Humble Defying ~土で汚れたヒーロー像~

猫熊太郎

第一章 「全て身の覚えのある痛み」

〈1〉


「勘弁しろよ――」


 眼前に迫り来るは炎の壁、自分の背丈の倍はありそうな燃え盛る火炎。

 まるで、炎の津波が押し寄せてくるかのようだ。


 防衛本能に後押しされるよう、俺は自身に可能な最大の防御体勢を取る。

 というか自分にはこれしかないわけで、勿体もったいぶっているでもない。


 炎が身体に到達する間際まぎわふくれあがるように何かが自分の外部を覆っていった感触がある。

 それが押し寄せる熱波から我が身を守る盾となった。


 一体どれほどの火力なのか想像にも及ばないが、生身でその炎を受ければ消しずみとなっていたのだけは明白だ。


「おー! でたよアストロン!」

「まじで芸がないよなぁ。まっ、玄田はあれしかできねぇもんな」

「ていうか、いつ見ても埴輪ハニワなんだけど。ほんとウケル」


 外野が笑い事みたく、好き勝手言ってやがるのがかすかに聞こえる。

 じゃあ、お前らなら今の一撃に耐えられたのかよ――と、啖呵たんかでも切ってやりたいが、今は口を動かす事すらままならない。

 いや、ぶっちゃけこの状態じゃあ呼吸すら危うい。


 今の俺を見て、外野の誰かが埴輪だとか称したのはある意味でとても的確だ。

 この時の俺は土の塊に包まれたまさに埴輪というか土偶というか、そういう形態だったのだから。

 だがその土塊つちくれがあの途轍もない灼熱しゃくねつ地獄から自身を守ってくれた。

 決して馬鹿にされるいわれはない筈。――見た目が間抜け過ぎるのは認めるが。


 焼け焦げた表面の土質が、ぼろぼろと脆くなって崩れ去る。

 同時に俺は顔周りのそれらを力任せにぎ、数秒ぶりの空気を吸い込んだ。

 残り香のように、灼熱で膨脹した空気は肺が焼けつくほどに熱い。

 本当に大した火力だよ、まったく。


 目の前には、熱波のせいで大気が歪み陽炎かげろうのように揺らめく人影。

 次第と炎熱の大気は退いていき、その姿が明らかとなる。


 俺は相手に向かって、内心の冷や汗を悟られまいと声高に叫んでやった。


「殺す気かよ!? さすがに人死にはまずいんじゃないっすかねえ!」


 相手が苦々しく舌打ちをする。

 いやいや、本気で殺しに来てたのかよ。どこの誰から俺の暗殺依頼でも受けてんだって話だ。


 その陽炎の向こうから姿を現したのは、美人過ぎてしゃくとも思える我らがクラスのマドンナ兼不良番長様である。


 彼女の名は霧島きりしまりん

 どこか気怠けだるそうな目元が特徴的な抜群な美貌の持ち主だ。

 真っ直ぐでつやのある長い黒髪が一束ねに結われて腰まで達し、そのすらりと恵まれた四肢をより強調させている。

 高身長で白人モデル顔負けのそんなスタイルは、同性異性を問わず羨望の的だという。

 まあ実際、身長が低い事が密かなコンプレックスである俺にとっても、まったくもってうらやましい事この上ない。

 また、女性特有のその体のラインの美しさといったものをこれでもかという程に備えている。

 それに加えて極上の美人と来ているわけで、もはや、人類が理想とするような完璧な造形の女性と言っても差し支えない。――というより事実そんな風に呼ばれてる。


「霧島さんよお! こちとらまだ入学して2ヶ月ちょいですぜ! 新人いびりも度が過ぎると大事おおごとになるんじゃないすかねえ!?」


 不敵さをつらに貼り付け、繰り返し周りに聞こえるほどの大声を出す。

 ていうか、先生方早く来てくんないかなあマジでもう。


 目の前で相対しているのは、学園内でも抜きんでて”異能”の才に恵まれたはく付きのエリートである。

 下手すりゃ本当に命の危機であって、「誰でもいいからこの事態を収拾してくれよ!」と心中に悲痛な叫びが木霊したが、そこはまあ表に出さず済んだ。


「さっきからうるさい。あなたが大人しく消し炭になれば終わるの。学園の治安部隊がわざわざ出張ってくる必要もなく。あとは不幸な事故がまた一件あったっていう処理をすれば済む話。ここじゃそういうの、珍しくもないのよ」


 淡々とした中にどこか熱っぽさがある、そんな特徴的な声色が耳に届く。


「どこの悪役だ……?!」


 ほんとに何をぬかしているのか。

 ここは日本で、法治国家で、世界でも稀に見るほど平和を愛する脳内お花畑な島国だぞ! 

 ――などという思考が俺の頭を通過していく合間に、またしても紅蓮ぐれんの業火が奔流となって襲い来る。


 火炎操作パイロキネシス――彼女はてのひらから自在に炎を吐きだす。


 やはり俺は、唯一可能であるあの防御姿勢を取るしかなかった。

 視界が真っ赤に染まった折、すぐさまそれは真っ黒に塗りつぶされた。

 自身の全身を土の塊で覆わせたのだ。


 土嚢どのうによる防御、これこそが俺が持つ“異能”の力である。


 相手のその灼熱の炎撃を受けるのは、何も一度や二度じゃない。

 事あるごとに俺を消し炭に変えようとしてくる我らが霧島凛さまのそのスキンシップ――そういう事にしておく――には、もはや慣れの境地に達した反射的防衛策をもって、日々これに対処しているわけである。


 さて問題なのは、この先の展開へと通ずる手札を俺も彼女も持ち合わせていないという事だろうか。

 つまり、どちらもこれ以上の事ができないのである。

 彼女のその物理的な高温を伴った熱烈アプローチを俺は防ぐ事ができる。しかし俺にできるのはそこまで。こっちの手持ちカードは防御のみ。同時に、彼女もこの俺の防護を突き崩すだけの力はない。 

 というわけで、二人はこれ以上の関係には進めないわけだ。――いやはや、歯がゆいもんだねえ。


 となると結局、行き着く先は根比べだ。

 どちらかの体力か気力が尽きるまで、この不毛ないさかいを続くのだろう。

 いや、そもそも俺には始めから争う気なんてないわけで、端的に言うならば霧島さまの気が収まるまでその攻撃を防ぎ切りただただ生き延びる事だけを望んでいるのです。 


 何度めかの攻防。

 地面は焦げ、大気がくすぶっている。

 頼んでもいないのに集まってきているギャラリーから、時折声援なのか野次なのかわからない声が飛んでくる。

 思い切ってこの上なく他人事な奴らも巻き込んでやろうと、位置を変え、動きをつけて相手の攻撃を誘発させるも、彼女は絶妙に威力を調整しているらしく、その炎波が直接群衆を襲うような事はない。

 そう、この女は決して直情的な無謀な行為はしない。

 クレバーなのだ、とてつもなく。

 うん、サイコパスってこういう人を指すんだね。


「いい加減にしたらどう? いつまでそうやって甲羅に身を隠す亀みたいな事続けるつもり?」

「すいませんねえ! これしか能がないもんでっ! そちらさんも実際そろそろ飽きてきたんじゃないですかいっ!? いいんすよ――いつだってやめてもらって?!」

「お気遣いどうも。でも平気。あなたの生命活動が止まるその日まで、私のモチベーションは続くと思うから」


 その端正なご尊顔を歪めて、それでも凄絶なぐらいあでやかに笑んで答えてくれた。

 その顔、こわいからやめて。


 再び彼女のその諸手もろてに炎がともる。

 火炎を自在に操る能力――それはどう贔屓ひいき目に見たって危険極まりない事この上なく、否定のしようなどない。

 俺はやはり身構えていた。


 だが今度は、その手から発せられる筈の炎がなかった。

 俺も彼女も群集の背後から近付く、まるでこの場に似つかわしくない風体の数人を目撃していたからだ。


 紺地の地味めな学生服ブレザー以外は見当たらないこの場とは、似ても似つかないごてごてと何やら非日常的な恰好の屈強な男達。

 俺達の目線につられるように、ギャラリー達もその視線を外して後背を振り返る。

 そしてわずかにどよめくようにして、群れていた彼らが大きく割れた。


「そこまでだ、お前達。下校時間は過ぎている。許可されていないものがこれ以上学園の敷地に滞在する事はならない。速やかに寮へと戻れ」


 抑揚のない冷淡な声色で、この場に介入してきた彼らの一人がそう発した。

 ようやくおいでくださったよ、我らが学校の〝警備員さん〟達。

 次回からはもうちょいお早く駆けつけてもらいたいもんだ。


 姿を現した異様な風体の男達。

 防弾装甲服コンバットアーマー個人防衛火器PDWで武装した彼らこそ、常時学園の平和を守るために尽力しいてくださっているそれはそれはマジメな警備員さん達である。

 あるいは、治安部隊と呼んだ方が通りが良いか。


「……今日はここまでのようね」


 気付けば、霧島凛のその両手から炎は消えている。

 そして彼女は苛立たしげにこちらへ一瞥いちべつをくれる。――無論、俺は満面の笑みを返してやる。

 それが合図だったかのように、周りを取り巻く群衆も口々に小さく不平を漏らしながらも解散していくのだった。

 ようやく、この馬鹿げた騒動も収拾がついた。

 俺は内心、胸を撫で下ろす。


「そこの二人、認可されていない場所、時間帯で能力を発動させて混乱を招いたな? 校則違反だ、生徒手帳を出せ」

「ペナルティですね、へいへい」


 違反キップを切られる感覚で俺は電子生徒手帳――手帳とは名ばかりの高機能なスマホを開示した。

 身分証明書ではあるわけだが、実際には個人証明機能の付いた多目的な情報端末と言い表した方が良い代物だ。

 通称IDタブレット。

 彼らはそのカード程の大きさのディスプレイに表示された幾何学的なコード番号を専用の読取り機でスキャンしている。

 そうする事で情報化され一括管理されている学園の俺達の項目データベースに新しく何事かと書き込まれ、それによって俺達の評価が減点なり加点なりされる。

 あれだな、中学校で言う所の内申点に響くだなんだのというようなヤツだ。


 目元の部分だけが開いた頭巾バラクラバを着用している〝警備員さん〟の表情は、無論の事読み取れない。

 本来は防塵ぼうじん用のそれだが、おそらく素性を俺達に知られたくないという使用目的なのだろう。


 俺のタブレットを読み取ると、今度は霧島の番だった。

 ぶっちゃけ、俺は自分の身を守ろうとしただけで、無為やたらと能力を解放したわけじゃない。

 正当防衛という止むに止まれぬ事情がある。

 しかしそれを今、目の前の彼らに訴えてみてもらちがない事ぐらい、この学園に来てからはや二ヶ月経った俺はいやという程わきまえているのだった。

 彼らはここの治安を維持し、規則に背くもの排除する――ただそれだけの存在。

 決められた手続きに基づき、決められた権限を行使するだけの。

 学園、校則、生徒、時折彼らはそういう類の言葉を用いるが、それらは最大限の皮肉にしか聞こえない。

 何故なら、目の前にいるのは徹底的に訓練された職業軍人プロなのだから。


 コードを読取り終えると、彼らはそれで自分達の仕事は済んだという風に、後はこちらを見向きもせずに去っていく。


 今ここで、そんな横柄とも取れる彼らに真っ向から反抗でもしてみるかという気が持ち上がってくる。

 だが勿論、それを実行などはしない。

 そんな事をすれば彼らが手に引っ提げているその銃火器AR‐57がこちらを向いて火を噴くだけだ。

 そういう許可が降りているのだ。

 そして彼らに反抗するという事は、彼らを含めた人類全体に反旗をひるがえすという事に他ならないのだから。


 取り残されたのは俺と霧島凛。


 彼女は一度、また俺の顔へと視線を当てた。

 その切れ長の目元には剣呑さがまだまだふんだんに見て取れたため、今一度肝を冷やして身構える。

 しかし、そんな俺の横を彼女は通り越していく。

 側を通り過ぎる際のこっちを見下ろすあの目には、やっぱりぞくっとするぐらいの色気がある。――危険なものほどとはよく言ったものだ。

 地味な学生服を着ていてもその均整の取れた美しい肢体は映えている。

 これみよがしな黒のタイツで包んだ長い足で悠然と地を往く様は、艶美えんびさどころか威風さまで感じられる。

 そんな後ろ姿を警戒心を解かずに見送りながら、ようやっと彼女の姿が見えなくなって初めて、俺は安堵の息を吐いた。


「亮一くん!」


 同じタイミングで、後ろからまるで子供のようなあどけない声を聞いた。

 振り向けば、自分達と同じデザインの学生服に身に付けながら、まるで少女とも少年とも取れないぐらい幼く見える生徒が一人、心配そうな視線を俺に向けて佇んでいた。


「時野谷、見てたのか」

「う、うん……。ケガとかしてない?」


 この整った顔立ちと癖の強い巻き毛がなんとも愛らしい感じで様になっている小柄な子は、級友の時野谷ときのや芳親よしちか。――男だ。


「この通りさ。まあ、この俺の完全無欠な防御はそうそう破れんて」

「ごめんね、亮一くん。ボクのせいで毎回こんな破目になっちゃって……」

「別に時野谷のせいじゃないだろ」

「だって、ボクの事をかばったせいで霧島さんに目を付けられたんだ。……やっぱりボクのせいだよ」


 時野谷はそう言って悲しそうに俯いた。

 その様に、泣いてる子供そのもののようなはかなく切ない印象を受ける。

 見た目はこんなだが、正真正銘彼は俺と同い歳である。

 どうしてこんな子供のようななりなのか、それは異能者であるというのが原因だ。

 時野谷の身体はどうしてか10歳前後で成長を止めてしまったという。


「いやいや、だってありゃあ誰彼構わず噛み付くような女だぞ? 遅いか速いかの違いってだけで、いずれはこっちにも飛び火はしてきたさ。まあ、それが入学初日だったってのはなんだがな」

「で、でも……」


 俺と彼らとが初めて会ったその当時、何が気に入らなかったのか霧島はこの幼気いたいけな時野谷に突っ掛かっていた。

 見るに見かねた俺が制止に入った所、彼女のターゲッティングが時野谷から俺へと移行したという次第である。――マジ霧島さんは狂犬やでぇ。


 その事でやたらと責任を感じているらしい時野谷は、こうなってしまった俺の身の上を案じて色々と甲斐甲斐しくしてくれているわけだ。

 だがまあ、この異質な学園で入学早々に友達ができたと思えば、霧島に命を狙われるなどは些細な事だ。

 うん、些細な事だ。きっとそうだ。そういう事にしておいて。お願い。


「ほら、もういいだろ。寮へと帰ろうぜ、門限過ぎちまう」


 俺はまだ暗い表情の時野谷を促すべく、その小さな頭をぐりぐりと悪戯っぽく撫でてやる。

 ボリュームがあり柔らかい髪質の時野谷のその癖っ毛は、なんだかとてもフワフワとしていた。


「……あ……うん」


 今度はぼーっとほうけたような顔になった時野谷がぎこちなく頷いた。


















 まずは宣言しておく。

 俺こと玄田くろた亮一りょういちは、デカイ事を成し遂げる人物であるという事を。


 鍛えに鍛え抜き、常人の域を遥かに凌駕りょうがしたこの肉体。

 明晰めいせきすぎる頭脳と卓越たくえつした状況分析の才は、その気がなくとも瞬時に正しい答えを導き出す。

 容姿品格ともに優れ、ハイセンスな感性を持つこの俺に死角などは存在せず、まさに天を掴む為に降誕してきたかのような生まれながらの英雄ナチュラルボーンヒーローである。


 よし、悲しすぎる虚勢ウソはここまでにしよう。


 ほんとはセンスの欠片もなく、品性もとぼしく容姿も人並み以下。

 自分の脳内だけでいっつも自己完結してきた頭でっかちな考えの持ち主であり、唯一自慢できるのは15歳にしては屈強な肉体をしているってだけ。

 それだって、日々歪みねえ肉体に近付くための努力をしているってだけで、運動神経が特別優れているとかいう話ではないから、つまりまあ、普通の人よりはってな具合。


 だがそんな俺にも野望がある。

 はっきり言おう、俺はヒーローになりたいのだ。


「ああ、若いっていいね」とかぬかす前に聞くがいい。

 俺はヒーローになる為の素質をちゃーんと備えているのだ。

 無論それは正義を愛する心とか、人の優しさを無条件に信じれる性分とか、他人の為に形振なりふり構わず行動できる心意気とかだろう。

 もしかしたら、はすに構えがちで疑り深い自分の性格は、そういうのから若干駆け離れているかもしれない。――まあそこはね、個人の信条の自由とかだからね。


 だが何よりまず必要な物、それは特別なチカラである。

 そう! 俺の持つこの土塊を身体に纏わせる程度の特殊能力こそが、ヒーローの条件なのだ!


 うん、言ってて悲しくなってきたので今日はここまでにしておこうかな。

 いやいや、まあ待ってくれ。

 全部がれ言だったとかそういうんじゃ決してない。

 だが自分のこのヘンテコな能力が世間一般的に夢想されるようなヒーロー像とかけ離れている事ぐらい、俺だって分かってるんだ。


 だがこの能力、そうそう馬鹿にしたものでもない。

 実質、無から有を生み出せる。

 何もない場所に、土塊とは言え質量を発生させる事が可能なのである。

 その気になれば――集中力と体力さえ続くなら――、民家ぐらいの大きさの土塊を造り出す事だって出来る。

 しかも乾いた普通の土だけでなく、硬い岩石のようなものから泥のような粘性を持ったやわらかい状態のものだって生成可能だ。

 即ち、硬度や粘度を自在に操れるわけだ。


 土というものは全て、推積すいせき物――つまり地殻ちかくの破片や生物の遺骸いがい、あるいは火山灰などの地球上に存在するあらゆる粒子が重力を受け続け固まったもの。

 俺はそんな何千、何万、何億年とかけて形成されたものを念じるだけでその場に生み出せる。

 地味ながらすごいと思う。うん、ほんと地味ながらね。


 それにだ、野望ってのはいつか成し遂げるその時まで胸の奥に秘めとくもんだろう。

 今はただ雌伏しふくの時、いずれ雄飛ゆうひの時に至るため。――ってヤツだ。



 さて、この話はここいらにして、俺達のこの摩訶不思議な能力――異能の力について話さなければならない。

 少し長くなるので、心するように。



 この世界で先天的特異体質というものが社会的に広く認知されて、はや30年と言ったところだろうか。

 肉体の成長途上で、特殊な〝チカラ〟に目覚めた存在。

 通常では有り得ないような現象を引き起こす事が可能となった新たなヒトという種の型。

 判り易く言おう、すなわち怪物ミュータントだ。

 ――まあその呼び方は俗的なもので、主だっては特異体と称する。


 これらはしかし、基本的に人間と同じだ。

 生体機能も何ら変わりはなく、鱗が生えたり、翼が生えたり、ましてやネコミミが生えたりもしない。――夢のない話だぜ。


 格式ばって言うなら、PD型症候群とめいされる。

 PDとはpeculiarパキューリア developedディペロップド――意訳すりゃ、異常な発達、もしくは不快な発現とでも言うべきか。概ねそういう意味合いのものだ。


 特徴的なのはここ30年の間、生まれてくる新生児のおよそ0.005%がこれらに該当しているという。

 概算して、2万人に1人の確率で生まれているという事。


 遺伝子の異常とはいったが、なにもそれは血統に縛られるものではなく、隔世かくせい遺伝のように唐突に発現する。

 生誕する全ての新生児に対して、その可能性は0ではないという事だけが確かな事実らしい。

 太古から受け継がれてきた人類そのもののDNAの中に、それらの要因ファクターが混在しているんじゃないかという説もある。

 それがここに来て一挙に発現し始めた理由はとんと解らないそうだが。


 ただまあ、俺らのような存在が大々的に現れてからは、昔から実は超能力などの不可解な力を持つ人間は存在していた――と、学説が上書きされたに過ぎない。

 

 これらの出生に関する諸々の疑問はそちらの分野の研究者達が日々頭をひねらせているわけで、現実問題として生まれてきてしまった特別な彼らを一体どうすべきかという点こそが各国の為政者達の頭を捻らせた。


 つまり、この特殊な能力は使い用によっちゃ危険極まりないわけだ。

 先程の霧島女史がいい判例だろうさ。

 生まれながらに人を焼き殺す事ができる人間、そういう存在を一般の人間がどう見るかは論にたずだ。


 28年前にこの国で始まった特異体保護区分条例なる――保護をうたった隔離措置などは、その当時の為政者達の混迷っぷりを如実にょじつに物語っている。

 そう、俺達のような存在の出現に、社会は世界規模で混乱した。

 隔離措置だって、考えりゃ当たり前だろう。

 実害は元より、秩序の維持の為――ひいては民心の安ぎの為って感じで。


 しかし、事態はそれだけでは終わらなかった。


 特異体の出現と共に、この人類世界に新たな問題が出現した。

 それらを何と呼び表すべきか。

 ――いや、これも単純に化け物クリーチャーとでも呼ぶべきか。


 特異体という遺伝子の病気は、何も人間に限って現われたものではなかった。

 そう、人間以外の動植物に顕現したそれらが、化け物へと姿を変えさせ、人類に対して大きすぎる害となった。


 人間がこの病気を患った場合をPD型症候群と称すが、人間以外の動植物にこの病気が発症した場合、これをPD型親類種と呼ぶ傾向にある。

 というよりは、単純にPD種と呼びならわしている。


 これらは人類史上初めてとも言える、天敵という存在だ。


 考えてもみよう、人間とそれ以外の動植物の違いを。

 人間以外の生物に法も倫理もない、彼らは地球上における種の保存のみを念頭にして暮らしているわけだ。

 そんな彼らが超常なる力を手に入れたとしたらどうなるか。

 まあ、想像しやすい話だと思う。


 例えばそう、植物を例に出してみる。


 植物は生物界のヒエラルキーの中でも一番下に配置されている。

 弱肉強食って奴で、多くの動物がこれを食料としている。

 植物とは例外はあるが、がいして受動的な形で止むに止まれず進化してきた種であるという。

 光合成の為の葉っぱを食われる事を嫌って、それより遥かに栄養価の高い果実をつけるという方法でその問題を和らげようとした。

 そこに硬くて消化できない種子を潜ませ、移動できない自分達の代わりに広範囲に種を芽吹かせるというような共存関係さえも築いた。


 そんなつつましい彼らだが、果たしてそこに超常なる力が付与されたとするならばどうであろうか。


 つまり、もっと能動的に種の保存を図ろうとする事だって出来るようになれば、受身の進化ではなく、葉を食い荒らす他の動物達を直接的に排除してしまうような進化の形だって取ったろう。

 ――ここで言う進化とはあくまで便宜べんぎ的な解釈として。本来これらは突然変異であるからして、ダーウィンさんの仰る進化論とはかけ離れたもの。

 逆に他の生物を捕食して養分に変えてしまうような食虫植物が台頭してきたっておかしくはない。

 この場合、食虫ではなく食人であったって変じゃない――と、まあそういう話だ。


 そして人間とそれ以外の生物とのこの地球上での割合を考えてみればいい。

 およそ800万種は存在しているといわれる生物群の中で、そのたった一種の人間の割合がどんなものであるかを。


 人間様がこの地球の支配者である事は顕然たる事実。

 ――これまでは、のお話で。


 面白い例を出すと、この地球上に存在している人間の総重量と昆虫種の中の一つであるありの総重量はほぼ同じであるとかいう。

 もしその蟻さんたちが異能の力を得て人類に牙をいたとするならどうか。

 まあ、詰んでるよね。


 そして事実、今より18年前――

 中央アジアと東アジアの境目、その広大な砂漠地帯にて、異常なまでの体積と生命力、そして攻撃性を持った未知の昆虫種の出現と異常繁殖が起こった。


 それにより、ユーラシア大陸の東半分は滅んだ。


 身の丈1m台の蟻のような化け物が数え切れない程の大群で押し寄せてくる光景は、記録映像でしか見たことのない俺の背筋だって凍らせる。

 本来、昆虫がそれほどまでの大きさに達すると、自重で動けないどころか内臓がまず耐え切れず潰れるらしいが、それらはとんでもない速度と膂力りょりょく、繁殖力を持ち合わせ、蝗害こうがいのように押し寄せたという。


 欧州連合EU、ロシア、そしてアメリカにおける大量破壊NBC兵器の幾度かにわたる使用で、ようやくとその化け物達を駆除できた。


 幸いな事に蟻達はそれまでの生物的な特質を保持しており、寒さに弱く海を渡ることができなかった。

 そのお陰で、海でへだたれたここ日本と東南アジアの一部、そして極寒のロシア北部はその災厄から逃れる事ができたという。


 しかし、ユーラシア大陸東側のほとんどに加えて、中東近辺の国家までもがこの世界から消滅してしまった。

 かつて大陸に在った中国やインドという人口比のトップ国が滅び、それによる損失は20億を下らないという。


 20億人の人間の死――

 数字としては理解できるが、ちょっと想像には及ばない。


 そんなクリーチャー達の出現は人類に何をもたらしたか。


 無論それは恐怖、絶望、そして団結。

 人類はここに到って始めて一つとなった。


 それでだ――

 その人類の中には俺達のような異能者もオマケ的に含まれている。

 もっと端折はしょって言おう、俺達のこの特殊な能力は化け物狩りの為に役立てられているってあらまし。


 諸々の事情、問題、そんなものを全部ひっくるめてでも人類は一つにならざるを得なかった。

 未だに異能者による力を使用した犯罪は後を絶たないらしいが、今現在の人類の前にはそんなものより遥かに逼迫ひっぱくした事態がそびえていた。



 そしてここ、陸の孤島と名高い国立長峰ヶ丘ながみねがおか学園は、そんな異能者である俺達を保護監察し、道を踏み外さないよう正しい教育を施し、人類全体に貢献できる立派な大人になるための手助けをしてくれている――

 という名目の監獄である。


 全校生徒と教職員、そこに施設運営のために従事している職員を加えれば1万人を軽く超す規模になる。

 小中高がそれぞれ一体となっており、不幸にも能力を発現させてしまった哀れな子牛達こどもたちを集めてドナドナと輸送し、成人するまでの期間、家族や友人、それまでの生活様式とは一切をこれ乖離かいりさせるもの。

 矯正施設とはまさにこの事か。


 確かに俺達は危険であるのだろう。

 その気になれば容易く他人を害せるような力も持って生まれてしまったわけだから。

 だとしても、それで100%「はいそうですね」と納得がいくものではない。

 しかし実際、世界は今こういった形状に留まっている。

 仕方がないと自分に言い聞かせる他になにができようか。

 今目の前の横暴や圧迫に逆らって異能者たちを除いた「それ以外」と事を構える程、俺は子供ガキじゃないつもりだ。


 それに俺は感謝だってしている。

 このチカラを授かったという事に。

 無論、もうちょっと華やかな特殊能力だったらとかは考えないでもないが、高望みはしない。分相応、俺にはこのチカラだって十二分なくらいさ。


 14を迎えた2月の冬、俺にこの能力が発現した。

 話ではそれなりに聞いていた、誰もが発症し得る病気のようなものだと。

 だが実際にの当たりにするとなるとひどく動揺したもんだ。

 約十ヶ月間、俺は誰にも話せずこれを隠し通していたが、遂にはバレてここにぶち込まれたって経緯いきさつだ。


 いずれはそうなるであろう事は知っていたから、別段ショックではなかった。

 むしろ周りは高校受験やら何やらっていう時期にそんな状態におちいっていた当時の俺からすりゃ、入試も受けずに高校に行けるって手放しで喜んだレベル。

 しかし、それまでの俺の人生――人間関係は一気に崩壊したと言っても過言ではない。

 そういう事情を含んだ問題であるのだ。


 ……まあ、その事はこれ以上いいだろう。


 それよりも新しい生活を送る事となったこの土地、長峰ヶ丘学園の事でも詳しく話すとしよう。


 陸の孤島、山界の最奥さいおう聖域、緑の監獄――そんな風な呼び名はまだまだとある。

 山と森と野原に囲まれた最中にぽつねんと建立こんりゅうされた巨大建造物。

 周囲の半径50km圏内に民家なしという、日本のどこにそんな秘境があったんだという総ツッコミを受ける事必至な立地。

 交通手段は私鉄でも国鉄でもない、特別にあつらえた専用のモノレール路線が一本。

 あとは空輸機でもチャーターするしかない。

 周囲に広がる豊かな緑のあちこちに監視網がかれ、そもそも知識も経験もない人間が徒歩で渡り切る事が不可能な地形であるという。

 それらは勿論の事、俺達が許可なく外部へと接触できないようにするためのものだ。


 三段式の一貫教育である学園では、それぞれ初等部、中等部、高等部に分かれており、主に高等部の生徒数が圧倒的に多い。

 これは15歳前後が、特異体として発症する確率が最も高いからだ。

 逆に初等部の生徒数はかなり少ない。

 10歳以下で症状が出始めるケースはかなり稀だそうだ。

 同時に思春期を過ぎてから発症する確率も、歳を経る毎に極端に小さくなっていくらしい。

 発症した順に此処ここへとぶちこまれていく手前、俺より下の学年の生徒が学園では古株であったりもする。

 高等部に所属してはいるが、今年入学の俺は立派な新米ぺーぺーであった。


 教科は一般のものと、そして特別学科に分かれている。

 この特別学科というものは言うまでもなく、俺達のこの特殊な能力に即するように設定されている。

 いわば能力の制御、育成を目的としている。


 また学園は能力を発現させた異能者をランク毎に分けている。

 そのランクはDからAまで。

 ランクAが能力を最大限に引き出し、意のままに操る事ができる最も優秀なカテゴリ。いわば生徒達の最終目標点。

 ランクBが能力の発動とコントロールが可能な段階。

 ランクCは能力の発動はできるが、それをまだ確かにはコントロールできない段階。

 そしてランクDは能力の発動も自分の意思では行えないという、最も初期な段階を表す。


 しかしこれは管理者側からした区分であり、実際に学年のクラス分けはそれとは関係のないものである。

 例えば俺や霧島などは既にランクAとカテゴライズされている。

 自在に自分達の特殊能力を操れるからだ。

 しかしクラスのほとんどの生徒達はランクBかCである。


 これは少し奇妙な制度だった。

 具体例を挙げれば、10歳の時に発症し5年間この学園で能力を育成されてきた生徒と15歳の時に発症した生徒が同じクラスに居るわけだ。

 無論、双方の能力使用の練度には大差がある。

 あくまで学校――教育機関という名目上故なのか、管理者からすればそれぞれのレベルに合わせてクラス分けをした方が便利だろうに。

 しかしこれまでずっと、この混成された形態を保っているという。


 優秀な能力者を一纏ひとまとめにするのが、もしかしたら恐ろしいのかもしれない。

 そういう懸念も、まあ有るだろうとは思う。


 楯状たてじょう火山特有の扁平へんぺいとすら言えるほど標高の低いべったりとした山。

 その頂上をさらに削って整地し建てられた大規模な校舎郡。

 そこから降れば、歓楽街といえるちょっとした小都市がある。

 さすがに健康な若者達を学び舎一つで生活させることなど、精神衛生上よろしくないという酌量しゃくりょうがあったらしい。

 そこは長峰ヶ丘学園の生徒達のためだけに用意された、なんとも気前のいい娯楽施設テーマパークだ。

 学校での生活態度、あるいは実技筆記を問わずの試験の成績によって支給される、この町独自に流通された通貨のようなものさえもある。

 もはや独立国家と言っちゃっていいと思う。――事実、治外法権だし。


 しかし、そんなものとてこの学園の深層ではない。


 あまりに強大な力を持つ能力者は洗脳まがいでその精神を矯正されるだの、地下の奥底に延々えんえん幽閉ゆうへいされるだの、ばっさりと処分されるだのと。

 まあ、そのような噂が後を絶えない訳だ。

 あるいは地下には巨大な研究施設があり、反社会的な特異体はそこで解剖実験されるなんて都市伝説もある。

 ここほど特異体の実験材料サンプルあふれてる場所もないから、そのような噂も出て来たのか。


 しかし、考えてみれば当然の話かもしれない。

 人を容易に殺める事のできる能力者がとんでもない人格破綻者だったら事だもんな。

 約一名、俺にはそのような人物に心当たりがある。

 というかあの女、なんでいつも野放しなんだよ。――学園さんサイド、ちゃんと仕事しよう。


 どうあれ、そんな背景があるからか、学園の生徒達に関する問題は山のようにある。

 もっともこんな状態で良い子ちゃんでいられる方がどうかしている。


 それでも、この学園が設立されるまでの状態よりはだいぶマシであるという話だ。

 迫害され、爪弾つまはじきにされてきた異能者たちが、む無く犯罪者集団に頼っていたらしいそれまでの社会情勢に比べれば。


 特異体として覚醒する確率が一番多いのは思春期の子供たちだ。

 そんな不安定で危うい彼らに、少なくともちゃんとした居場所をこの学園は提供してくれる。

 そう悪い方悪い方に物事を考えるでもない。


 少なくとも俺はこの学園での暮らしにおおむねは満足している。

 概ねは、だ。





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