〈14〉



 連れて行かれた部屋に居たのは、痩せっぽちの白衣を着た神経質そうな男。

 それなりの高齢のようにもに見えるが、何か奇妙に生気に満ちている。端的に言うなら不気味な風貌だ。

 部屋に他に人の姿はなく、ドアから入った向かいの壁一面が複数のモニターで埋まっている。


「彼がそうかね?」


 年季の入った険しい眼つきで俺を捉えてから、脇の兵士に視線を移す。


「地上の非常用口付近にたむろしていた連中の一人です。どうやら異能の力を用いて、薬による昏倒を防いだようで」

「ふむ――」


 革靴で硬質な床を鳴らしながら、白衣の男が近づく。

 そして無造作に俺は首を傾けさせられる。

 どうやらうなじを覆っている土塊とそこに刺さったままの注射針をあらためているようだ。


「なるほど、さかしい真似をする。これではまた学園側に〝借り〟を作らねばならんではないか。面倒な事をしてくれたものだ」


 ぎろりと忌々いまいましげな目線が俺を穿うがった。

 だがその時、「おや?」というような顔を見せる。俺の顔をまじまじと見つめてだ。

 何だよ、知らねえジジイに見つめられて喜ぶ趣味はねえよ。


 しかしそれも束の間、こちらの首から注射筒を無造作に抜き放って離れる。


「で、あんた等は?」

「口を開くな!」


 がつっと、後ろの兵士に後頭部を肘で殴られた。

 膝を折らずに殴った奴をにらみ返せたのは我ながら賞賛に値する。


「やめなさい」


 今にも一触即発だった状況を白衣が静かに、しかし厳しい声で制する。


「心配せずとも我々も長峰ヶ丘の人間だよ。とは言え、君らと直接は関わり合いがない部類だがね」

「ここは?」

「研究施設だ。数ある内の一つの」

「研究施設……?」


 そこで思い至った。

 いくつもの噂にある、学園の地下十数キロにわたって組み込まれている特別な施設の事を。

 まさかのまさかで実在していらしたよ。


「それで、何で俺を――」

「それはこちらの台詞だろう。君達が何時間にも及んでこの施設の非常用出入り口をふさいでくれた所為せいで、色々と厄介な事態になっていてね」


 ここに連れてこられる前のあの小屋での光景を思い返す。


 なるほど出入り口ね。

 知らずとは言え、そんな物の近くで夜営をしていたわけか。


「厄介な事態? 何だかここが物騒な雰囲気なのと関係あんのか」

「……どうしてここがそうだと?」

「ここに来るまで、通路のいくつもが厳重に閉ざされていた。どう見ても物々しいだろここ」

「随分目ざといな。確かに、今この施設は厳戒態勢下だよ。そこに来て君らのようなのが地上への通路を塞いでくれた」

「そりゃ悪かった。けど一言、声を掛けてくれるだけでこころよ退いたんだがなあ」

「世の中には、おおやけにしないでおく方が都合の良いものもある」

「へえ……ここは誰にも知られたくない、秘密の地下基地ってか」

「君は質問してばかりだな。今度はこちらからもさせて貰えないかな」


 はぐらかすように白衣は身を揺すった。

 相手のペースにまれないよう、俺は悠長とも取れる態度に努めていた。


「あんたは話が通じそうだ。俺が答えられる事なら何なりと」

「ありがとう。ではまず、あそこで何をしていたか訊いてもいいかな? 学園の管轄区画からは遠く離れたあんな場所で、一体君らは何を?」

「何って夜を越そうとしてただけさ。実は俺達、道に迷ったんだよ」

「迷った?」

「課外授業ん時にさ、ちょっと森の奥まで足を延ばしたら、方向わかんなくなっちまって……。気づいたらあんな所まで彷徨さまよい歩いてた」


 白衣はあごに手を遣り、さも怪訝けげんそうな目でこちらをねぶる。

 まあ、普通はそういう態度になるか。


 俺は前置きをしてから、これまでの経緯いきさつを話す。――無論でっち上げを含めての釈明を開始した。

 庭園の横の森の奥まで、意図せず入り込んでしまっていた事。

 森の木々の密度が想像以上で、方角を簡単に見失ってしまった事。

 何より、〝不幸にも〟タブレットが通信障害を起こし、GPSによる位置取得の機能も連絡手段も使えなくなった事。

 そのせいで森の中をさらに迷い歩き、この蒼沼の付近まで来てしまった事。


「支給されているIDタブレットに不具合……?」

「ぶっちゃけウェブサイトへの接続どころか通話やチャットさえもできない状態なんだよ。助けを呼ぼうにも機能しねえもんだから、俺ら相当に焦ったさ。多分だけど、みんなでシェアして遊んでたあのアプリがまずかったんかな。思えば、拾ったゲームを取り込むなんて迂闊うかつだった」

「拾ったというのは?」

「友達がどっかで見つけてきたんだよ、USBメモリを。そこに色んなゲームアプリが入ってさ。ま、悪い事とは思いつつ興味本位でそれらを」

「……………」

「論より証拠だろ。胸ポケットに入ってる俺の、調べてみたらいい」


 ここぞとばかりに手札を切っていく。

 白衣はタブレットを抜き取ると、掛かっている生体認証のロックを俺に外させた。

 こればかりは嘘でも何でもなく、げんの通りその端末は通信機能を失っており、警備部隊からの警告文も受信されてはいない。

 もっとも、不慮ふりょではなくわざとそのウィルスを取り込んだ訳だが。


 その事実が確認した白衣だが、その表情に変わりはない。

 俺は空々しくならないギリギリの抑揚よくようで、さらに弁解を試みる。


「ほんと不幸な事故だよな。もう日も暮れそうだったから、捜索隊が来てくれるのを願って火を焚いて待ってたんだ。それがアンタ等みたいなのに拾われるとは」


 表情を見るまでもなく、俺の言葉に納得してないのは丸分かりだ。

 ここからどう取りつくろうかと心中で奮闘していたが、意外にも白衣はそれ以上の興味を示さなかった。


「まあいい。どの道、君をここから帰すわけにはいかなくなったのだからね」


 ――代わりに、フィクションの悪役が如何いかにも口にしそうな事を平然と放ってきた。


「……何だって?」

「我々の心遣いを賢しい真似で台無しにしたのは君だ。即効性が高く、記憶障害を起こすレベルの強力な昏睡薬で事を済ませておこうとしたにもかかわらず、あろう事か君は我々の存在を目撃してしまった。さすがにそれらの細部記憶までを都合よく抹消できる薬物は、まだ我々も開発できていない」

「何言ってんだ、あんた……」 

「心配はない。何も殺したりはしないとも。君は異能者だ。それも自在に能力を操れるレベルの貴重な素養を持つ。丁重にこの施設で生涯を終えさせてあげよう。――モルモットとしての」


 どうやら冗談を言ってる風ではない。

 線の細いその面に妙な迫力があった。


 秘密主義も度が過ぎると、こんな悪の組織みたいな事を平然と言ってしまうもんかね。

 実験動物としてここで生きろとか、ふざけんのにも程がある。


 どうするべきか。


 能力を使えば後ろの兵士を無力化するぐらいは出来る。

 後ろ手にじょうをされているが、その事で能力の使用に制限がかかる訳ではない。

 銃は向けられているが距離があまりに近い。

 これなら瞬時にその銃口に詰め物をしてやれる。


 ――動くか? 


「……」


 いや待て。

 奇跡的に俺一人ここから逃げおおせたとして、時野谷達はどうなる?

 この男の言では、俺以外は薬で眠らせるだけで済まそうという事だが、俺が逃げ出して秘密の漏洩ろうえいの危機が迫ったらきっとその限りではない。

 あの兵士達の会話の断片から、時野谷達はトラックへ乗せられそのまま学園へと運ばれたとも取れるが、それだって証拠はない。

 もしかしたらどこか別の地下施設に連れていかれた可能性だってある。

 そもそも羽佐間以外はその状態をこの眼で確かめてすらいない。

 あいつらの身柄がこの男達の手にある以上、軽はずみに動くのはリスクが大き過ぎる。


「ここの事は誰にも喋らないと誓う。一生だ」

「おもしろい事を言う。しかし、それをどうやって証明するというのかね」

「証明って……」

「今ここで出会ったばかりの君を、そこまで信頼できるかという話だよ」

「そんなもん……」

「そうだ――そんなものは無いはずだ。よって君の言質げんちに意味はない。それにどのようなたくらみかは知らぬが、学園が設けた最大の規則を逸脱した君らのような輩は、信用という言葉から程遠い」

「……ふざけんな!」


 思わずがなり声を立てる。


「俺は士官候補として国連軍に入って、いずれはUVFに所属して人類の為に戦うって目的があんだよ! ――こんなとこで実験動物なんてやってられるか!」


 言い返す言葉も見つからず、つい噛みつくように本音が漏れた。


「君は随分と愉快だな? そこそこ賢い素振りを見せたかと思えば、途端そんな子供みたいな台詞をわめき散らす。しかし、おもしろい。自ら望んでPD種との戦闘を夢見ているとはね」

「――悪いかよ⁉」

「いいや、人類にとってはありがたい話だろう。君のその忠誠心がどれ程のものかにもちなむが」

「……だろうさ。俺を実験動物なんかにするより、そっちのよっぽど有用だ」

「それで? 君がこの先、本当にPD種たちを駆逐くちくして、人類の安寧あんねいを図ってくれるというその保障はどう付けるね?」

「試してみりゃいいだろうが、この俺を」


 その挑むような俺の啖呵たんかに、白衣の男が途端に声を立てて笑い始めた。

 突然の事に、俺の方も少し戸惑った。


「本当におもしろいな君は。年端としはも行かぬくせして、この私と対等な気概で取引をしようとしている。つまりあれかね? 君は自らの価値を証明するから、見逃せと言いたいんだね?」

「……ああ」

「若い時分にありがちな、勢いだけの自分勝手な理屈を押し通そうとしているとも取れるが……興味深いじゃないか。そういう向こう見ずな若さは貴重だよ。そういう馬鹿馬鹿しい単純な原動力というものはね」


 よく分からんが俺の勢いだけの考え無しの提案に相手は乗り気だ。


 実際には、俺は駄々っ子を演じてこちらを見縊みくびらせ、わずかでも時野谷達の情報やそれに関する突破口を開こうとしていたに過ぎない。

 だってのにこの男、まるで考えが読めない。


「疾風に勁草けいそうを知るという言葉もあるぐらいだ。では君にその困難とやらを与えてみようか。君が勢いだけの馬鹿かどうか試してみよう」


 思ってた以上に事が良い方向に動いた。

 ともかく俺が秘密をらさない人間だと証明する――というよりは、味方に値する人間だと思わせればいい。

 その場限りでも、今はそういう風に振舞うべきだ。


 俺達の価値――それはこの特殊な能力をどれだけ人類の為に役立てれるか、今この世界で存在を許されるとしたらこの一点にいてしかない。

 それはこの場でも同じだ。


「所長、よろしいのですか」


 後ろの兵士が念を押すように問いかける。


「おもしろいじゃないか、実におもしろい。〈ブレイズ〉を呼んで、この愉快な彼の真価を確かめるとしよう」


 喉の奥で嫌な笑いを留め、白衣の男はモニターが整列している壁面へと向かう。そこに取り付けられている内線で何事かの指示を出す。


 ここまではいいが、何か不穏な気配はまだ拭えない。


「その〈ブレイズ〉って? 俺とそいつで模擬もぎ戦でもやれってか」


 おそらくそういう話なのだろうと予想できる。

 戦闘経験なんてこれっぽっちもだが、まるでやれない事はない。少なくとも訓練でならば多少の格闘術の心得がある。


 だが、白衣は俺の問いかけに首を横に振った。


「模擬戦? そんなものではつまらないだろう。それに君は言ったじゃないか、化け物と――PD種と戦いたいとね」

「そりゃ……けどPD種が今ここに都合よく居るわけないだろ」


 世界規模で散発的にPD型親類種は発現している。

 しかし、PD種の存在が確認されてからはや30年――今や世界規模にて足並みを揃え、体勢を整えている各国の軍事組織によって被害が出る前にきっちりと討伐されていた。

 ごく稀に強力な個体や大規模な群れが発生するが、18年前のあの災厄の戒めから、UVFをはじめとした対PD種専門部隊などの活躍により奴等が世界を跋扈ばっこする事態にはならない。

 く言う俺だって映像でしか相対した事はない。


「都合よく、ここに居たとしたら?」


 だから、男のその言葉に虚をかれた。


「今、何て……」


 面を喰らった俺をまるでからかうように、白衣はモニターの操作盤をいじる。


「見たまえ。さっき私は、この施設が厳戒態勢にあると言った。その理由となるのがこれだよ――」


 モニターで埋まった壁の中央、一際ひときわ大きなディスプレイに映像が流れ始めた。

 監視カメラかなにかの録画映像だ。


 無音の映像の中、真っ直ぐな広い車輌用通路が映っている。

 画面の手前から奥に向かって、一台のマイクロバスが通った。

 するとその時だ。

 画面の奥から巨大な何かが迫ってきた。

 はじめは対向車だと思った。――しかし違う。

 奥から迫ってくるその影は車線をへだてる分離帯のコンクリの支柱を破砕しながら、こちらへと真っ直ぐ向かって来る。

 そしてハンドルを切って避けようとするバスに肉薄し、それを苦もなく弾き飛ばす。

 ひしげたバスが二転三転してから、火花を散らして横倒しに滑っていく。

 カメラの方へと向かってきた影のその体積は凄まじい。

 外面が金属のような光沢を持っていたが、四本足で駆けていた。


 それは獣だった。

 車両と同等な大きさの。


 くまと言い表すべきだろうか。ハイイログマとかホッキョクグマとか。

 ただ一つ、身体を覆っていたのは毛皮ではない。

 金属質のきらめきを放つうろこのようなもの。


 途轍もない重量感をまとって、その獣がカメラの手前側へと迫る。

 そして姿を消す。


 映像はそこで停止した。


「とても普遍的なタイプのPD種だ。成育途中に突然変異したのだろう。外皮をかなりの硬度の金属に変換できるようだ。ただこれはサイズが少し異常だ。その点も含め、詳しく調べたかったのだが――」

「調べる?」

「ああ、研究の為に捕獲したのさ。都合良く数日前にこの近隣で発現した彼をね」

「マジかよ……」


 さすがに言葉が出ない。


「ご覧の通りの馬鹿力で、鉄製のおりや薄いコンクリートの壁なら容易く破壊して逃げ出した。おかげでこの地下施設はさんざん掻き回され、む無く災害用の20cm厚のチタン製シャッターを降ろして隔離かくりした。その所為で重要通路そのものが分断されて、現在のような状態だ」

「今もここに……?」

「無論だ。本来はこの地下施設、出入り口は多数にある。だが運の悪い事に奴が暴れまわったせいで分断され、封鎖した区画にそれらが集中してしまった。そしてこちら側に残された数少ない出入口の一つに、君達が居座っていたという訳だ」

「……あんたら、PD種をおうちで飼おうとしたのか」


 俺達がキャンプファイヤーしてる地下深くでそんな事態が起こっていようとは。

 連中にしてみれば、狭められた活動範囲と人員をさらに俺達で圧迫されたようなものか。

 それで強硬手段に出た。――機密保持の為、数名があの小屋の付近に潜んでこちらを監視していた風だからな。

 気まぐれでいいから俺らがあそこから去ってりゃ、こんな事態と関りもなかったというに。


「当初は効果があった薬――そのガスを用いた再度の捕獲作戦も失敗に終わり、死傷者も多数出た。駆除に切り替えて派遣した三つの部隊とも、現在連絡が取れなくてね。あれの外皮には銃火器の類がまるで役に立たないらしいからおよそ察しは付くが……」

「そっちの精鋭が敵わなかった相手を俺が? ――冗談キツイ」

「勘違いしてもらっては困るよ。この話を持ち掛けたのは君の方だろう? 我々はその取引に応じたまでだ。それとも何かね、実はその場限りの口上で時間を稼ぐつもりで、まさか本当にPD種と戦わせられるとは思っていなかったと?」


 嫌らしい笑みで俺の表情を覗き込む。

 ガキの浅知恵なんてお見通しってか。ホントに腹が立つ――自分が青すぎるガキだっていうその事実に。


 俺の生き死になんざこいつ等にとってはどうでもいいんだろう。

 この不気味な男、本当に「おもしろそう」だからという理由で俺の口車に乗ったのかもしれない。


 その折だ――

 俺達の後ろ、部屋のロックされた扉から短いブザーのような音が鳴る。


「入りなさい」


 白衣が机のパネルを覗いて操作し、そうマイクに声を通す。視線は俺から外してドアへ向けられる。

 同時に、俺は横合いの兵士達にせっつかれて部屋の壁側へと。


 油圧式の頑丈な扉が横にスライドし、そこから入ってきた相手。

 その姿に、まず眼を疑った。


 なんとも突飛な風体ふうていをしていた。

 その身をプラスチックとも金属とも取れない材質の保護具アーマーで固めている。宇宙服――あるいは装甲服とでも呼ぶべきか。

 全身くまなくというわけではなく、主に頭と胸、そして前腕ぜんわん下腿かたいをそれらの白い防具で固め、そこ以外は真っ黒なインナースーツのようなものだ。

 とんだSFチックである。


赤植あかばね教授、お呼びで」


 中身が見えないフルフェイスのメット越しの声。

 くぐもってはいたが聞こえてきたのは女性のものだ。

 見遣れば、背は高いがそのシルエットがいかにも扇情せんじょう的だった。

 身体のラインを強調させる黒地のインナースーツは、内部の人間のその見事な体型プロポーションを隠さずにさらしている。――このSFスーツのデザイナー、良い趣味だ。


「待っていたよ〈ブレイズ〉。改修したスーツの具合は?」

「前のよりは動き易いです。それより教授――」


 会話の最中、両手を後ろで錠されている俺の方へとSFチックな来室者が顔を向けた。

 その途端、言葉も動きも凍りついたように止まってしまう。

 こちらを凝視したままの相手に、俺はいぶしい視線を送り返す。


「どうかしたかね?」

「……いえ、なんでも。それより教授、セクターB5の奪還はいつになったら始まるのですか? 昨日からずっと待機指示のままで」

「わかっているさ。君からの要請はこれで何度目になるのだか」

「ならどうして私の出動許可を下さらないのですか? これ以上待つのは……」

「戦力が足りないのだ〈ブレイズ〉。既に多くの戦闘員を失った。大事な君を一人で向かわせて、もしもがあったら事だろう」

「……B5にはその私よりも大事なものがあるでしょうに」

「ふふふっ……そんな事はない。君も〝彼女〟も、我々にとっては等しく尊いよ」

「ならなおの事――」

「――だから、わかっているとも。実はついさっきその件で良好な解決策を見つけてね。それで君を呼び寄せたのだ。安心したまえ、もう待機指示はなしだ」

「解決策?」


 そこで白衣が面白がっているような視線をちらりと俺に当てる。


「そこの彼は将来UVFに所属し、PD種との戦闘を強く望んでいる実に勇敢な学園の生徒でね。その気持ちをんで、今回のPD種討伐に彼を参加させる事にした。施設の警備をになう戦闘部隊をこれ以上いたずらに減らすわけにもいかないのでね」


 なんだそのご勝手な解釈は。

 しかし、悔しいが今の俺には何も反論できない。


 するとまたしばらく間が空いた。


 まるで相手の言葉に戸惑いを隠せないという風に、たっぷりと幕間をとった後、危ぶむような声を返すSFチック。


「……説明してくれますか?」

「言った通りの意味だ。彼を盾にするもおとりにするもよし、君の思うように役立ててくれればいい」

「冗談でしょう? こんなっ……こんな誰とも知れない馬の骨が戦力になると言うつもりですか?」


 途中言葉に詰まったが、しかし取り繕ったようにそう後を吐き捨てる。


「まあ、君の発言はもっともだ。しかしね、彼は中々にあなどれないよ。度胸も申し分ない。したたかで知恵も働くようだ。君ほどの能力者ではないとしても、状況を不利にしないだけの役割は果たせるんじゃないかな」


 白衣の言葉に明らかに不服そうだが、以降は口を挟みはしないSFチック。

 話ぶりからも、この二人の立場は明白のようだ。――こんな面倒そうな上司、さぞ大変だろうに。


「ここの部隊の装備では逃げ出したPD種に対抗できないのは証明済みだ。薬物やトラップの類も全て効果を得られなかった。悪いが、能力者である彼と君の二人にたくすしかない。利口な君ならば、理解してくれるだろう」

「……わかりました。役に立つかはどうかとして、ともかく『それ』を連れていけば私の出動許可をくれると?」

「そういう事になる」


 話はついたらしい。


 はたで聞いていた為、これから何を行うのか確認するまでもない。

 俺とこのSFチックさんとで先ほどの熊の化け物を討伐せにゃならん訳だ。

 というよりも俺たちを化け物と潰し合わせる算段って所か。例え仕留めきれなくても、手傷を負わせられれば程度に考えてやがんだろう。


 この男、万一にも無事に仕留めて来て欲しいなどと思ってはいまい。

 本当にそうなら全戦力を以て事に臨む筈。

 俺たち二人だけで向かえなどと、片腹痛いにも程があるぜ。


 俺ら異能者は、ほんとていの良い鉄砲玉だな。



 身から出たさびとは言え、こんな状況――誰が予想できるかよ。



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