〈17〉



 部屋の扉は厳重に封されていたため、またダクト内を通って廊下側へ。


 下の階は車輌用の通路で無機質だったが、ここは小奇麗こぎれいな病院のような内装だ。白い壁とタイル模様の廊下、観葉植物やソファーなどの調度品まである。


 果たして、奴はこの階まで上がってきてるのか。


 気配がさっきからまるでない。

 ちょっと前まで激しくえ立てており、その反響が館内を揺らしていたのに。

 恐ろしい相手だが隔離かくりされたこの区画に放り込まれた以上、逃げ出すという選択肢は取れない。

 やるしかねえ訳だ。


「それで、どうするの?」

「そうだな、階段――いやエレベータを探そう」

「なら多分こっち」


 霧島の案内でエレベータのある場所まで向かう。


 途中、ソファーに掛けられていた薄い毛布を霧島に渡した。

 「動きにくくなる」とか文句を垂れて拒否する霧島にあごが外れる思いながらも、無理矢理にでもそれを身に着けさせる。

 つーか、下半身ほぼ丸出しで寒くないのかよ。いやそもそも普通その恰好でいられないだろ。人として――仮にも乙女として。


 彼女はそれをバスタオルの要領で身体に巻く。

 いやだから、着替える時ぐらい隠せってほんと。もう乳首とかアンダーとか無修正で拝みすぎて何も感じなくなってきてる自分がコワイ。

 普通、お年頃の少女が異性に着替えを見られたら「キャー」とかそういうかんばしい反応を示すんじゃないの? ――何これ? 

 逆に自分が涅槃ねはんの境地に達しかけてる合間に霧島は毛布を身に着け、その上から俺のブレザーを再び羽織った。


 ま、これで俺の精神衛生は無事保たれる。


 他にも、緊急時用の防災装備の類が壁のガラスケースに入ってるのを見つけ、叩き割ってロープと防火斧を取り出す。


 そして目的のエレベータに着く。


 L字状の廊下の突き当たりにそれはあった。

 荷物や大型の資機材の搬入用だろうか、かなりのスペースを有している。――車が二台並んで余裕で入り切る広さだ。

 表示盤を見ると階層は地下5階までしかない。

 今、俺達は地下3階にいる。

 ここへ入ってきた車輌用幹線道路が広がる高さのある層、あれが地下4階。

 その下にまだ一層、発電装置などのインフラ設備のためのフロアがあるようだ。


「電源が落ちてる。動かないわ、これ」

「多分そっちのが好都合だ」

「一体どういう事? いい加減、何考えてるか話してもらえる」

「まあ、ちょっと待てって」


 そう言って俺は、担いでいた防火斧をエレベータのドアの隙間に差し込んで梃子てこの原理でじ開けた。

 中を覗いて、上の方に「かご」があるのを確認する。

 右手には通気口、左手には昇降機のガイドレール。

 そして下は向けばそこはもうただの縦穴だ。


「……よし」


 その形状を確認し、俺は声に出してうなずいた。

 霧島を振り向く。


「かなりの下準備が必要だ。いいか霧島、心して聴いてくれ――」






















 自分に打てる最善の策を仕掛け、俺は一人、目標である化け熊を探しに戻った。


 警戒した足取りで施設内を探索する。


 すると、気配はないが俺達がさっきまで居た3階に奴の痕跡。

 幅のある昇り階段、その側面と言わずに床面と言わず、何かがこすったような後が地下4階から3階へと続いていた。

 奴の血、そしてそれによって烙印らくいんされた足跡だ。――全身火傷の重傷を負っているのだ、皮膚ひふ壊死えししてぐずぐずだろう。

 それを追えば奴が潜んでいる場所を割り出せる。


 慎重に血痕を追跡し、大広間のような場所まで差し掛かった。


 そこでは、まるでバリケードのように事務用のデスクが積み上げられていた。

 その他にも様々な物が散乱している。

 ここが隔離される際に残った職員が必死の抵抗で作り上げたのか。今は無残に荒らされ、そこに人影など見当たらない。


 内部は所々で電気が点いてない。

 それというのも、あの化け熊が暴れ回って壁の配線を壊しているからだ。箇所によって電力の供給が途絶えている。

 故に薄暗く、やたらと静かだ。


 握った防火斧に力が入る。

 あの鋼鉄の皮膚は焼け落ちたとはいえ、4,5mの獣にこんなものが通用するとは最初から思ってない。

 まあ、精神安定剤の一種だ。――RFB銃火器を放り捨てたのをひどく後悔してる。


 広間を過ぎるとその先は廊下が交差し、幾つかの部屋が連続した造り。


 血の足跡は真っすぐ向こうに続いている。

 ここを通り過ぎて行ったようだが、さっきまで探し回るようだった足跡が、この先から随分と迷いがない。

 明かりが消えている左右の通路には見向きもせず、足跡は前方へと。


 何かを見つけたのか? もしや俺たち以外に生存者が? ――そう思い立ち、自然と足がはやった。


 しかし、その瞬間――

 俺は刺されるような懸念によって動きを止めた。


 どこかで覚えがある。

 今のこの状態、どこか見た事のある状況だ。


 そして、まさに俺のその臆病さが自身を救ったと知ったのは、通路の曲がり角が爆砕するように吹き飛んだのを見てから。

 巨大な影が脇の暗がりから飛び出し、反射的に大きく後方にステップして距離を空けていた。


 自慢の豪腕で角壁を叩き崩したのは、無論あの化け熊。


 「止め足」――だ。

 熊が山で猟師などに追われた際に行う、待ち伏せの奇襲戦法。

 自分の足跡を後ろ向きで辿たどることによって追跡者を撹乱かくらんし、多くは脇手のやぶやらに跳んで身をひそめ、待ち構える。

 あのまま俺が無防備にその十字路から顔を覗かせていたなら、まず間違いなく仕留められていた。

 ――ヒグマの特集回、見といて良かったあ。

 

 奇襲が失敗に終わるや、奴はその巨躯きょくを惜し気もなく晒してあのつんざく咆哮をぶちかます。

 明かりの下に照らされたその姿は、皮膚が焼けただれていて想像以上にグロテスクだ。


 ともかくまあ、これで開戦の狼煙のろしは無事に上がった。

 第二ラウンドだ――化けもんが。

















 たけるお化けのクマたんを上手にあやしながら、来た道を駆け戻る。


 途中、曲がり角のたびにその床に泥溜どろだまりを張ってみたが、やっこさんあの事が余程トラウマになってると見える。

 決して速度は出し過ぎず、爪を立てて巧妙に減速していた。


 お蔭で、背中の肉をえぐられている俺でもその足から逃げ切れる事が出来ていた。

 それが歯痒いのか、奴は怒り心頭に壁を切り裂いたり、辺りの物を所構わず粉砕して回る。


 目的であるエレベータの前まで至る。

 振り返ると、今まさに角の壁を爪で抉り取るようにしてあの化け熊が姿を現す。

 ここはL字状の廊下の突き当たり、もう先はない。

 それを知ってか、奴はのしりのしりとベタ足で距離を詰める。

 恐ろしげな呼吸音が徐々じょじょに近づく。


 奴と目線を合わせたまま、り足で脇の開いたまんまのエレベータの扉の奥へと足を運ぶ。


 その中には、かごが降りてきてもないというのに床があった。

 土色の床、それは能力で縦穴にまくを張るかのようにして造った代物。

 その奥の壁まで退き、上部から垂れ下がっている等間隔に輪っかを形成したロープを掴む。

 一本縄で作ったその縄梯子なわばしごを肩からたすきのように巻いて固定する。


 奴がドアの向こうから顔を覗かせた。


 こうも間近に迫ると、流石にその圧倒的な肉の質量におののかせられる。

 大きな口から覗く牙にだらりとした唾液がぬめって光る。

 丸太なんて目じゃない太さの前足が、厚みのあるそのスライド扉を軽くひん曲げる。


 その規格外の巨体が、今まさに入り口をじ開けるようにして身をすべり込ませた。

 そして重苦しい圧を伴ってその爪が伸びる。

 限られた空間内でそのぶっとい腕の攻撃をかわすなんて冷や汗もの。

 たまらず上部から垂れ下がったロープを使い、後ろの壁に張り付くようにしてじ登る。

 高さができた分、奴の腕はもっとエレベータ内に踏み込まないと届かなくなる。


 そう、俺の狙いは奴をこの内部へと誘うことだった。


 だと言うのに――

 奴はその場で動きを止める。


 入り口から腕を必死で伸ばすばかりで、その身体全体を押し込もうとはしない。

 どうやらあの張り子の壁戦法がよっぽど印象深いらしい。

 獣のクセに、これが張り子の床だと気づいてやがる。


「おいこらァ! 大人しく入ってこいや――この化け熊がァッ!」

 

 壁に張り付き上から罵声を浴びせる。

 無論、言葉など通じないが、それでも奴は反応を示すようにえかかった。


「ほら、お客さぁん! もっと奥まで詰めて下さいねぇ!」


 伸びてくる腕に斧を叩きつけてはみるが、不安定な体勢な所為せいもあり、奴にとっては撫でられてる程度か。



 ここに来て膠着こうちゃく状態が続く。



 あともう少しかそこら、奴が前に進みでてくれば俺の思惑通りに事が運ぶというのに。

 その為のあと一手がどうにも足りない。


「この糞野郎がッ! 妙な知恵つけやがって! いいから入ってこいよ――おい⁉」


 ムキになって上から怒鳴り散らしてみるが、なんともむなしいだけ。

 ついでとばかりに斧を投げつけてみたがさも容易く前足で叩き落される。


 どうもダメだ。


 奴の警戒心は想定以上。

 頑なにエレベータの内部に入ろうとしない。

 苛立いらだたしげに壁を揺らし、ドアをひしげさせるものの、決してこっちまで突入はしてこない。

 そして両前足で内部の床を確かめるように、だんっだんっと何度も跳ねている。


「いやいや、全然大丈夫だからね? ほんと何の問題もないからね? 大人しくこっちまで入ってこようね?」


 ご機嫌を取るようにそんな声を掛けるが、やはり効果の程はない。


「わかった。何もしないから、ほんと何もしないから。いいから入ってこよう。先っちょ、先っちょだけだから」


 これは完全にこっちの狙いがばれてるっぽい。

 畜生風情とあなどっていたのはびなくちゃだ。


 OK、もう覚悟を決める他ない。

 待っていても足りないあと一手は引き寄せられない。

 自分からその一手を奪いに行かなければ。


 激しい心音とともに乱れる呼吸を懸命に整え、俺は大胆にも、じ登っていたそこからとび降りた。


 途端、巨大な腕が空気を割いては鼻先をかすめる。

 間抜けな悲鳴を漏らしつつ、何とかその大降りなフックを尻餅をつく体勢でかわした。


「お、おらぁ! そんなパンチじゃ世界はれねえぞ! ほれ、ワンツー! ワンツー! もっと打ち込んでこぉーい!」


 後ろの壁に寄り切りつつ、俺は自慢のフットワーク(大嘘)で眼前の化け熊を翻弄ほんろうする動きを見せてやる。


「ほらほらほら! ジャブばかりじゃなく、もっと腰の入ったのをお見舞いしてこいよ⁉ もっとしっかり踏み込んで打てって!」


 世界チャンプを育てる名トレーナーの気分で腰砕けなそのジャブを非難する。

 砕けてるのは俺の腰か。――いやだって質量の違いから、そんなのでも喰らったら軽く死ねるんですもの。


 爪を伸ばし、しかしそれは目標に触れられず、土の床を抉り取っていく。

 半身を差し込むようにして片方の前足だけで俺をこの場から掻き出そうとするが、こちらとて腕一本なら避けられる。


 やがて、少し俺の方も大胆に動く。

 引っ込めるその腕に合わせてこちらも前に出る。

 そして再び素早く伸びてくる爪に合わせてまたステップで退く。

 その嫌らしい挑発を繰り返し、相手の動きを少しずつ狂わせていく。


 傍目はためにはじゃれあってるように見えるだろうが、俺の立場から言えばいつこの顔面を削り取られるかという状況。

 正直、必死ですよこれ。


 そんな形振なりふり構わずの俺の戦法。

 だが、次第と功を奏す。

 奴が欲を出し始めた結果、その身が少しづつ内部へと入り込んできた。


 と――

 こいつ自身もきっと驚いたろう。

 その身がエレベータ内部へ入り込んでも床に何ら影響がなかったのだから。


 その巨体の半分以上が内部にある。

 それでも床はびくともしない。

 てっきり少しでも体重を掛ければその床は崩落すると思いこんでいたろう。

 ほらぁ、だから「大丈夫」って言ったじゃん。


 さて、すかしを喰らった奴は、次第とすぐ目の前に俺という餌がぶら下がっている事に思い至った。

 その身を悠然と揺らして内部へとさらに足を踏み込む。

 こちら側にもう逃げ道がないと知ってか、腕すら伸ばしてこない。



 大ピンチであった。



 ――いいや、ご心配なく。俺の目論見通り。



 奴がより深く内部へと至り、そして床の中心の一点に足を掛けた瞬間、その一部分だけがすっぽ抜ける。

 その穴に前足を取られて、若干姿勢を崩したまさにその時――盤石ばんじゃくだった床が、危うい音を立ててきしみ始める。


 そして次の瞬間、床に均等な網目を描いて亀裂が走った。


 立っていた地面が突如として傾いたかと思いきや、瞬く間に消失していく。

 しかし、その崩落は下に向けてではない。

 その〝張り子〟の床は乾いた粘土がバラバラと割れるが如く、壁際からまるで流れ出るよう細切れになった床の破片が中央に向かって落ちる。

 土床はエレベータ内部のへりだけを残し、完全に崩落。

 その奇妙な崩壊にあおりをくらう姿勢で俺も奴もバランスを失う。

 重力により落下したこの身に直ぐにもロープがびんと張る。振り子の作用で奥の壁面に体が叩き付けられる。


 肋骨がひどく痛んだが、意識を失ってるいとまなどはない。何故なら、奴も完全には落ち切ってはいないからだ。

 鋭敏にも片方の前足でエレベータの外側に爪を立てたらしく、奴も腕一本で宙吊り状態。


 その好機を決して見逃す訳にはいかない。


 未だ爪が深く食い込んではいるものの、壊死した奴の皮膚からあふれでる血液は潤滑油じゅんかつゆの代わりにもなる。

 それでも確実じゃない。

 俺は壁に手を付け、自身の能力を発動させる。

 壁を伝うように土塊を流動させ、エレベータの入り口――奴が爪を食い込ませるその箇所に到達させた。


 奴はさも胆を冷やしたろうぜ。

 爪を立てていたその硬質な床から、軟らかな粘土質の塊――そんなものが止めなくあふれてきたのだから。


 その身を固定していた自慢の長い爪は、それらに邪魔をされて外れる。

 奴のその巨体が抗えぬ重力によって引っ張られる。

 それでも最後の足掻きの如く爪を伸ばし、エレベータ内部の垂直な壁を抉り取りながら真下に線を残す。


 化け熊が、完全に奈落の底のような闇へと落ちた。


 俺はその光景を食い入るように見つめる。

 奴が落下していった先に何本もの巨大なとげが仕掛けられていた。今度は高さと自重によって、さぞ深々と突き刺さるはずだ。


 これまで聞いた事もないような重苦しい衝撃音がその場に響く。そして施設全体を大きく揺さぶり、奴は何本もの棘に串刺しとなった。


「――霧島ぁ‼」


 下に向かってあらん限りの大声で叫ぶ。

 直後、下からぼっと炎がともる。

 それは瞬くスピードでこの縦穴を埋め尽くさんばかりに拡がった。


 俺は最後の一手を放つ。

 先程のような土の床面――今度は何の仕掛けもない、熱を完璧に遮断できるだけのただ分厚いのをこの縦穴に形成する。

 そうして、奴の上に「蓋」をする。


 下から迫り来る大蛇のような橙色のほむら

 しかしそれは俺の元へと到達する直前に分厚い土壁によってさえぎられ、またこの縦穴内は漆黒に染まる。

 しかし、脇の通気口からその片鱗へんりんが支流のようにして駆け上ってきては噴き出す。

 こっちの位置が悪けりゃ大火傷だ。

 熱せられて膨脹した空気も突風となって吹き込む。


 壁にへだてられた下層はさらにすごい状態だろう。

 事実、施設内を奴のくぐもった雄叫びが連続して貫いた。



 種明かしをしようか。――



 あの奇妙な床の崩壊の仕組み、それはその構造にあった。

 外側から中心に掛けて、圧力が集中するような構造を作った訳だ。


 まずエレベータのへりにだけ強固な足場を形成する。

 そして仮の薄い床を張り、その上に特殊なかたに形成した硬い岩盤をうろこのように配置していく。

 それらは横から見るとクランクの形をした代物で、縁部分に引っ掛ける要領で若干じゃっかんの傾斜をつけて順番に重ねていく構造をとった。


 そして、その中心部にせんをする。


 この詮は平行方向からの圧迫で宙吊りの状態で、この部分だけは上方からの力に抵抗が弱い。

 つまり奴がその中心部分に足を掛けると重みでそこが抜け落ち、たがを外された複合床はその重量を逃そうと中心部に向かって流れ落ちていく。

 仮床は元々からして奴の体重を支えきれる強度でないから、結果、磐石だった床は雪崩のように抜けていき瓦解がかいする仕組み。

 奴がどれだけ体重を掛けて確かめようとも力のベクトルは中心へと向かうので、そのある一点を抜きさえしなければあの仕掛け床はびくともしない。


 ひどく面倒な作業だったが、その価値は十二分だ。

 単純な張り子の床であったなら奴を確実に落とせなかった。最初はなっから、奴は警戒をげんにしていた。


 そして、上から蓋をしたこの状態はつまりかまどである。


 土壁で覆われた内部は熱を逃がさず、効率的に温度を増加させる。

 霧島が能力を持続させて使用できない以上、放った熱を逃がさないこの構造の中に奴を誘い込む必要があった。

 最下層の扉の前に何層も重ね合わせるようにして時間を掛けて造り上げた2平方メートルの土壁を設置し、そこの一部に穿孔せんこうを作り炎の通り道を空けている。

 そして俺が上から棘をこしらえた地面へと奴を落として蓋をすれば、この特製大竈おおかまどは完成と相成る訳だ。


 奴は棘に貫かれ身動きの取れない状態で霧島の炎を断続的に注ぎ込まれる。

 例え棘から抜け出せたとしても、唯一の脱出口である扉は2平方メートルの壁によってふさがれている。

 あとはじっくり「火が通る」のを待つだけ。



 とまあ、こういう仕掛けであった。――

















 俺はロープを外して、エレベータの内部から脱出する。

 がらにもなく無茶を重ねた。


 地の底から響いてくるような音――施設内の壁を伝って凄まじいあの咆哮がまだ鳴り止まずにいる。

 時折、衝突音のようなものが聞こえてまた施設全体が揺れる。

 逃げ場のない灼熱しゃくねつ地獄で身を打ち付けて暴れているのか。なまじ強靭きょうじんすぎる生命力がこうも残酷な結果を招く事になろうとは。


 地獄の亡者がもがき苦しむかのようなその叫びは、俺が地下5階に辿りつくまでずっと続いていた。


 通路を塞ぎ切ったその土壁に寄り掛かっている霧島。玉の汗を浮かべ、息を切らしていた。

 ――ようやく、終わったのか。


「……うまく、行ったようね」

「ああ」


 霧島が自分の肩を抱きながら苦しそうに顔を歪める。

 間隔を空けての使用とは言え、連続で能力を使い続けていたのだ。その疲労の度合いは測り知れない。


 土壁かまどの奥からは、まだ赤々とした光が生き物のように激しくのたうっている。

 その向こうはどのような状態か。


 思えば、哀れだった。


 奴だって望んであんな姿になったんじゃない。

 俺達と同じだ。

 ある日突然、訳の分からない力に目覚め、そして周りから勝手に線引かれ、挙句に迫害される。


 いや、違うな。


 俺達よりもさらにむごい。

 奴は本来PD種として発症する事はなかった個体かもしれないのだ。

 それを勝手にいじくられ、無機質に生み落とされ、こんな結果に至った。


 俺達のこの力は人類を守る為にある。

 この力は化け物と戦う為にある。

 そう思っていた。


 人類と異能者―― 

 化け物ってのは一体どっちを指しての事か。


 決して揺るがないと思っていたものが、風に吹かれるだけその身を粉に変えて散っていく。

 思考のループから抜け出せなくなりそうだ。


 自分はもっと割り切って考えられると思っていた。

 実際問題としてPD種の存在が大きな害である事実に変わりはない。

 それでも、ただ生きようとしてる相手を殺すのは、何かひどく遣る瀬無い。



正義の味方ヒーローか――」


 文治さんなら、どう答えてくれるんだろう。



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