〈3〉


 昼休み、はなはだ不服ではあるが俺は職員室へと向かっていた。


 教室を出る時に同じく呼び出しを喰らっていた水宮もついてきて、今は横に連れ立っている。


 水宮は活発さが感じられる明るい色合いのショートヘアーがよく似合ってる。

 くりくりとした愛嬌のある大きな目と、そしてよく笑ってるせいか口元から終始のぞいている八重歯がチャームポイントだ。

 発育も良く、歳相応に肉感的というか――異性からすれば充分魅力的な容姿をしてるわけだが、どうもそういう匂いがないというか、異性として意識させない異性という風情ふぜいがある。

 ともかく底抜けに明るく楽しいやつという印象しかなかった。


「もお最悪やぁ。またどっさり課題出されるんかな」

「課題か、くそ面倒だな」

「りょーちんもそう思う? もう国やん真面目ってゆうかカタブツすぎるわ! ちょっとぐらいはユウヅウしてくれへんと!」

「りょーちん? ……え? もしかして、俺の事?」

「そやで。玄田亮一やから『りょーちん』な! 『くろちん』とどっちかで迷てんけどな。もしかして『くろちん』のが良かった?」

「いや、そうじゃなくて……」


 記憶にある限りでもそんなに深い交流をした覚えがないと思うのだが、随分とれ馴れしいわけで。

 まあ、水宮はこういうキャラだから仕方がない。――そういう天真爛漫らんまんっぷり、嫌いじゃないわよ。


「でも、りょーちんはええなぁ。入学した時からランクAやったんやろ? 前期の特別学科のテストもパスっていう話らしいし。うらやましいなぁもう」


 両腕を腰の後ろに組んで顔をかたむけ、水宮は横から覗き見るようにしている。

 そういった仕草一つ一つに何やら華があるというか、可愛らしさがある。

 狙ってやっているという意識が感じられないのでそれが素なのか。


「へえ、そうなのか」

「――って、自分それ知らんかったんかい!」


 おうす、スパーンと切れの良いツッコミが俺の肩に入った。

 これが本場仕込みってやつか。

 顔をくしゃくしゃにした目一杯の笑顔で、水宮ははしゃいでるように見える。

 時折こういうコミカルな役柄を演じてみせるものの、打算とかそういう類の言葉は始めから存在してないような――そんな性格をしていそうだ。


「むむ? りょーちんエエ身体してますのぉ」


 そして「ほほぉ」というどっかの鑑定人的ニュアンスで、了承も得ずに人様の肩やら腕やら胸やらを露骨にいじくりだしては得心したよう頷く。


「お前って、フリーダムだな」


 それ以外に掛ける言葉は思いつかなかった。



 学園の校舎は広く清潔感にあふれている。

 閉鎖空間という事を感じさせない努力が各所に見受けられた。


 ともかく敷地だけはあるらしく、使用目的のない余剰スペースの至る所に植物の緑が配置されており、休憩用のベンチなども多数見受けられる。

 豪奢ごうしゃな巨大スクリーンなんかも許す限りに設置されているらしく、民放からケーブルテレビ、ネット配信番組まで幅広く映している。

 また校舎全体の壁の内部に有線接続のケーブルがかれているので、そこらの壁に見受けられる端末からいつでも個人で自由にアクセスができる。

 随分と気前のよい環境だが、やっぱり個人IDを通さないと使用できない構造上、いわゆるお約束として情報の検閲けんえつや監視とかされてんだろうか。

 もしそうなら、ぶっちゃけもうエロサイトの履歴をどうこうするとかの問題じゃねえな。


 生徒達も一見すれば伸びやかな学園生活を満喫まんきつしている。

 まあ数メートル毎に設置されている監視カメラや、時折すれ違う物騒な風体の警備員さん達さえ目にしないようにすれば。



 そんな折、取り取りに好き勝手な映像を流していた校舎内のスクリーン達が途端に統一性に目覚めたかのごとく、呼吸を合わせて一つの画面へと切り替わる。

 館内のあらゆる端末のその画面に、緑地に白の文字で『長峰ヶ丘学園放送』というロゴが数瞬ほど映された。

 次に画面に現れたのは3Dアニメで描かれた丸っこいキャラクターだ。


『みんなー! 学園通信の時間だよ!』


「あ、モンモくんや」


 隣の水宮がその画面に釣られ、嬉しそうな声を上げた。

 今映っているのは長峰ヶ丘学園広報担当大臣こと、学園公認マスコットのモンモくんである。

 ニホンモモンガをモチーフとしていて、もっこりもっさりとしたその造形がまあ愛らしい事。


『五月ももうすぐ終わって、六月に入れば梅雨つゆの時期だけれど、みんなは元気に学園生活を送れてるかな? ボクは雨の日は産毛が水を吸って、とっても重くなるからちょっと嫌いな季節なんだ』


 鼻に掛かるようなその声でモンモくんは取り止めもない世間話から入った。

 彼は大抵、学園側からの連絡事項の際にこうして起用される。

 今もそうやってキャラクターを維持する為の身の上話(?)で間尺ましゃくを合わせがら、学園からの連絡や注意喚起かんきを内実として話している。


『そうそう、この長峰ヶ丘では、雨の日に地面がやわらかくなって危なくなる場所がいくつもあるんだ。新入生の皆はまだ良くは知らないと思うから、学園の敷地内であっても、IDタブレットの被災マップで警告される地域へは入りこんじゃダメだよ。事前によく確認しておいてね』


 有名な声優さんの声をサンプリングしてそれを合成編集しているらしいが、機械音声とはまるで思えないその完璧な肉声感である。

 その都度つどに吹き替えを頼んでなどいられないだろが、この技術の方がよっぽど金掛かってそうだ。


『あと最近、そのIDタブレットの機能を阻害するような悪質なプログラムが出回ってるんだって! みんな、よく分からないものをダウンロードしたりするのはやめようね。安全で快適な学園生活を送る為に、IDタブレットは必要不可欠だよ。もし壊れちゃったりしたら大変だ!』


 管理者様直々の、いかにもらしいおたっしだ。


 IDタブレット――俺達の身分を証明するそれ。

 支給されたこの高機能なスマホは無論、GPSによって学園の全生徒の位置を常に監視している。

 そして例外なく所持させる為にか、学園内のあらゆる施設の使用にはこれによる個人認証が必要であった。

 授業にのぞむ際にだって自分達の机に空けられた読取りリーダー部分に差し込まねばならないし、寮にいてもそれで入館と退館のチェックをつけられるという徹底ぶり。

 そんな端末に不具合でも起こされたらたまったものではなないのだろう。


『悩み事や相談はいつでも最寄のカウンセリングルームで受け付けてるからね。ボクも居るから、みんな気軽に会いに来て!』 


 皮膜ひまくの張られたその体を広げて、学園上層部の意思伝達媒体こと――長峰ヶ丘のご当地ゆるキャラ『モンモくん』は、画面の外の俺達に向かってバイバイをして消えた。

 そうして館内の画面はまた各々がそれまで映していたものに戻った。


「はぁー、今日のモンモくんもモッフモフやったなぁ」


 学園側の思惑はともかくとして、割りと生徒達には人気のモンモくん。

 く言う俺も、その大きな尻尾やつぶらな黒目の瞳、もふもふとしたお口など、まるで嫌いではない。

 だが何より俺の心を打ったのは、彼のそのファッション――裸ネクタイという超絶紳士スタイルだ。

 クールだぜモンモくん。



 ひたすらに広い学園の敷地を練り歩き、何度か建物をまたいでようやく職員室や防災及び警備の中央管理室コントロールセンターなどが割拠かっきょしているエントランスホールまで来た。


「――ぬはっ! もしやあれは⁉」


 と、二階にある職員室を目指して階段を昇ろうとした時だった。

 何やらボディブローでももらったかのようなくぐもった声を出す水宮。


「猫さんがおるぅー!」


 その次にはまさに猫なで声といった風なそんな甘い声を出し、目をキラキラと輝かせた。

 彼女の視線の先を見遣れば、昇降口から突き出た広い庭の一画で日向ぼっこでもしてるのであろう茶色の毛並みの猫が丸くなっている。

 飛びつくように、水宮は何の迷いもなく上履きのままその猫の元へと駆け寄る。


 突発すぎるその行動に面を喰らったが、仕方なく俺もあとに続いた。

 山の最中にあるここでは、時折、無頼ぶらいの野生動物が姿を見せたりするが、猫というのは珍しかった。

 おそらく飼い猫だろう。

 事実、無遠慮にで回そうとする水宮の手つきに特に抵抗もしない。

 首輪などは見て取れないが人に馴れているらしい。


「猫さんどっから来たん? 下の町からここまで登ってきたんかー?」


 撫でられている猫の方はどうでも良さそうに大人しく丸くなっているというに、何故か水宮の方が「にゃーにゃー」と声を上げてテンションMAXだ。


「あざといな」

「――ちょっ、そらないでりょーちん⁉ 猫さんの愛くるしさには何人なんぴともあらがえず、人間はみんなドレイとなり下がってしまうんやで⁉ セツリなんやで‼」

「俺、犬派だし」

「……せ、せ、戦争や! それ言い出したらもう戦争や――ジブン‼」

「まあ、ほんとは犬猫限らず動物は割となんでも好き」

「なんや、びっくりしたぁ。りょーちんとはわかり合えんのかおもた」

「にしてもそいつ大人しいな」


 さっきから水宮にいいように撫で回されているが、猫の方は随分ずいぶんと無防備かつ無頓着むとんちゃくだ。


「やっぱ下からここまで登ってきてもうたんやろか。寮内はペット禁止やし、もしかしたら学校で誰かがこっそりうてるとかかなぁ」


 しかしそんな疑問を並べ立てていた水宮の手の内で、猫は2度ほど大きく背を伸ばし曲げして体を震わすと、とんっという軽い足取りで中庭の方へと駆けていく。


「あぁー、猫さん行ってもうた」


 随分ずいぶん名残なごりおしそうにその背中を見送っている水宮。


「まあ、もし誰かが学校で飼ってるならまた会えるだろ」

「そやろか……。――ああもう! うちの能力が猫さんを自由に呼びよせるヤツやったら良かったんに!」

「どゆ意味?」

「うちの能力、知っとる?」

「いいや」


 クラス全員の能力を把握してる生徒などいない、俺は素直に否定した。


「りょーちんには特別に見せたげる。あ、でも、ここら辺におるかなぁ……?」


 思案気な顔つきになった水宮が、ぴんと一差し指を立てて腕を突き出す。

 疑問を隠し切れずにその指先を怪訝けげんながめていた俺だったが、次の瞬間、ぶぅぅんという既知感のある独特な羽音に反射的に上体が固まった。

 見れば、水宮のその一差し指に小さな黄色いのが止まっている。


「これが、うちの能力」

「……はちだな」

「そやー。ミツバチさん」


 わざわざ俺の目の前に蜂の止まったその指先を近づけてくる。

 さすがにちょっと冷や汗ものながら――しかし、その止まった蜜蜂はやたらと大人しい。

 ちこちこと触覚を動かしながら、水宮の指を渡ったり戻ったりしている。


「昆虫を呼び寄せる能力か。そういや聞いた事あるかも」


 昆虫の中には意思疎通の手段として特殊な匂いフェロモン分泌ぶんぴつし、それをもって端的なコミュニケーションを図る種がいる。

 その特殊な分泌物を作り出すというのが、水宮の特殊能力であるらしい。


「うーん、昆虫っておっきく区切るのもあれやねん。やってうち、ミツバチさんしか操れへんもん」

「そういう制限があんのか」

「それに操る言うたかて、そんな便利に動かしたりもできひんのやで? 今もこうやって、うちの事をお花かなんかとカン違いさせて呼びよせとるだけやし」


 なるほどな。さっきからせわしなく動いているのはそのせいか。

 花だと思い込んでるその蜜蜂は、今必死に蜜を探してるってわけだ。


 その蜜蜂のせっせとした動きを眺めていた俺を、水宮は何やらふくみありそうな顔でっと見てくる。


「これ、ショボイとかおもう?」

「いや、そうでもないだろ。あれだ、威圧効果は高いと思うぞ。あとはほらアナフィラキシーショックとかもあるしな」

「化け物相手にそんなん通じるかーって話やわ! もー、こんな能力ぜんぜん嬉しないし! せめて、オオスズメバチとかやったら……あ、あかん――あいつら顔めっちゃ怖いねん! うち、あんなんと仲良くやってけへん!」


 早口で自身の能力の不平をまくし立てる水宮。

 それを言うなら俺だって、土塊つちくれじゃなく金塊きんかいとか石油を出せる能力が良かった。そしたらウッハウッハだもんな。


「ま、異能の力ってもピンキリだよな」

「ほんまやわ、こんな力で何せえ言うんよ」

「そうネガティブになる事もないって。あれだ、ハチミツ食べ放題じゃねえか」

「それは……有りやな!」

「有りなのか」

「よし、うち養蜂園を開く事にします」

「がんばれ」


 水宮は何やら吹っ切れたような顔して、ひゅっと指を動かした。

 するとそこに止まっていた蜜蜂は羽を広げて空へと飛び立つ。そのままどこかへと飛び去り、戻ってくる事はなかった。


「あかんあかん、また道草してもうた。国やん怒っとるわー」


 遅刻癖はこれが原因? ――と、そんな真相を匂わせる水宮の発言だ。


 上履きの泥を落として、俺達はやっとの事で職員室へ着いた。昼休みはそろそろ終わりそうな気配である。

 まあ、俺のせいじゃないよな。


「失礼しゃーす」


 だるさ満開で俺は職員室のドアを開けた。


 初等部、中等部、高等部と校舎が分かれているこの学園ではあるが、職員室はそれに応じて分かれているわけではない。

 全教職員が詰め込まれているため、この職員室はとんでもなく広い。

 そこから高等部担当の区画を探し出して、さらにそこから目当ての国村先生を見つけなければならない。

 厄介すぎるこの構造だが、それはセキュリティ上の仕組みだ。

 つまり中央警備室と同じ建物内に一般人である教師達を集めておかなければならなかったという理由。

 何とも当てつけがましい。


 しばらく彷徨さまよった挙句、ようやくと目的を達成する俺達。

 ただしそこには先客の姿があった。


「霧島、お前が優秀なのは知ってるが、入学から今日までに至って一体どれだけの問題行動を起こしてきていると思ってるんだ。特別学科の成績だけで帳消しにできるわけじゃないんだぞ」


 そのなまめかしい姿態したいを半身に構えて、我が三千世界の怨敵――霧島凛が国村先生のお説教を受けてる。

 ていうかそれ説教を受ける態度じゃないから。


「ん? ――玄田に水宮! 遅いじゃないか! 何してたんだ」


 俺達に気づいた先生のその怒りの矛先が向きを変えた。


「ちゃうねん国やん! ここに来るまでに、めっちゃ障害があってん!」


 猫という名のな。


「水宮、またそんな見えいた事を言って。どうせくだらない道草をしてたんだろう。猫でも居たのか――ええ?」

「な……なんで知ってんの?」

「やっぱりか」


 白状しちゃったよ。

 薄々感じてたけど、この子あれだ――アホの子だ。


 大きな溜め息を一ついたお疲れのご様子の国村先生は、眼鏡を外して眉間をつまむようほぐした後、気持ちを切り替えるようにまた掛け直した。


「ともかく水宮、お前にはこれだ」


 机の引き出しから束になっている用紙を取り出し、水宮に無理矢理それを押し付ける。


「何やのこれ?」

「反省文!」

「うえぇー⁉」

「俺はずっと前から、お前のその遅刻癖があまりにも改善されない様ならこれを書かせるって言ってたよな」

「びえーっ‼」

「いいか、最低でも20枚だ。それ以下のは受け付けないぞ」

「え……? にじゅう……まい……?」


 先生の言葉に水宮は魂の抜け落ちた真っ白な抜けがらとなる。

 とんだ鬼畜眼鏡っぷりだぜ、国村ティーチャー。


「来週までに書いてくるように。さあ、もう行っていいぞ」

「……にじゅ……じゅ……にじゅ……まい……?」


 つっけどんにうながされるも水宮は言い渡された課題内容のショックが大きいらしく、ただ色を無くした状態のまま覚束おぼつか無い足取りで去っていった。


「先生、俺はいいんで?」

「玄田と霧島、お前らには込み入った話をしなきゃならん。ちょっと場所を変えよう」

「はあ……」


 なんだかより疲れた顔になってる担任に続いて、残っていた俺と霧島も無駄に広い職員室を後にする。

 その際、ガンを飛ばしてくる霧島を牽制けんせいするため目線が外せなかったのが厄介だった。

 油断すればタマを取りにくる。――そういうヤツだ。


 職員室の向かい側、小休止用のベンチやテーブルが並んだ一画で自販機から缶コーヒーを購入していた国村先生。

 それを開けながらこちらに向き直る。


「お前らも何か飲むか?」

「や、いいっす」

「……………」


 霧島は不貞腐ふてくされた子供のようにだんまりを決め込んでいる。

 特にそれを気にも留めない先生は「そうか」と漏らし、一口喉に通してからおもむろに話を再開した。


「単刀直入に言うがな、お前達はいくらなんでも問題を起こし過ぎだ」


 その「達」という部分を取り沙汰ざたして思い切り反論をなげうちたかったが、まあここはぐっとこらえておく。


「今期が始まってから二ヶ月も経たず、合計で34回の無断能力使用による騒乱。これは前代未聞だぞ?」

「記録をえたわけすか。誇らしい限りで」

「こら、真面目に聞け」


 合いの手を入れたつもりが怒られてしまった。――てへへ。


「いいか、このままだとな……いずれは『監査室』が動く事になる。いや、もしかしたらもう動いてるかもしれない」


 その「監査室」と言い放った時、デフォルトでどこかとぼけてるような国村先生のそのご尊顔がえらく険しいものに見えた。


「……執行機関と名高い『監査室』ですか」

「詳しく知ってるのか? 玄田」

「まあうわさとかで、それくらいの予備知識はありますよ」


 俺達みたいな異能者をこの学園にき集めた一番の理由、それは査定をするためと言っても過言ではない。

 俺達の能力がどれほどのものか、その力で人類にどれだけの貢献ができるか――いいや、あるいはどれだけの〝害〟になるかを調べるためここに集められたわけだ。


 監査室とはその最終査定を担い、そして、ある一つの「処置」を施す事を権限として許されてるという。

 学園そのもの中に組み込まれているのでなく、学園側からの要請に応じて動く独立した部署があるという話。

 つまりは外部機関というヤツらしい。

 わざわざにそうめい打つのは、あくまで第三者的立場から公平に判断を行うというそういう類の建前だろうと思える。

 学園と生徒の関係、そこにシステム的なワンクッションを置く事で公平感を出している。――あくまで公平〝感〟だ。

 実際には権力は学園上層部に集中しているので、そこに意味などはない。


 またその実体は掴めずとも、かなりきな臭い連中であると。


 先に述べたその「処置」とは、即ち学園からの排除。

 同時に学園の庇護――認可と言い改めるべきか――を受けられない特異体の居場所は、今の所公式には存在しない。

 つまりは……と、いう具合なのである。


 昔は問答無用でしょっかれる生徒がいたとか、そして連れて行かれた生徒は二度と学園に戻る事はなかったとか。

 「監査」というより、まさに「執行」という意味合いのが強い訳だ。


 ただまあ、あくまでもそういう噂である。


「でも先生、そのいわくつきの監査室って、結局は生徒をおどす為のでっち上げって話っすよ? 少なくとも、もう十年――いや二十年近くはそこに連れてかれた生徒なんかいないって」

「そう言われてるらしいな。けど実際に俺達教務課の人間は、監査室なる存在が権限を実行した際の諸々もろもろの処理を記したガイドラインを与えられているんだぞ。確かに、俺だって監査室それ自体を眼にした事はないが……」

「それ、更新されてないだけで実はもう機能してないんじゃないすかねえ」

「だとしてもだ。いいか玄田、この学園じゃ俺達教務課の人間には権限なんて有って無いごとくなんだ」


 この学園の教師はあくまで雇われの地方公務員である。

 ある程度の機密は知らされるものの、根本的には彼らは一般市民。


「もしこの先、本当に監査室が動いてお前達が連れて行かれたら、俺はもうお前ら二人に何もしてやれない事になる」


 国村先生はそう言ってに苦そうに顔をゆがめた。

 それはどうもコーヒーがという話ではないらしい。


「だから、頼むから、もうこれ以上の問題になるような……そんなバカな真似はしてくれるなよ」


 地味でぱっとしないその顔に真摯しんしさを乗せて、国村先生はそうつぶやいた。

 ほんと、変テコ極まりない人だ。――心の底からそう思う。


「わかってくれるか、玄田」

おっしゃりたい事は……」


 いくらひねくれ者の俺でも、先生のその心遣いは素直に聞き入れる。――てか、俺の方は問題起こす気なんてさらさら無いんですがね!


「霧島、お前も」

「話はそれだけですか?」


 ようやく口を開いた霧島が、そう興味無さげに吐き捨てた。


「それだけって……お――おい、霧島!」


 長い髪をひるがえしてきびすを返したのは、馬鹿女だ。

 こいつには人からの心遣いを受け取れるだけのまともな感性はないのか。


「霧島のやつ、一体どういうつもりなんだ……」


 なげくようにその後ろ姿を見やってから、国村先生は誰ともなく漏らした。

 どうも根深いようで、あのトンチキな性格は。


「玄田、すまんがこれからもあいつの事を頼むぞ」

「……はい?」

「お前だって、自分の彼女の身が心配だろ」

「彼女?」


 このボンクラ眼鏡はいきなり何を言い出したんだろうか。

 ちょっと本気で戸惑ってる。


「お前ら二人、付き合ってるんだろう?」

「……え?」

「違うのか? お前ら二人、そういう関係なんじゃ」

「ちょっと存じ上げない事実です」

「なんだ違ったのか。お前らいつも、あんなに仲良さそうなのになあ」

「……え?」

「いやだから、いつもお前らがあんな親しげだからな。そうなのかと思って」

「……先生、もしやその眼鏡、度が合ってないのでは?」

「何言ってる。この前新調したばかりだぞ」

「あ、はい」


 質朴しつぼくというよりは朴念仁ぼくねんじんというか、素でこういう風なんだよなあ……この人。


 まあ、霧島が日々俺に向けて「熱を振り撒いている」のだけは紛れもない事実なんだが。

 ――もちろん物理現象的な意味で。



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