〈14〉
連れて行かれた部屋にいたのは、
それなりの
部屋に他に人の姿はなく、ドアから入った向かいの壁一面が複数のモニターで埋まっている。
「彼がそうかね?」
年季の入った険しい眼つきで俺を捉えてから、脇の兵士に視線を移す。
「地上の非常用口付近に
「ふむ――」
革靴で硬質な床を鳴らしながら、白衣の男が近づく。
そして無造作に俺は首を傾けさせられる。
どうやら
「なるほど、
ぎろりと
だがその時、この老人は「おや?」というような顔を見せる。俺の顔をまじまじと見つめてだ。
何だよ、知らねえジジイに見つめられて喜ぶ
しかしそれも束の間、こちらの首から注射
「で、あんた等は?」
「口を開くな!」
がつっと、後ろの兵士に後頭部を殴られた。
「やめなさい」
今にも
「心配せずとも我々も長峰ヶ丘の人間だよ。とは言え、君らと直接は関わり合いがない部類だがね」
「ここは?」
「研究施設だ、数ある内の一つの」
「研究施設……?」
そこで思い至った。
いくつもの
まさかのまさかで実在していらしたよ。
「それで、何で俺を――」
「それはこちらの
ここに連れてこられる前のあの小屋での光景を思い返す。
なるほど出入り口か。知らずとは言え、俺らはそんな物の近くで夜営をしていたわけだ。
「厄介な事態? 何だかここが
「……どうしてここがそうだと?」
「ここに来るまで、通路のいくつもが厳重に閉ざされていた。どう見ても物々しいだろここ」
「随分目ざといな……確かに、今この施設は
「そりゃ悪かった――けど一言、声を掛けてくれるだけで
「世の中には、
「へえ……ここは誰にも知られたくない、秘密の地下基地ってか」
「君は質問してばかりだな。今度はこちらからもさせて
はぐらかすように白衣は身を揺すった。
相手のペースに
「あんたは話が通じそうだ、俺が答えられる事なら何なりと」
「ありがとう。ではまず、あそこで何をしていたか訊いてもいいかな? 学園の
「何って、夜を越そうとしてたんだよ。実は俺達、道に迷ってさ」
「迷った?」
「課外授業ん時に、ちょっと森の奥まで足を
白衣は
まあ、普通はそういう態度になるか。
俺は前置きをしてから、これまでの
庭園の横の森の奥まで意図せず入り込んでしまっていた事。
森の木々の密度が想像以上で方角を簡単に見失ってしまった事。
何より〝不幸にも〟タブレットが通信障害を起こし、GPSによる位置取得の機能も連絡手段も使えなくなった事。
そのせいで森の中をさらに迷い歩き、この蒼沼の付近まで来てしまった事。
「支給されているIDタブレットに不具合……?」
「ぶっちゃけウェブサイトへの接続どころか通話やチャットさえもできない状態なんだよ。助けを呼ぼうにも機能しねえもんだから相当に焦ったさ。たぶん、みんなでシェアして遊んでたあのアプリがまずかったんかな――思えば、拾ったゲームを取り込むなんて
「拾ったというのは?」
「友達がどっかで見つけてきたんだよ、メモリデバイスを。そこに色んなゲームアプリが入ってさ……ま、悪い事とは思いつつ興味本位でそれらを」
「……………」
「論より証拠だろ、胸ポケットに入ってる俺のを調べてみたらいい」
ここぞとばかりに
白衣はタブレットを抜き取ると、掛かっている生体認証のロックを俺に外させた。
こればかりは嘘でも何でもなく、
その事実が確認した白衣だが、その表情に変わりはない。
俺は
「ほんと不幸な事故だよ、もう日も暮れそうだったから捜索隊が来てくれるのを願って火を
表情を見るまでもなく、俺の言葉に納得してないのは丸分かりだ。
ここからどう取り
「まあいい。どの道、君をここから帰すわけにはいかなくなったのだからね」
――代わりに、フィクションの悪役が
「……何だって?」
「我々の心遣いを賢しい真似で台無しにしたのは君だ。即効性が高く、記憶障害を起こすレベルの強力な昏睡薬で事を済ませておこうとしたにも
「何言ってんだ、あんた……」
「心配はない、何も殺したりはしないとも。君は異能者だ、それも自在に能力を操れるレベルの貴重な素養を持つ、
どうやら冗談を言ってる風ではない。
線の細いその
秘密主義も度が過ぎると、こんな悪の組織みたいな事を平然と言ってしまうもんかね。
実験動物としてここで生きろとか、ふざけんのにも程がある。
どうするべきか。
能力を使えば後ろの兵士を無力化するぐらいは出来る。
後ろ手に
銃は向けられているが距離があまりに近い。
これなら、瞬時にその銃口に詰め物をしてやれる。
――動くか?
「……」
いや待て。
奇跡的に俺一人ここから逃げ
この男の言では、俺以外は薬で眠らせるだけで済まそうという事だが、俺が逃げ出して秘密の
あの兵士達の会話の断片から、時野谷達はトラックへ乗せられそのまま学園へと運ばれたとも取れるが、それだって確証はない。
もしかしたらどこか別の地下施設に連れていかれた可能性だってある。
そもそも羽佐間以外、その状態をこの眼で確かめてすらいない。
あいつらの身柄がこの男達の手にある以上、軽はずみに動くのはリスクが大き過ぎた。
「ここの事は誰にも喋らないと誓う、一生だ」
「おもしろい事を言う――しかし、それをどうやって証明するというのかね」
「証明って……」
「今ここで出会ったばかりの君をそこまで信頼できるかという話だよ」
「そんなもん……」
「そうだ――そんなものは無い
「……ふざけるな!」
思わずがなり声を立てる。
「俺は
言い返す言葉も見つからず、つい
「君は随分と
「――悪いかよ⁉」
「いいや、人類にとってはありがたい話だろう。君のその忠誠心がどれ程のものかにも
「……だろうさ、俺を実験動物なんかにするよりそっちのよっぽど有用だ」
「それで? 君がこの先、本当にPD種たちを
「試してみりゃいいだろうが、この俺を」
その
突然の事に、俺の方も少し戸惑う。
「本当におもしろいな君は……
「……ああ」
「若い時分にありがちな、勢いだけの自分勝手な理屈を押し通そうとしているとも取れるが……興味深いじゃないか。そういう向こう見ずな若さは貴重だよ、そういう馬鹿馬鹿しい単純な原動力というものはね」
よく分からんが、俺の勢いだけの考え無しの提案に相手は乗り気だ。
俺は実際には、
だってのにこの男、まるで考えが読めない。
「
思ってた以上に事が良い方向に動いた。
ともかく俺が秘密を
その場限りでも、今はそういう風に
俺達の価値――それはこの特殊な能力をどれだけ人類の為に役立てれるか、今この世界で存在を許されるとしたらこの一点に
それはこの場でも同じだ。
「所長、よろしいのですか」
後ろの兵士が念を押すように問いかける。
「おもしろいじゃないか、実におもしろい。〈ブレイズ〉を呼んで、この愉快な彼の
そこに取り付けられている内線で何事かの指示を出す。
ここまではいいが、何か
「その〈ブレイズ〉って? 俺とそいつで
おそらくそういう話なのだろうと予想できる。
戦闘経験なんてこれっぽっちもだが、まるでやれない事はない。少なくとも訓練でならば多少の格闘術の
だが、白衣は俺の問いかけに首を横に振った。
「模擬戦? そんなものではつまらないだろう。それに君は言ったじゃないか、化け物と――PD種と戦いたいとね」
「そりゃ……けどPD種が今ここに都合よくいるわけないだろ」
世界規模で
しかし、PD種の存在が確認されてからはや30年――今や世界規模にて足並みを
ごく
「都合よく、ここにいたとしたら?」
だから、男のその言葉に
「今、何て……」
「見たまえ、さっき私はこの施設が厳戒態勢にあると言った、その理由となるのがこれだよ――」
モニターで埋まった壁の中央、
監視カメラかなにかの
無音の映像の中、真っ直ぐな広い
画面の手前から奥に向かって、一台のマイクロバスが通った。
するとその時だ。
画面の奥から巨大な何かが
はじめは対向車だと思った。――しかし違う。
奥から迫ってくるその影は車線を
そしてハンドルを切って避けようとするバスに肉薄し、それを苦もなく弾き飛ばす。
カメラの方へと向かってきた影のその体積は凄まじい。
外面が金属のような光沢を持っていたが、四本足で
それは獣だった。
車両と同等な大きさの。
ただ一つ、身体を
金属質の
途轍もない重量感を
そして姿を消す。
映像はそこで停止した。
「とても
「調べる?」
「ああ、研究の為に
「マジかよ……」
さすがに言葉が出ない。
「ご覧の通りの馬鹿力で、鉄製の
「今もここに……?」
「無論だ。本来はこの地下施設、出入り口は多数にある。だが運の悪い事に奴が暴れまわったせいで分断され、封鎖した区画にそれらが集中してしまった。そしてこちら側に残された数少ない出入口の一つに、君達が
「……あんたら、PD種をお
俺達がキャンプファイヤーしてる地下深くでそんな事態が起こっていようとは。
連中にしてみれば、狭められた活動範囲と人員をさらに俺達で圧迫されたようなものか。
それで強硬手段に出た。
――
気まぐれでいいから俺らがあそこから去ってりゃ、こんな事態と関りもなかったというに。
「当初は効果があった薬――そのガスを用いた再度の捕獲作戦も失敗に終わり、死傷者も多数出た。
「そっちの
「勘違いして
嫌らしい笑みで俺の表情を覗き込む。
ガキの浅知恵なんてお見通しってか。
ホントに腹が立つ――自分が青すぎるガキだっていうその事実に。
俺の生き死になんざこいつ等にとってはどうでもいいんだろう。
この不気味な男、本当に「おもしろそう」だからという理由で俺の口車に乗ったのかもしれない。
その折だ――
俺達の後ろ、部屋のロックされた扉から短いブザーのような音が鳴る。
「入りなさい」
白衣が机のパネルを
視線は俺から外れ、ドアへと向けられる。
同時に俺は横合いの兵士達にせっつかれて部屋の壁側へと。
油圧式の頑丈な扉が横にスライドし、そこから入ってきた相手。
その姿に、まず俺は自身の眼を
なんとも突飛な
その身をプラスチックとも金属とも取れない材質の
全身
とんだSFチックである。
「
中身が見えないフルフェイスのメット越しの声。
くぐもってはいたが聞こえてきたのは女性のものだ。
見遣れば、背は高いがそのシルエットがいかにも
身体のラインを強調させる黒地のインナースーツは、内部の人間のその見事な
「待っていたよ〈ブレイズ〉、
「前のよりは動き易いです。それより教授――」
会話の最中、両手を後ろで錠されている俺の方へとSFチックな来室者が顔を向けた。
その途端、言葉も動きも凍りついたように止まってしまう。
こちらを
「どうかしたかね?」
「……いえ、なんでも……それより教授、セクターB5の奪還はいつになったら始まるのですか? 昨日からずっと待機指示のままで」
「わかっているさ、君からの要請はこれで何度目になるのだか」
「ならどうして私の出動許可を下さらないのですか? これ以上待つのは……」
「戦力が足りないのだ〈ブレイズ〉。既に多くの戦闘員を失った、大事な君を一人で向かわせて、もしもがあったら事だろう」
「……B5にはその私よりも大事なものがあるでしょうに」
「ふふふっ……そんな事はない、君も〝彼女〟も我々にとっては等しく
「なら
「だから、わかっているとも。実はついさっきその
「解決策?」
そこで白衣が面白がっているような視線をちらりと俺に当てる。
「そこの彼は将来UVFに所属し、PD種との戦闘を強く望んでいる実に
なんだそのご勝手な解釈は。
しかし、悔しいが今の俺には何も反論できない。
するとまた
まるで相手の言葉に
「……説明してくれますか?」
「言った通りの意味だ、彼を
「冗談でしょう? こんなっ……こんな誰とも知れない馬の骨が戦力になると言うつもりですか?」
途中言葉に詰まったが、しかし取り
「まあ、君の発言は
白衣の言葉に明らかに
話ぶりからも、この二人の立場は明白のようだ。――こんな面倒そうな上司、さぞ大変だろう。
「ここの部隊の装備では逃げ出したPD種に対抗できないのは証明済みだ、薬物やトラップの類も全て効果を得られなかった。悪いが、能力者である彼と君の二人に
「……わかりました、役に立つかはどうかとして、ともかく『それ』を連れていけば私の出動許可をくれると?」
「そういう事になる」
話はついたらしい。
俺とこのSFチックさんとで先ほどの熊の化け物を討伐せにゃならん訳だ。
というよりも俺たちを化け物と
この男、万一にも無事に仕留めて来て欲しいなどと思ってはいまい。
本当にそうなら全戦力を
俺たち二人だけで向かえなどと、片腹痛いにも程があるぜ。
俺ら異能者は、ほんと
しかし、身から出た
どこの誰なら予想できたと言うのか。
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