧嘩はだめだよ」


 おろおろとした時野谷が俺と羽佐間の間に割って入る。


「ああくそ……そっこー脱線したじゃねぇか。真面目な話なんだよ――茶化すな玄田」

「善処する」

「それで、一体どうしたっていうの?」

「よし、いいか? もうすぐ行われる特別学科の演習があるのは知ってるよな」

「は? 何だそれ?」


 初耳な俺は、思わず素の声で訊き返した。


「知っとけよバカ」

「高等部に入ると、学期末に大規模な野外での実技の科目が用意されるんだって。詳しくは知らないけど、演習がどうとか」

「演習?」

「簡単に言うとだな、ある特殊な形態の実技のテストみたいなものが用意されてんだよ。主に、この広大過ぎる山ん中の敷地を使って、実際に能力を使用した実技試験を行うらしいぜ。その際に評価をつけられ、それがそのまま成績に直結するってワケよ」

「あー、すまんなあキミタチ。言ってなかったかな? 俺ってほら、ランクAエリートだから? 前学期の試験は実質、免除パスなんだよねえ」

「ふっふっふ、――馬鹿めが!」

「なにぃ?」

「玄田ぁ、そりゃお前、あくまで通常試験の話だぜい」

「なん……だと……」

「特別学科の通常試験とこいつは、まるで気色が異なるもの! それこそ実戦の機会とでも言うべきか!」

「――実戦だとぉ⁉」

「そして、さらに重要となるのが、この試験がいわゆる個人のスキルを競うだけのものじゃないって所だ」


 演劇ぶっていたオーバーな口振りをひそませ、羽佐間は真剣な目で一同を見渡した。

 俺も付き合い良く、臭い芝居しばいみたテンションを意図して落とす。


「えっと羽佐間くん、つまりどういう事?」

「班決めをされんだよ。言うならこの試験はチームとして受けなきゃならないって話で、それに沿って試験の内容も用意されてんだ」

「チームプレーってか」

「そう、チームの成績によって評価が決まる。どんだけ個人が優秀であっても、スタンドプレーじゃ割に合わないってこった」


 俺達の特殊能力はそれこそ千差万別だ。

 その中には、これ役に立つのかよって思える様なのもいっぱいある。――いや、もしかしたらそういう類の方が圧倒的に多いやも。

 それでも使い方次第でどうにかなる事もあるし、そして一見何の役にも立ちそうにない能力であっても、誰か別の能力と合わせる事で意外と新たな使い道が開ける事だってある。

 つまりチームを組むという事は、そういう諸々もろもろの特性――短所長所を理解した上で、お互いの能力をどう有効に活用できるかを見極めなくてはならない。


「その班決めってどうなんだ、勝手に向こうが決めちまうのか」

「察しがいいな玄田。安心しろ――そのチームは俺達で決めていいんだ。こっちからの申請をきちんと受け付けている」

「成る程ね」


 羽佐間の言わんとしてる所を理解した。


「そしてもっと重要なのは、そこで決められる班は後期の試験にまで継続されちまうって話だ。つまり一年間、決まったチームで試験に臨まなきゃならない。メンバーの変更は一切なしだ」

「そりゃ痛いな。もし相性が悪くまとまりのないチームになっちまえば、後期の試験まで絶望的。学園側は、むしろそういう班分けをして限定的な条件下での俺達の協調性や対応力を計りたいってはらか」

「だと思うぜ? 普通こんな重要な話、前もって生徒達に話しておくもんだろ」

「俺達に準備期間を取らせたくないわけだ」


 さすが学園、灰汁あくどいな。


「にしても、すごいね羽佐間くん。どうやってそんな情報仕入れてきたの」

「実はちょっと学園の先輩方と交流パイプがあってさ。まあ、世渡りの基本ってヤツ?」

「よくやったぞハゲ」

「だからハゲじゃねぇ!」


 班分けか。

 繰り返すが、これがグーとパーで分かれるドッチボールのチーム分けなんて気安いもんじゃないのは確かだ。

 加わるメンバーの能力を吟味ぎんみし、どう複合させてチーム全体の向上を図るか。

 問題は下準備である。

 クラスの人間の情報を掻き集め、効力が最大限引き出されるチーム編成を組めたものが好成績を収める。


 そして俺達にとっての成績とはイコール金である。

 基本給おこづかいとなる生活態度にちなんだscの配当。そこにさらに試験の点数によってボーナスが追加される。

 それ故、この学園に落ちこぼれ的な人間は少ない。

 目の前にチラつく現金のため、生徒達は死に物狂いでテストにのぞむ。

 仏門にでも入って欲求を洗い落としている賢人以外、物欲という名の化け物に無様に踊らされ続ける哀れな俺達だ。

 世知辛い。


「しっかーし! 本題はこっからだ――」


 また芝居がかった口調へと改めた羽佐間が、どんとテーブルを叩く。


「あいたたた……! 何すんねんもう!」


 今までずっとテーブルに伏せっていた水宮が顔を上げて抗議の声を上げる。

 どうやら、羽佐間が揺らしたテーブルのせいでおでこを打ったらしい。


「よし、ちょうどいい水宮。さっきの話を」

「へ? ……あ、――うん! 任しとき!」


 羽佐間に話を振られきょとんとしていた水宮だったが、たちまちに状況を思い起こしたらしく、すれ違いにすとんと座った羽佐間と代わって勢いよくて立ち上がっている。


「えー、それではみなさん、セーシュクにお聞きねがいます。この度、職員室に入りびたるとゆう、うちのチミツで粘りづよーいチョウホウ活動が実を結びまして――」

「それ、単に呼び出し喰らいまくってるって話な」

「セーシュクにやで! りょーちん!」

「わかったわかった」

「えー、ズバリ言うとやな、今日うちは職員室で小耳にはさんでしもたのです! なんと、今回の演習の場所を!」


 後半で面倒になったらしく、早口でまくし立てる水宮。 


「俺から補足説明しよう。毎年差異はあれど実地試験の内容は主に入り組んだ山野の地形内の至る所に設置されたトラップや障害の類をクリアし、どれだけ早いタイムでチェックポイントを通過し、規定のルートを往復できるかという――そしてどのチームが一番に到達するかを競い合うものなのだ」

「なんだよ、レクリエーションみたいじゃねえか」

「馬鹿者め! お遊びだとぬかすか!」

「そんなに大変なの……?」

「毎回、驚異的な精度のトラップや困難な地形の障害により、チェックポイントの通過を断念させられて戻ってくるチームが後を絶たず、酷い時は負傷者まで続出する始末だ。あるいはそれらを避けようとしてコースを外れ、山ん中を遭難するチームまで出るって話だぜ」

「思ってたよりヘヴィじゃねえか。気に入った」

「ボクはちょっと不安だよ」


 野外活動アウトドアにちょっと自信のある俺とは対照的に、時野谷は不安そうな顔だ。


「まあ待て、まだ慌てるな。水宮、続きを頼む」

「ほいほい。えー、そんでその実施場所というんは、学園から西4kmちょっとのトコにある蒼沼の樹海やとの事」

「蒼沼か。結構な面積だぞあそこ」

「この地方最大の水源地らしいぜ?」

「そこに広がる樹海ねえ。普通に行っても遭難レベルだろうな」

「だろうぜ。『下見』もせずに行けば、そーなる」


 その部分だけやたらと語気を強めて、羽佐間は意味ありげな笑みを浮かべた。


「何だ今度は?」

「ふふん」

「うぇっへっへ」


 羽佐間と水宮、事情を知っている二人だけが勿体ぶった笑みをたずさえている。


「まさに今日、特別学科の先生達と警備隊の人達とが、その事で深刻に話し合ってるのを聞いてしもたのです」

「教官達と警備部隊の面々がか?」


 そりゃ意外な組み合わせだ。


「そやねん。今朝な、職員室の横にある会議室みたいな場所でな、なんや大勢が集まってやいのやいのと話してたもんで、ちょーっと興味をそそられてドアの前で盗み聞きしたんよ」

「思ってたより大胆な諜報活動だな」

「そしたらなんや、演習するその蒼沼らへんのセンサーかなんかが壊れてるらしく、カンシモウ……? に穴が開いてるやのどうのって。そんで先生たちは『試験までにはきっちり直してもらわんと困るー』みたいな言い分で、警備隊の方は『資材が届かんとどうにもならんー』いう感じで、周りを気にせんで言い合っててん」

「監視網か……」


 学園の外側に一層、境域を明確化するためか、そういったものがぐるりと周囲を取り巻いている区画がある。

 その高度なセンサーは野生動物の類には反応せず、人間――俺達の情報だけを読み取り、衛星通信によって警備部隊の中央管理局コントロールセンターに通達される。


「何となく見えてきた。『下見』ってそういう事か」


 役目を終えた水宮は席へと戻り、一仕事こなしたという満足気な顔でジュースをすすっている。


「通行を阻害するほどの大掛かりな障害やトラップってんだ、一日やそこらで設置できるもんじゃねーだろ? となると向こう側も試験のために下準備をこしらえているハズ。実施する場所が割れ、なんとも幸運な事に今現在そこへ向かう途中の監視網が機能してないときた。あとは、理解わかるな?」


 その内容故、羽佐間はさも秘密の会話という風に声を落としてささやく。


「それって、カンニングにならないのかな……?」

「テストの問題を前もって盗み見る――立派なカンニング行為だな」

「ダメだよそんなの……」


 誠実な心の持ち主である時野谷が青ざめた表情で首を横に振る。

 まあ、そりゃカンニングなんてばれたら色々マズイ。

 しかし羽佐間は再び席を立って、良識を示す俺達へと距離を詰める。


「おいおい、考えても見ろ。この事態はあっち側の落ち度で発生したんだぜ? 俺達はただ……そうだな、来週の課外授業の時にちょっとばかしはぐれちまって森の中を彷徨さまよった挙句、不可抗力で蒼沼付近に行き着いたってシナリオはどうだ? その際に若干、演習の舞台となるその場所を目撃しちまったって筋書き」

「筋書きってお前、そんなお粗末な話を誰が信じるかよ」

「そこはあれだ、何とでも言いつくろえるって」


 声色は控えめに、しかし強気で羽佐間が言葉を返す。


「通常の場合なら、俺達が学園の外に出ようとその区域に足を踏み入れた瞬間、そこら中に無数設置されたセンサー類が稼働して即バレちまう。けど今その西側のセンサー類が機能してないんだぜ?」

「全部が全部って訳じゃないだろうに。所々、穴が空いてるだけじゃねえのか」

「充分だ。いいか? 俺達が見つからずに辿たどり着けりゃもうけモン。辛うじて生きてたセンサーに引っ掛かってバレちまったとしても、それはそれで構わないんだよ。そん時になって引き返せばさ」


 羽佐間が明確にそう言い切る。


「つまりセンサーの不備を突いてその監視網を本当に抜けれるかどうか、試す価値だけはあるって事か」

「そうだ正にそれ。つまり俺達は学園側の落ち度でちぃっとばかしエリア外を遭難しちまった可哀相な被害者って事になるワケよ。そんで運が良けりゃ、今回演習が実施される場所をお目に掛かれるかもって寸法さ」

「ホントにそんなんでゴリ押せるって?」

「ゴリ押せるっつーの」

「待てよ羽佐間。大体だな、学園側は俺達の位置を常に把握してるじゃねぇか。こいつでよ――」


 言って、俺は自身のIDタブレットを掌でひるがえした。

 学園側はGPSで俺達の行動を終始見守ってくれているのだ。――それが暖かい目でかはどうかとして。


「そもそもセンサーが張り巡らされてる監視区域に接近するだけで、こいつに警告文が入るレベルなんだぞ。『学園の指定領域外へと近づいてます』みたいな文面が鬼のような頻度ひんどでな。挙句には、それでも無視してると文面が『これ以上進むと警備部隊への通達がなされます』みたいな脅し文句に変わりやがる」

「え、そうなの?」


 俺の発言に、意外にも時野谷がきょとんとした顔を見せる。


「あれ? 俺達より古株の時野谷が知らないのか?」

「だってボク、わざわざ禁止されてる区域には近づかないよ」

「そんなん、うちらかてそうやで。学校側から何回も注意されてる場所には行かへんがな」

「ああ……そりゃまあ……」

「さすが問題児の玄田だ。ここらの事には詳しいらしいな。つか、実体験かよ」

「りょーちん、悪い子や」


 水宮がまるで小さい子をしかるよう、掌で俺の頭を軽くはたく。――お前だって遅刻常習魔のクセして。

 というか別段、俺は悪さを誇ってる訳じゃない。

 入学当初から暇を持て余し、怖い物見たさでその指定領域外へと冷やかしに行った俺には印象深かったって話だ。

 もちろん、ここが監獄であるという認識を深める印象を。


「ともかくよ、センサーが稼働してようがいまいが俺達の行動は筒抜けな訳だ。故障してるかどうかなんざ関係ねえよ」


 羽佐間の計画とは要するに――

「迷ってたら蒼沼の樹海まで来ちゃったー☆ てへぺろー☆」

「ワザととかじゃないですよー☆ やだもー☆」

「えー?☆ 演習ぅー?☆ 何ですかそれー☆」

「それがここで行われるだなんて知りませんでしたー☆」

 ――で教官達の追及を逃れるというものだ。


 俺達が故意か過失かで、その言い逃れが成立するしないに関わってくる。

 つまりタブレットに警告文が記載されたにもかかわらず、過失で蒼沼まで行き着いたというシナリオは成立しない。


「こいつについては対策なしか?」


 俺はその憎き監視役でもあり、全財産が搭載された生命線でもあるそのタブレットを突きつけた。


「いや、まあ待て。それについても、打つ手はある……ハズだ」

「何だそりゃ、言い切れないのかよ」

「待てって。実はその点については、俺もこの計画の最大の障害になると考えている。だからちゃんと対策も考えてはいる。だがどうも手立てが限られてくる上に、危険な橋を渡んねーとかもだ」

「ほう」

「だからこの事について、まだ不確定な現段階でネタをさらすワケにゃいかねーんだよ。わかるだろ玄田?」

「ま、話は分かる」

「逆に尋ねるけどよ、もしその点をクリアできたならお前らこの計画に乗っかってくれるか?」


 鼻息を荒くした羽佐間がさらに上体を乗り出す。


 しかしどうにもお粗末で、俺は容易にそのくわだてに乗る気は起きない。

 そもそも学園側がその程度の不備を想定していないとは考え辛い。

 センサーによる監視だって対象が俺達だからだ。学園側は生徒が発現させたその異能を細やかに把握している。

 能力を用いて学園を脱出できるような生徒には、相応な環境を整えている。

 そんな学園相手に通じるような計画とは、とても思えない。

 学園側がもっと退きならないくらい手が回らないとかじゃない限り。


「その計画、問題はまだまだとあるだろ。どうにもなあ……」

「ボクもやっぱり反対かな」

「おいおい……。いいか? 試験の全貌ぜんぼうを明らかにするって言うのはだな、何も自分達の成績を上げるためだけじゃないんだぜ。俺達がその情報を持ち帰れば、どれだけ多くの生徒達が救われると思うよ?」


 羽佐間はテーブルに両手を付き、真剣そうな眼を順に俺と時野谷へと向ける。


「えっと、他の生徒達も救われるってどういう事?」

「こんな不意撃ちのような試験を学校側が実施すれば、準備の整っていない生徒達がどれだけ悲惨な目にうか判るだろ? 試験内容を把握し、公平で無駄にならないようなチーム編成を組ませてやる事が、何よりもこの試験で重要なんだ。そうすればクラス全員――いいや、学年全員が好成績を収め、泣きを見るやつなんて居なくなる。実際、これはみんなのためなんだぜ? どうだお前ら、みんなの為に俺達がえて泥を被ってみないか?」


 顔を高々と上げては拳を回し、熱い瞳で羽佐間はそう弁を燃やした。

 羽佐間の奴、なんだかヒロイックに陶酔とうすいしていやがる。

 なんて陳腐ちんぷな――と思っている俺の両脇が、同時にばっと身を乗り出す。


「羽佐間くん! すごいよ、ボク感動したよ! そうだよね、このままじゃみんな不幸になっちゃうよね。うん、やろうよボクたちで」

「えらい! はざーちゃん――えらいで! うちの話を聞いてそこまで考えが及ぶやなんて……。自分の成績の事しか頭になかったうちは恥ずかしい! こうなったら、うちも最大限に協力する!」

「お前らならそう言ってくれると信じてたぜ」


 単純というか純粋というかけがれを知らないというか、時野谷と水宮の二人はあっさりとその口車に乗っていた。

 二人ともまるでカモだな。


「なあ玄田、お前も力を貸してくれるよな?」

「あのさぁ……」

「いや、みなまで言うな。わかってる、お前ならきっと協力してくれるってな。 ――そうだろう玄田?」


「お前あれだろ、その情報、高値で売れるからだろ?」

「…………………」


 ぽつりを核心に触れた俺の呟きに、それまで暑苦しく迫っていた羽佐間が急に体ごと顔をらした。


「え……? なにそれ、どういう事やの?」

「羽佐間……くん?」


 ほうけたような顔になった二人に視線を当てられるも、羽佐間は顔を背けたままである。


「そりゃあ、さぞ高く売れるだろう。前期だけでなく後期のテストにも関わってくるし、誰だって成績は伸ばしたいよなあ」


 畳みかける俺の言葉にも、羽佐間は身動き一つしない。

 上半身をひねった奇妙な体勢でじっと黙している。


 俺は羽佐間の反応をただ待つ。


「…………っだよ……」

「何だ? 聞こえねえ」

「――ああ、そうだよ! とんでもなく高く売れるんだよ!」


 こちらに向き直って、本音をぶちける羽佐間。

 先ほどまでの嘘臭い熱血漢の顔は消え失せ、下衆ゲスな顔付きになってやがる。


「は、羽佐間くん?」

「最悪や」


「マジでシャレになんねーくらいのもうけが出るって先輩方が言ってたんだよ! いいじゃねーかよ、買うだけの価値がある情報なんだからさ! みんな成績が上がってこっちの懐も暖まって! みんなハッピーじゃねーか⁉」


「羽佐間くん……」

「最悪や……」


 顔を伏せて、はあっと大きく、俺は溜め息をらさざるを得なかった。

 そして再び対面の羽佐間に向き直る。


「儲けは勿論もちろん、折半なんだろうな」

「――亮一くん⁉」

「――この流れで話にのるん⁉」


 始め驚愕の目つきだった羽佐間だが、俺の顔をうかがい見た瞬間、合点が言ったという風にニヤリとする。


「へへっ……玄田――おめぇもやっぱり、同じ穴のむじなかよ」

「ぬかせ、小悪党」


 俺達は交差させるようにがっちりと片腕を組むのだった。


「亮一くん……」

「最悪やぁ……」



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