〈2〉



 授業開始の30分前。

 無駄にでかい校門を越えて学園の敷地しきち内に足を踏み入れた途端、紅蓮ぐれんの光が前方から押し寄せた。


 俺は瞬時の反応を見せて能力を発動させる。

 完全に防いだつもりでも、体感はきっちり熱さをうったえてくるもんだ。

 身体をおおった特製の耐熱泥パックは、役目を果たすと瞬時に乾燥し、ぼろぼろと崩れ落ちていく。

 それらを無造作に引きがして、俺は正面をにらみつけた。


「つい昨日あんだけヤリあったってのに登校早々これかよっ! 昨晩もまた、俺が恋しすぎて寝むれなかったのかあ?! ――霧島てめこら!!」

「その下品な口が皮膚ひふごと焼け落ちるさまを想像したら、確かに胸の高鳴りが抑えられないわ」


 てのひらをこちらに向けて立ちはだかるは言うまでもなく霧島凛。

 愛が重いぜ、まったく。


「またやってんのか、霧島と玄田の二人。つか、これで何回目よ」

「さあな、けど30回は軽く越えてんだろ」


 校舎の正面玄関へと続く正門坂で、対峙たいじした俺達二人を登校途中だった周りの生徒たちがやいのやいのと群れを成して取り囲んでを作る。

 タブレットで撮影してアプリで実況し出す連中も。

 ほんと、外野にとっちゃ娯楽の一部か。


「朝から霧島さんの勇姿が見られるなんて最高!」

「霧島さーん! カッコイイー‼」


 校内でいつの間にか出来上がっている霧島凛後援会ファンクラブのメンバーである女子徒達が無意味にワーキャーと黄色い声を発している。

 美人ってそれだけで得だよなくそ。

 この見てくれが一級品なだけの狂犬のどこが良いんだか理解に苦しむ。


 もっとも、本人はそんな彼女等をうとましく感じているらしく、甲高い声を上げる少女たちを苛立いらだたしげにキッとめつける。

 それでもその殺気十分な視線を受けて、黄色い声援は加速するが。


「霧島さーん! その寸詰すんづまりのだっさいドワーフ、今日こそやっつけちゃってぇ!」

「――誰がドワーフじゃい⁉」


 野次馬から飛ばされた失礼極まりない言葉に思わず怒鳴り返してしまった。

 西ヨーロッパの伝承に出てくる鍛冶かじが得意な小人にたとえられて、さすがの俺もご立腹である。

 背が低い割には幅があるのは認めるが、あそこまで寸胴ずんどうでも小さくもねえよ。


「うわっ! キモイ! ドワーフがこっち突っ掛かってきた!」

「サイアク!」

「だから誰がドワーフじゃあ⁉」

「どう見たってあんたドワーフよ! 足短いし! ずんぐりむっくりだし!」

「し、身長の事はともかくなあ、ずんぐりむっくりとは何だ! これは日々のたゆまぬ鍛錬の賜物たまものであって、むしろれするような肉体美だろうが!」


 俺は日々の成果をまざまざと見せつけるべく、ブレザーの上着とシャツを脱ぎ捨てて、鍛えに鍛え抜いた見事な上半身を陽光の下にさらした。

 結構すぐ脱げちゃうんだね、仕方ないね。


「ぎゃーっ‼ 脱いだ⁉ ――変態じゃんこいつ‼」

「――キモ! ――キモすぎてヤバイ‼」

「てゆーかむしろ、筋肉ムキムキなのがカッコイイとか思ってるその感性が壊滅的にキモイ‼」

「キモイから早く死んで⁉」

「…………っるせえええええぇ‼」


 ぶっちゃけ彼女達の俺を見る目は汚物を見るときのそれであった。

 少なくないショックを強引になかった事にするかのように、俺はえ立てた。


 なんだよ、ちくしょう……!

 そんなにお前らナヨナヨしたカマっぽいのが活躍するのが好きかよ……!

 ふざけんなよ、男は黙って筋肉だろうが……!


 そんな俺の横合いから、灼熱しゃくねつの風が叩きつけられる。

 服を脱いでいた事で皮膚感覚がさらに鋭敏えいびんになっており、俺はさっきよりも余裕をもってそれに対処できた。

 ほらね? 別に脱ぎたかったとかじゃなくて、ちゃんと意味があったんだよ? ――うんあの、筋肉を鍛えても炎は防げないの知ってる。


 分厚い土の層が瞬時に俺の外郭がいかくに出来上がっている。

 別にこの能力は俺の身体の外観に沿わなければ発動しないわけじゃない。しかし反射的な発動となると、どうもこの埴輪はにわのような形に落ち着いてしまう。

 クセみたいなもんか。


 炎が過ぎ去った頃合いを計り、全身を可動させまとった土塊つちくれを剥がす。

 泥のからを破るよう肉体を外気にさらし、俺は再び霧島と対面する。


「他の女生徒とくっちゃべってないでもっと私を見てってか? どんだけ俺にゾッコンLOVEなんだお前は!」

「ごめんなさい、反吐へどが出るほど嫌い。でも安心して、消しずみになったあなたならもっと好きになってあげられるから」


 そう言って霧島は微笑む。

 毎度見てきた――背筋をそそけ立たせる程に迫力があって――そして同時に、男なら誰だって無意識に肉体の一部もそそけ立たせてしまうくらいになまめかしいそれだ。


 両の手には鉄をも溶かす炎熱を宿らせながら、いつだってこの女はこういう蟲惑こわく的な氷の微笑をたたえている。

 まあ、認めるよ。

 そんな様は言葉では表し切れない程に美しい。

 多くの人間をとりこにしちまうだけはあるって事。


 さて、この美貌びぼう精神病質者サイコパスをどうしたもんか。またマジメな警備員さんの到着を待つべきか。

 いや、それよりは――


 実は彼女が学園の敷地内に足を踏み入れたのと同時に襲ってきたのには、ちゃんとした理由がある。

 こんな人里離れた場所であっても、俺達がその特殊な能力を使用できるのはこの学園の敷地内のみである。

 もっと厳密げんみつに言うと、特定の授業の間だけ教師や監督官の目の届く範囲での使用が一般的に許可されているという区分。

 建前上は、そうなってる訳だ。


 そして学園外、下の歓楽街や寮内での能力の意図した使用は厳禁である。

 いいや、厳禁どころかご法度はっと

 校内以外でおおやけに能力を使用しようものなら、下手すりゃ危険因子いんしと見されて常駐している警備隊にその場で連行されたっておかしくはない。


 それがこの場所での最低限の規則――即ち、俺ら異能者と普通の人間とが共存していく上での一番の取り決め事だ。

 だから霧島は、校内に俺がきっちり入ったのを見て仕掛けてきた。

 学園内ので能力の使用であれば、たとえ許可が降りてなくても昨日のように若干のペナルティが課せられる程度。

 あるいは見つかった相手にもよるが、運がよけりゃ口頭注意だけで済むなんて事さえある。


 という事なので、このまま回れ右をして校門から外へと抜け出れば、少なくとも霧島に襲われる事はもうない。

 さすがの彼女もそこまでクレイジーじゃあない。

 霧島の斬りつけてくるような視線と相対しながら、俺はその策を実行すべきか悩んだ。


 悩んでいるポイントというのは、まさに彼女の目的がそこにあるからだ。

 もう直ぐ始業のチャイムが鳴る頃だろう。

 この地で、生徒をしっかりと管理する事を至上の理念としている学園側は、そんな俺達の規律にそぐわぬ勝手な行動をこそ嫌う傾向にある。

 真面目に毎日きっちり学園に向かい、そこで生活を送る事を最も重要視している。

 つまりサボリはかなり重い厳罰にしょされる訳だ。

 理由なき反抗をつねとする思春期の我らにとっちゃ、痛手な事この上ない。

 たまには破壊工作サボタージュだってしたくなるさ、こちとら10代の若者だぜ?


 というような訳で、一度学園に足を踏み入れたら最後、余程の急病でもなければ授業が終わるまで帰宅は許されない。

 その鉄のおきてを破ると、とんでもない量の補習やら課題やらの嵐で面倒臭くて憤死ふんしする事態におちいる。


 そう、彼奴きゃつの狙いはそこだ。

 つまりは悪質なイヤガラセなのだ。――ファッキューキリシマ。


 奴の狙いに甘んじれば少なくともこれ以上命を狙われる事はない。

 しかしその場合、厳罰に処されるのは俺だけとなる。

 ここで学園側が動くまで膠着こうちゃく状態をかせれば、昨日のように痛み分けには持っていける。

 無論、それまで俺が生きていたらな。

 まあ易々やすやすとくたばる気はないし、わたり合えるだけの自信はある。

 ただ、それだって確実じゃない。

 俺の反応が一瞬でも遅れればこの身は火だるま。

 運が良くても全身火傷は必至。下手打ちゃ焼死。――こなくそが。


 遠巻きな観衆と成り下がっている他生徒が面白がってはやし立てる中、俺と霧島のにらみ合いは続いていた。


 と、そんな俺達の間に割り込む人影があった。


「き、霧島さん!」


 華奢きゃしゃで小柄な身とくせの多い長めの髪がチャームポイントで、そこらの女の子よりも女の子している男子生徒――時野谷。


「霧島さん――こんな事もうやめにしてよ! もうこれ以上、亮一くんにひどい事しないで!」


 彼はふるえる声と体とで、しかし果敢かかんにもあの霧島凛の目の前に立ちはだかった。


「……能力の発動さえもままならない出来損ないは黙ってなさい」


 険のある声音で目の前の小さな少年を見下ろしている霧島。

 その片手にぼうっとほむらともった。

 そしてあろう事か、彼女はそのてのひらを俺ではなく時野谷の顔面へと向けた。


「おい、霧島!」


 無意識に上擦うわずったがなり声が出る。


 地味と思われがちながら、それでもこの土塊つちくれの能力を最大限に駆使して防御できる俺と違い、霧島のその極炎ごくえん奔流ほんりゅうを防ぎ切る術を持つ生徒は数える程もいない。


 これまでと比べ物にならない緊張感がその場に走っていた。


 はしゃいでいた他生徒達も一瞬にして声をひそめる。

 何だかんだと、霧島の炎を受け切れるだけの力を俺が持っているからこそのバカ騒ぎだ。

 いくらなんでも本当に目の前で人死にが起こるのを望んではいまい。


 時野谷は動かない。

 恐怖で動けないでいるのか、今の俺からの位置ではその表情をうかがうことが出来なかった。


 意を決して、俺は足を踏み出した。


「ちょっ……どうなるのこれ?」

「し、知らねぇよ」

「ねえ、さすがにマズイんじゃない」


 ひそひそとささやくような声が周りから聞こえだした中、俺は足取りを確かに、時野谷の背中を通り越して二人の間に身を押し込ませる。


 そして、炎をまとったまま時野谷に向けられている霧島の腕を掴んで引き寄せた。

 放射状に拡がる熱波は、その部分を直接は掴んでいないというのに身がげるほど熱く感じられる。

 だがひるんではいられなかった。


「止せよ、やり過ぎだ」


 つとめて冷静に、俺は低い声をしぼり出す。

 彼女はその張り詰めたような視線を時野谷から間近な俺へと移させる。

 その事で時野谷は、まるで突っかえが取れたかのようにストンとその場に腰を落としていた。


「どうして? 一般人の殺害は危険因子と見做されて即刻排除、けれど相手が異能者であるなら不幸な事故としてだけ扱われる。……ここはそういう場所でしょう」  

「馬鹿、冗談キツイぞ」

「冗談?」


 俺の言葉に霧島がここに来てそのほおを凄絶に歪めた。

 同時に、彼女が作り上げていたその炎熱のうずが薄らいでいく。

 

「可哀想に、まだ自分が向こう側にいるつもりなのね。自分の事をまだ『人間』だと思ってる」


 霧島の手からほむらは消えたというのに、その瞳は熱が宿り移ったかのような輝きを帯びていた。


「私達はね、兵器――もう道具なの。能力を存分に振るう事ができるようになる為だけに育てられ、人間達の尖兵として化け物達と戦わせられる――そういう存在よ。未だにの出来損ないのこまを一つ壊したからって、私が処分されるいわれはないわ。だって、私の方がはるかに優秀な駒だから」

「お前……」


 彼女の長台詞を聴いて、俺はそれ以上言葉をつむげなかった。

 それは何も霧島だけが思っている事柄なんかじゃない。

 この学園に通う生徒全員が言葉にしないだけで本当はみんなそう感じている事だ。

 俺達が〝異能者〟――いいや、世界から見放された〝異端者〟であると。


 ぐっと奥歯をんでしまった。

 わずかとはいえ、たかぶった感情を誤魔化すよう全身に力が入った。


「あなたならその程度のことわきまえているとかと――でも、思い違いだったみたい。腕を放して、痛い」


 無意識に込めていた握力をゆるめる。

 彼女のその手首に、くっきりとあとが残ってしまっていた。


 けれど声を掛けるいとまも見せず、「興ががれた」と素っ気なく言い残し、霧島はその長い後ろ髪をひらめかせて校舎の方へと歩き去ってしまう。

 周りを取り囲んでいた他生徒の集団も、次第、何やらバツが悪そうに散り散りとなって抜けていく。


 俺はなにやらり切れずに嘆息たんそくした。


 気持ちを切り替え、まだ青い顔で尻餅しりもちをついたままの時野谷を振り返って手を差し伸べた。


「時野谷、大丈夫か?」

「亮一くん……」

「無茶な事しやがって」

「ごめん……」

「いいさ――ほら、立てるか?」


 涙目状態でしどろもどろな感じの時野谷を引っ張り上げるように立たせた。


「本当にごめん」

「そんなに謝るなよ、あれだろ、俺の事を助けようとしてくれたんだろ」

「その、えっと……」

「一応、礼は言わなきゃな。ありがとよ――時野谷」


 俺が霧島に付け狙われてるのを全部自分の所為せいだと思っている時野谷は、なんとか彼女を説得してみるつもりだったんだろう。

 話の通じる相手でないのを良く知っている俺からすれば、無謀むぼう以外の何物でもないと断言できるが。


「あぅ……なんだか情けないよ、ボク」


 しゅんとした困り顔の時野谷を見て思わず口元が緩んだ。

 まあ、立つがないというか――そういう心境なのは容易にみ取れる。

 それでも、その心意気は嬉しく思うわけだ。


「でも、やっぱり亮一くんはすごいね……」

「すごい?」

「だって毎日あの霧島さんと真っ向から顔を合わせてるんだもん。ボクなんか、霧島さんのあの迫力に負けて、動く事もできなかった」

「ああ……ま、そうだな、なんか眼が怖いんだよなあ、アイツ――臓腑ぞうふがうすら冷えるって言うのか」

「う、うん……言いたい事わかるよ」


 絶世の美人であるのは認めるが、危ういオーラが半端ない。

 狂犬霧島女史の異名はくつがえしようがないのである。


「亮一くんはどうして平気でいられるの?」

「うーん、たぶん慣れだろ。あとは何だ、人間色々あるよなって話だ」

「――え?」

「いや、人それぞれ何がしかあんだろ? アイツがああなのも、事情があるんじゃないかって気がしてさ」


 少なくとも今日はその何がしかが垣間かいま見えた気がした。

 俺の思い過ごしてあるかもしれないが、けれどもそう感じた。


「そっか……うん、そうだね」

「まあ、アイツの事はもういいだろ。それよりさっさと教室行こうぜ、なんか肌寒くなってきたしさ」

「えっと、たぶんそれは亮一くんが上に何も着てないからだと思う」

「……おお、なるほど」

 

 どうりでさっきから通学途中のやからが俺のこの見事な肉体をじろじろとイヤラしい目でながめてくるのだった。

 エッチめ!























「おーい、玄田」


 教室に入るなり、そう気安く声を掛ける男子生徒がいた。

 丸刈りの頭部、浅黒い肌や引きまった身体などはいかにもスポーツマンという印象。

 まあ無論、惚れ惚れするような肉体をほこる俺から言わせれば全体的にバルクがまだまだな貧弱ひんじゃく加減ではある。


「まだまだよのう小僧」


 腕を組んで大仰おおぎょうに構えて応対する。


「誰の真似だそれ? いやそれより、さっき窓から見てたけど、今日はなんかお前ら様子が違ってなかったか?」


 この野球一筋の健康球児みたいなのは羽佐間はざま奨真しょうまという。

 俺と同じような時期に能力を発症させ、今期ここに入学したばかりの同輩どうはいである。それ故か、やたらと親しげにしてくる。


 俺としてもこういう手合いは気楽で良い。


 人柄の方もやたらと気安く陽気で自信家で時折かなりウザイが、まあ、おもしろい奴だ。

 癖なのか、時折片目――左目だけをいわくげに閉じさせて、そこにしたり顔であったりドヤ顔をっ付けてたりする。


 「今日はなんかお前ら」というくだりは多分俺と霧島の事だ。

 毎度毎度あんな激しい肉体言語コミュニケーションを繰り広げていりゃ、話題にのぼらない方がおかしい。


「あれだ、マンネリ解消法ってやつ」

「は? なんだそれ」

「夫婦長続きの秘訣ひけつ

「真面目に話ふってんだが」

「離婚調停ちょうていは泥沼ぞ?」

「意味わかんね」


 今朝の件をなんと説明すればやら。

 かなり面倒臭かったので、テキトーにはぐらかして俺は席へと。そんな俺にしつこく食い下がるよう、羽佐間が俺の机の端に腰を落ち着けやがる。


「まあ何でもいいけどよー、しっかりお前が霧島の手綱たづなにぎっといてくんねーとこっちに飛び火して迷惑がかかるワケ。そこんとこ頼むわホント」


 まさに他人事ひとごとと言ったていで、羽佐間はひらひらと手をかざす。

 そりゃまあ、攻撃性にんでいて殺人的威力なあの能力に対抗できるのはこのクラスじゃ俺だけだろう。

 けど、だからって俺が負わなきゃならない責任ってわけじゃない。――そもそもあの切れたナイフみたいな性格をどうにかすべき。


「そりゃお前みたく、ただ遠くが見えるってだけの能力じゃ荷が重いわな」

「あ? 視力が上がる程度の能力で悪いかよ」


 当てつけとして、俺は羽佐間のその役に立つようで立たないようで案外使い身は豊富かもしんないがやはりぱっとしない――そんな彼の能力を冷やかす事にした。


「え? え? あれ? もしかしてあなた、アフリカのマサイ族の方ですか?」

「んだよてめ? 喧嘩売ってんのか?」

「ちょ、止めてくださいよお、そんな超人的に視力が良いはざーさんに喧嘩売るわけないじゃないですかあ、やだもお」

「てめーだってハニワになる程度の能力だろーが!」

「ハニワめんなやコラ!」

「――あァ⁉ オレのこの〈回帰せし原初の眼力アイズ・オブ・ネイティブアフリカン〉を先にディスったのはてめーだろーがよォ‼」

「上等じゃワレェ! したら俺のこの〈掩蔽された土塊の支配者ドレスアップ・クレイゴーレム〉とどっちが上か白黒つける言うんか⁉」

「やったろーじゃねーか! おおン⁉」

「何こらタコこらあ!」


 俺たちは既に臨戦態勢りんせんたいせいで立ち上がっていた。


「オレなんかチョー遠くまで見えるもんね! マジ! すんげー遠くまで見渡せるんですけど⁉」

「俺なんか全身おおわれたら息すらできないんですけど⁉ 割と毎回、命がけでこの能力使ってんですけどお⁉」

「おら見ろ! 今あの遠くの山に野生のきつねの姿を見つけたからな! やっべー! マジかわいい! 狐マジかわいい‼」

「俺だってこうやって――もがもがもがもがっ‼」


 窓から必死で遠くの景色を見つめながらわめき続ける羽佐間と、全身が土で覆われて言葉もろくしゃべれなくなった俺。


「あの、二人とも、もうすぐ先生来るから……」


 そんな俺達はドン引きしている時野谷がおずおずと両手をかざして制止にくるまで、血みどろで熾烈しれつな争いを繰り広げたのだった。



 そうこうしてる内に予鈴よれいは鳴り、数分後にこのクラスの担任である教師が姿を見せた。



「よーしほら、席につけ」


 平坦なトーンの声をその場に響かす担任。

 ざわついていた教室もそれを合図に次第と空気が変わる。


 眼鏡を掛けた素朴なあんちゃんというのがこの国村くにむら昌良まさよしという教師の印象である。

 担当は一般教科の現代国語。

 30歳で妻子持ち、現在2歳になる娘を溺愛できあい中。


 この特殊な形態の学校の教師は、意外にもごく普通である。

 俺も入学初日はこの事実に驚いた。

 てっきりいわゆる先輩方――異能者の先人達が指導にあたるものと思っていたからだ。


 しかし、そもそも俺達のこの異能の力は個人個人でまったく系統が違うものであり、その育成――あるいはコントロールの仕方も、つまりはその個人にちなむところが大きい。

 故に同じ能力者であっても、それが適した教育者という事にはならない。

 例えば俺などは発症から一年足らずで能力をほぼ完璧に使いこなせているが、逆に何年たっても上手く扱えない生徒も多くいる。

 ならばという判断が下されているのか、あくまで教師という役職の人間は異能者ではない普通の人間でめられている。


 しかし無論、一般教科と特別学科の教師には大きな違いがあった。

 一般教科のそれは国村先生のようにやとわれの地方公務員である。

 同じく特別学科の教師も公務員ではあるが、しかしそれは国家公務員の中の特別職と呼べるかなり珍しい業種だった。


 即ち、特異体に関する専門家スペシャリストで構成されている。多くが博士号を持つ一流の科学者でもあるという話だ。

 俺達のこの能力はまだ科学的にきっちりと解明されたわけではないが、能力の扱いや育成に関して言えば、そういう研究者が指導には適任であるという事らしい。

 彼らの事は通常の教師との差別化のため教官と呼び表す事が多い。


 それ以外にも監督官という聞きなれぬ役職がこの学園にはいる。

 彼らこそがそう、この学園の卒業生であり、人類の天敵――化け物達と日夜にちや第一線の場で戦っている我らの先輩方である。

 そういった彼らが俺達の相談役あるいはそれこそ監督役として、常時この学園に何名も待機していた。

 主に特別学科の授業をする際は、教官と監督官のワンセットで行われる。有事の際の抑止力として補佐的に同行してるっぽい。


 またもしもの時の為、セキュリティの問題として学園には高度な監視システムが導入されており、区画毎にコープを組んでいる例のマジメな警備員さん達も日々学園内を巡回してらっしゃる。


 だが、そこまでしても一般の人間の恐怖はぬぐえないらしい。

 この場所の職員達が見せる瞳の中には、過剰かじょうな恐怖やら嫌悪やらがうかがえる時がある。

 そして教師達の多くも、そんな一群いちぐんに属しているに他ならない。


 が、しかし――

 それでも変人奇人はいるもので、彼らの中には俺達の事を色眼鏡いろめがねを掛けずに見てくれる人間だっている。

 このクラスの担任、国村先生はまさにその典型だ。



「――あかん! また遅刻や!」


 そんな折、騒々そうぞうしさを隠しもせずに女生徒の一人が教室のドアをかいくぐって飛び込んできた。


「こら水宮、これで何回目だお前は……」

「ちゃうねんて国やん! うち朝よわいねんてば! 体質やねん!」

「先生の事を『国やん』とか呼ぶんじゃない。もういいから、席につけほら」

「え! もしかして国やん、ぎりぎりセーフにカウントしてくれるん?」

「その妙なあだ名で呼ばなかったら一考いっこうの余地もあったんだがな――もちろん立派な遅刻だ」

「なぁーんでぇ⁉」


 遅れてすべり込んできたのは騒々しさとれしさに定評を持つ水宮みずみや晴香はるかという生徒だ。

 やったらと元気で剽軽ひょうきんな、クラスのムードメーカーという奴か。

 国村先生もそれを知っているからか、まくし立てるようにまだ言い訳を続ける彼女を慣れた風に受け流している。


「っていうか『国やん』の何が気に入らんのよ⁉ 国やん――ええやん――かわいいやん!」

「主にそうやって語呂ごろよく言い回してくれる所だ」


 教師をふくめたこの学園で働くあらゆる人々は、俺達が学園寮に強制転居てんきょさせられたのとは違い、望めば公共住宅のような施設をこの町で与えられる。

 だが大多数は外界がいかいから片道数時間をかけて通ってきている。――律儀りちぎな事に。

 しかしながらこの国村という物好きな教師は、この町に住居をもっていて妻と子供の3人家族で一緒に暮らしていた。


 とがらせた口でまだ文句をれている水宮を押しやるよう席へと向かわせて、国村先生は教室内を見渡した。


「みんなそろってるな――って、また霧島がいないのか。病欠の連絡は受けてないぞ、どこに行ったんだアイツ」


 教卓の端末から俺達の出席状況を確認していた国村先生が、そう難しい顔色を見せる。

 そういや教室に入ってから姿見てないな。

 やーいやーい、あいつサボリー、サボリは重罪ー島流しー。

 ……あ、ここがすでにその流刑るけい地か。


 うわさで聞いた所――あの女、ワルの親玉だってのにこうして自由に学校をサボっているとか、何日も姿を見せない事すらざらにあるとか。

 よくは知らんが能力者として優秀ゆえに特別待遇を受けてるなんて話もある。

 奴の狂犬っぷりをはかれば即刻おりにぶち込むべきだってのに、ああやって横暴のきわみを続けられるのもそんな裏の事情があるからか。

 世の中間違ってるぜ。


「玄田、霧島はどこ行ったんだ?」


 唐突に、国村先生は俺を名指しする。


「いや、なんで俺にくんすか」

「なんでって、お前なら知ってるんじゃないのか?」

「知りませんよ、どんな判断基準ですか」

「そうなのか? まあ、いずれひょっこり出てくるか。にしてもまったく、お前達は困った問題児だな」

「えーっと、聞き間違いかな? その言いざまだと、まるで俺まで問題児扱いされてるっぽくありません?」

「ああ、そうだぞ」

「………………」


 風評ふうひょう被害ってレベルじゃねえよ、ふざけんな。

 俺は清廉せいれんともにするごく真面目な生徒の一人だぞ。


「まあそういう訳で、遅刻常習犯の水宮と問題児の玄田は昼休みに職員室まで来るように。じゃあHRを始めるか」

「ええーっ! 何やのそれぇ!」

「………………」


 どういう訳だよちくしょうが。


 霧島死すべし――

 取りえず俺はこの呪詛じゅその言葉を午前中の授業時間を使ってとなえ続けた。





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