〈10〉


 木々ではばまれた森の最中、俺達は方向を失わないようにだけを留意し足を運ぶ。

 道なんてものはなく、足場の悪さは相当だ。


 そろそろ例の境界域だろうか。

 タブレットの通信機能は封じたが、それで本当に警告文が俺達の端末に受信されないのかどうか。


 しばらく歩を進めたが、この高性能な端末はぴくりとも反応しない。

 どうやらあの違法プログラムはその役目をきっちり果たしたらしい。

 これで警備部隊に連行される破目はめになっても、この端末の履歴を見せて「警告が来なかったから、学園の指定領域外だなんて気づかなかった」という言い逃れが可能となったわけだ。


 さて、ここまでくればもう今さら引き返す事自体が徒労となるためか、みな計画を中止しようとは口にしない。

 ある意味、羽佐間の思惑通りなのかもしれないが、俺としても乗っかると腹に決めて掛かっているわけだから言う事はない。


「羽佐間、距離的にあとどれくらいで森を抜け切れそうだ?」


 先頭を行く俺は、後ろを振り返ってそう問う。


「知らね」


 生いしげった木々の合間からも周辺の空域を警戒してる様子の羽佐間が向き直ってけ顔で答えた。


「お前な……」

「仕方ねーだろ、ここの地理を完璧に把握できるかよ」


 まあ、実際その通りではある。

 さらにその視線を後ろへと向けると水宮と神山が並び、最後尾を時野谷がちょっと遅れて付いてきている。

 時野谷の表情は、若干疲れた様子だ。


 その事で俺はペースを急かしすぎていた自分の迂闊うかつさに気づいた。

 実年齢は同じだとしても、時野谷の肉体は10歳前後で成長が止まってしまっている。

 体力的に子供である彼にとって、ここまでの道のりですら負担が大きい。


 俺は行軍の速度を緩める。


 時野谷だけでなく、いかにも体力の無さそうな神山達を気遣い、先導する俺は進行の邪魔になるであろう雑草を踏みならし、突き出る小枝などをし折って、さらに地形がひどい箇所には能力で舗装ほそうまでほどこしていた。

 縦列じゅうれつになって後ろを続く皆に配慮していたつもりだが、まだ足らなかったようだ。


 ちなみに水宮と神山の二人はわりと平気そうだ。

 というか、二人してさっきインストールした偽装用のゲームを協力プレイでやり込んでる様子。

 歩きスマホはただでさえ危険だというに、そして俺が必死で平坦な道をこしらえてやってるというに、その事に気づきもしてねえなありゃ。


「ああっ! ゆづちー、ゴメーン! あかんわ、またうちのせいでゲームーオーバーや。このパズルゲーム、結構シビアやな」

「でも、意外と単純な分……やり応え、あるかも」

「ゆづちーゲームうまいんやなぁ。なんかうちが足引っ張ってばっかや」

「だだ、ダイジョウブ……! 気にしてないカラ! ……あ、でも、前後のブロックの配置も計算して動かせばもっとスコア稼げると思う」

「そういう事考え出すと指が追っつかなくなんねん」


 という感じで、まさにお気楽モードの二人。

 本当にそれで遊ぶ必要もないんだがな。――真面目なのか、単純なのか。


「おいおい、あんましやってると充電なくなっちまうぞ」


 羽佐間が空ばかり見上げているのに飽き、首をほぐすように水宮達を振り返った。


「つーか水宮の場合、パズルゲーだけじゃなく、アクションとかリズムゲーとかも苦手そうだよな」

「なんよぉ? 失礼やないの、はざーちゃん」

「だってよー水宮、お前ってそんな感じだし」

「そんなら自分はどうなん? ゲーム得意なん?」 

「俺か? まあ、自慢じゃねーがそこそこのレベルつーか? どんなジャンルも卒なくこなせるつーか?」

「自慢しぃ!」


 得意げな顔の羽佐間に水宮は目をしかめて口をいーっと横に広げている。

 ほんともう、緊張感ねえな。


「まあでも、ゲームが得意つっても玄田レベルの廃人度ならどん引きだけどよ」

「なんだとおい」

「お前のFPSの腕はキチガイレベルだもんな。てーかキチガイFPS厨」


 最近流行りの新感覚のVR専用対人型オンラインFPSゲーム――羽佐間に誘われて軽い気持ちでやってみたら、思いのほかのめり込んでしまったそれの事を話しているらしい。


「おう、自分がへっぽこだからって俺を持ち上げて相対的に自身の腕前も引き上げようとすんのやめろや」

「いやマジ、お前のは正気を疑うレベルだぜ。そりゃあはじめてからわずか一ヶ月で、個人戦績だけならトップランカーの仲間入りも果たすわな」

「そもそもなあ、反射神経だけでどうにかなると思ってるお前みたいなのが何を言うかと問いたい。FPSに限らず対人戦ってのは、その場の状況をつぶさに見定める事に始まって、敵の行動をいかに予測できるかという次元に至り、ひいては相手の心理の裏を突くという高度な思考力と判断力が物を言う世界なんだよ。突っ込んで何とかなると思ってるお前のスタンスじゃ一生上達しねえんだよ。――退くことを覚えろカス!」

「まーた始まったぜ……」


 この前の団体戦公式試合トーナメントマッチにて、羽佐間コイツのせいで負けた恨みが後半に噴き出してしまったが――まあ、それはそれとして。

 初めはちょっとした興味本位だったが、俺の場合は学園を卒業したあかつきには軍属を希望している身だ。もしかしたら訓練の一環になるかもとやり込んでいる次第。

 まあ無論、実経験のないこの身上としては、知識ばかりをたくわえ仮想でいい気になっている典型的なミリオタ風情という批判を脱しきれない訳だが。


 そんな俺達のお気楽な会話の合間に、ようやく息を整えたらしい時野谷が輪に足を加えていた。

 とは言え、まだまだ道のりは長い。

 小まめに休憩を挟みつつ進んだ方がよさそうだ。


 今は南西へと進路を取っているが、この深い森を抜けきるのはまだの様だ。



 するとそんな折――


「おいおい……どうなってんだよありゃ……」


 視線を前に戻した羽佐間が動転した声を上げては固まっている。

 しかしその先には、生い茂る木々が変わらずに広がっているだけだ。


「なんだよ羽佐間、ふざけてんのか」

「いや、悪い。そうじゃなくてだな……この先、なんかすげー事になってんだ」


 羽佐間はひたいを軽く押さえるようにしてうめいていた。

 どうやら俺達の肉眼では捉え切れない何かの異常があるらしい。



 羽佐間のそのおびえた言動の理由は、半時を費やしてようやく判明した。



 次第と木々の合間から見えてきたその光景を見て、さすがに俺達も目を見張った。


「なんだこりゃ……?」


 思わず声が太くなる。

 ようやくと森の切れ目に出たかと思えたが違った。

 森の木々、その一部が何か大きな力によってか引き倒され、ぎ払われている。

 みきからし折られてささくれ立った切り株が乱立している。

 折れて転がっているその破片の中には細切れとなっているものまである。


「うわっ! どないなってんのここ?」

「……スゴイ……」

「なんで、こんな事になってるんだろう……」


 後から歩いてきた時野谷たちも皆一様に眼を丸くしている様子だ。


「ここ最近、台風でもきてったっけか」


 この状態を予め察知していた羽佐間が、誰に向けてでもなくそんな呟きを漏らす。


「普通……台風が原因でこんな局所的な破壊は起きねえぞ」


 その破壊跡は森全体ではなく、まるでしま状に、破壊されている部分とそうでない部分が明確に分かれていた。


「だよな。じゃあ、一体何なんだコレ?」

「……わからん」

「土砂崩れでもあったのかな? なんだか大岩でも転がってきたみたいな跡だけど」


 時野谷が控え目に意見を述べる。


「確かに。大岩というか、重機かなんかで構わず森の中に突っ込んだみたいだな」

「ここいらを開拓でもすんのか」

「そういう風な跡だって話だ。実際に森林を切りひらく際にだって、こんな無軌道な方法を取るもんか」

「この異常だがよ、このまま西の蒼沼の方へと続いてるっぽいんだよ」

「本当かそれ……?」


 取り繕っているが、薄気味悪さを隠せていない羽佐間が首を引いて頷く。


 楽観主義の羽佐間をしてそんな状態にさせる、どうにもに落ちない光景だ。

 もしかして学園西側のセンサー群が壊れているらしいというのは、眼前のこの様相が原因なのだろうか。


 それにしたってこれは余りの状態ではないか。

 そもそもこんな状態に至る原因も理由もとんと思い当たらない。


 俺は、何やら悪い予感が自分の胸に芽生えてきたのを意識する。























 真っ直ぐ進路を南西にとっていた俺達の前で今度こそ木々は途切れ、拓けた平原地帯に差し掛かる。

 ここまでで、道のりは約3分の1といった所か。


 ここからは進路を北西へと変え、この見渡す限りの平野を渡って行けば、蒼沼へと着けるはずだ。


 先ほどの奇妙な光景が引っかかってはいたが、晴天の下、柔らかい微風が草花を撫でていく様はどこまでもなごやかで、次第と気分も緩んでくる。

 皆一様にこのやんちゃなピクニックを楽しむ空気に立ち返っていた。



 さて、そんな平野をく中、羽佐間が自信満々で打ち出したこの「つい最近は……岩に隠れとったのか?」作戦だが、正直空からのヘリの監視に対してその効果が覿面てきめんだったかは判断つかない。

 というのも俺達は高高度を飛翔する旅客機の影こそは見たものの、近辺を監視するために飛ばされている低空を飛ぶヘリやドローンの類すら、一度たりとて見ていない。


「空挺パトロールとは何なのか」


 あまりに穏やかな青空を眺めながら、俺は意図せずそんな言葉を口にしていた。


「おっかしーな」


 俺の問いに、当の羽佐間も疑念を拭えない表情で首をめぐらしている。


 俺達は今、なだらかな平野の小路を歩んでいる。

 周りには確かに背の低い草花しか生えておらず身を隠す場所はない。

 だが逆に視界は良好である。

 空は晴れ渡っていて静かで、未だ何の異常も見受けられない。

 羽佐間もその特別な眼を使って四方の空を見渡しているが、やはりヘリの機影などは見えないらしい。


 その草原の最中に作られた地肌の跡を辿りながら、本当にこれではピクニックでしかないなと間抜けな気分になる。

 肩透かしを喰らった状態ってのはこの事。


「でも見つからんにはこした事ないんちゃう?」

「そりゃそうだが」

「なら、ええやん」


 行楽気分が最もはなはだしい水宮は、紙パックのジュースを飲みながら俺達を振り返って後ろ向きに歩いている。

 強い日差しに晒されているせいか、彼女はブレザーの上を脱いでホワイトシャツ姿だ。

 その白が無駄に眩しい。


「何事も無いのが逆に不安をあおってくるんだよ」

「りょーちん気にしすぎ」

「いや、どちらかと言うとその無警戒さこそを……」

「ていうか今日天気良すぎやわ。もー、ほんま暑いぃ!」

「――話を聞け」


 水宮は平手でぱたぱたと顔をあおいでいる。

 確かにまだ夏本番に遠く及ばないとは言え、汗ばむ陽気がここ最近続いている。

 俺や羽佐間なんかも、早々に上着を取っ払った状態だ。


「なあ、りょーちん」

「何だよ」

「りょーちんの能力で日陰作ってぇや。こっから、蒼沼までの道すがら全部に」

「全部にって……」

「トンネルみたいなんを一気にドバーッて作ってぇーやぁー」

「あー、そりゃいいや。思い付かなかったが、そうすりゃ俺も来もしないヘリを警戒して空見上げてる必要もなくなるしな。よし、頼んだぜ玄田!」

「……お前ら、俺を過労死でもさせる気か?」

「だってめっちゃ暑いんやもん。ずっと歩きっぱなしで汗びっちょりやねんで?」


 そう水宮は子供のように口を尖らせてねた風だ。


「なあ? 暑いやんなーゆづちー?」

「う、うん……。でも私……どちらかと言うと寒がりだから……」

「そうなんや。うちなんか、もうこんな状態やわ」


 汗で貼り付いて不快なのだろう。

 水宮はシャツの襟口を摘まんで拡げ、その内側に風を送っている。

 健康的と言うべきか、歳相応に肉付きが良いと言うべきか。

 そんな動作をすると彼女のその豊かな二つのふくらみがより強調されて、なんというかほら、思わず眼が釘づけられる思春期の抗えぬ衝動的な。女子のこういう無防備さってそそるよね的な。アレがアレでアレする的な。まあ要約すると――ナイスおっぱい。 

 隣を歩む羽佐間も遠い眼をして「ほぅ……」という至福の吐息をうつ。


「――太陽よ! もっともっとこの大地を焦がしてくれぇぇぇっ‼」


 若さ故の行き場のない情動に身を任せ、羽佐間は天に両腕を掲げて叫び切った。


「へ? これ以上なんで暑くするん?」


 そして理解できてない水宮の間の抜けた顔。

 お前のそういうところ、イエスだね。


「気持ちはわかるが羽佐間、いいからちゃんと付近の警戒しておけ」


 まったく、こいつらの無警戒っぷりは何とかならんのか。

 もし見つかったらここまで歩いてきた事が全て水の泡だと言うに。

 独りで意識を尖らせている自身が馬鹿らしく感じる。



「……あれ?」


 と――

 最後尾を歩いていた時野谷が、何かに気づいたような声を上げる。


「どした時野谷?」


 振り返れば時野谷も同じようにして後ろを向いており、俺の視線は彼のそのフワフワとした後頭部に当たる。


「何か来るみたい」

「なに! ――ヘリか⁉」


 何故か待ってましたとばかりの羽佐間が勢い込んで後方の空を見上げている。


「いや、あの、そうじゃなくて道から……」

「――おい!」


 思わず、全員に向かって注意を促すため声を張り上げる。

 時野谷が全てを言うまでもなく察知した。平原の道、その後方から土煙を上げて迫ってきているのが遠目に見えたのだ。

 それが車輌しゃりょうか何かであるのは容易く判別出来る。


「やばいぞ! 見つかっちまう!」


 続いて俺は伏せろという意味合いで掌を下に向けて振った。

 向かってくるのが車だろうとヘリだろうと、それは学園の部隊であるのは明白。

 この地方には長峰ヶ丘学園の関係者以外いないのだから。


「わわわっ、不意打ちすぎやこれ! ちょっ――どないすんの⁉」

「ア、アノ……か、隠れないと……!」


 唐突に慌ただしくなる俺達。

 それまでのほんわかとした空気はどこへやら。


「ハゲこら! お前、空だけじゃなくて地上も警戒しとけ!」

「そんな器用な事できるかよ!」

「自慢気に『任せとけ』とかぬかしたのはどこの誰だ! 磁場が見えるだのは只のハッタリか!」

「捜索隊なら空から来るだろうと思い込んでたんだよ! 地上の方はノータッチだったんだよ! とと――ともかく! 計画通り玄田の能力で隠れれる場所を!」

「それこそ空からならともかく地上からならバレちまうぞ! ――って、そんな事言ってる暇もねえ!」


 文句は山ほどあるが、このままでは確実に俺達の姿を見られる。

 背が低い草しか生えていない此処等ここらじゃ、そんな中に伏せっても直ぐにも見つけられてしまう。

 ともかく俺の能力で何とかする以外になかった。


「こっちに集まれ――」


 道から外れた草の上で皆を呼び寄せてひそませると、俺は能力を発動させる。今いる自分達におおかぶさるようにして、草の下から土塊つちくれがずずずっとせり上がってきた。

 水宮たちの小さな悲鳴が聞こえた気がする。

 俺としちゃ慣れ過ぎた感はあるが、まるで土塊が生物のように流動する様は確かに不気味か。

 しかも、それが自分達に圧し掛かって来るように覆い被さるわけだから無理もない。


 形成するドームの形は決して均整な半球形にはせず、角ばらせてなるべくいびつなものに仕上げる。

 その方が自然の中で形成された一部だと勘違いさせられるという配慮だ。

 これが地味に神経を使わせる。


 ドームの形成がほぼ終わる。

 俺たちを包み込んで完全に閉じてしまうその前に、しめの一手をやって貰わねばだ。


「神山、外側を頼むぞ」

「ハッ、ハイ」


 神山の能力で形成したドームの外側を着色させる――そのために、彼女の腕がだせるスペースを残していた。


「丁寧に付着させる必要はないからな。むしろムラがあったほうがそれっぽい。それと、なるべく北側とかの日当たり悪い方向に多く生やして自然さの演出も」

「エット……はい……」


 彼女はドームの内側から手を出し、それを上向けに曲げて外側にぴったりとくっつけた。

 それで事は足りるはずだ。


 羽佐間の考えついたこの苔のデコレーションという案、意外と有効だと俺も思っている。

 保護色に近づけるという意味合いもあるが、苔というものは長い期間や古いというイメージを起こさせる。

 つまり、この岩塊が昔からここにあったという錯覚を与えるのに一役買うわけだ。

 今ここでこしらえたとは思うまい。


 神山が無事役目を終え、彼女が手を引っ込めたのを確認して俺はドームを100%完成させた。

 わずかな光も射さなくなり、内部は完全な闇へと。


 もうすぐあの向かってきていた車輌が脇を通過する。

 空からの視覚的な遮蔽しゃへいを想定してのこの作戦だが、果たして地上を行く車からはどう映るか。

 ともかく、今はこの状態で乗り切るしかない。


「大人しくしてろよお前ら」


 小声でそう促した。


「わかってるって」


 言葉を返したのは羽佐間か。

 ドーム内部に明かりはなく、ただ皆の息遣いだけがかすかに感じ取れた。


「にしても真っ暗だな。天窓とか付けりゃ良かったんじゃねーか?」

「あほう。今俺達はただの岩だ。そうイメージして乗り切るんだよ」

「けど外の様子がうかがえないってのはよ」

「だから静かにしてろ言ってんだ。地面から伝わってくる振動だけでも大方の状況は把握できんだから」

「へいへい」


 気の抜けた返事の羽佐間はさて置いて、俺は草を掻き分けて地面に掌を付けた。

 思っていた以上に大きな振動がそこからは伝わってくる。

 おそらくかなり大型の車輌がこちらに走ってきているのだろう。それもどうやら一台ではないらしい。


 注意深く、その様子を窺い続ける。


「なんか、あれやなコレ。小さい頃にイタズラでクローゼットの中に隠れた時をホーフツとさせるわ」

「あー、あれだろ? なんか懐かしい感じってヤツだろ?」

「せやねん。なーんかこの感じ、懐かしいとゆうか安心するとゆうか」

「わたしもおばあちゃんの家で育ったから……古い和室に大きな押し入れがあって、小さい頃よくそこにこもってて……」

「もしかしてゆづちーもそこで寝てもうたりしてたクチ?」

「あ、うん……かなり……」

「お前ら、言ったはたからお喋りか?」


 どうもこのメンバー、緊張感というものを保てないらしい。


「せやから小声で喋ってんやん」

「そういう問題じゃねえ……」 

「みんな、ちゃんと亮一くんの指示に従おうよ」


 俺の心のオアシス時野谷だけが唯一しっかりと今の状況を理解してくれている。

 時野谷の存在そのものだけで、ほんと精神が癒される。


「――おいおい、ちょっと待てよ。それじゃあまるで、玄田がこのチームのリーダーみたいじゃねーか」

「あ? お前の穴だらけの計画に乗ったせいでこんな状態じゃねえか。消去法でいきゃ、俺がそういうポジションに成らざるを得んだろうが」

「玄田よー、前から思ってたんだが……何か偉そうなんだよな、お前って」

「羽佐間、ちゃんと覚えとけ。俺は『偉そう』なんじゃなくて『偉い』んだよ」

「あ、言っちゃう? そーゆー事言っちゃうワケ?」

「け、ケンカは良くないよ……」

「そやがな。ここはもうあいだをとってうちがリーダーって事でええやん」

「「――いや、それは無い」」


 などというコントに付き合わされている合間に、振動と音はすぐ近くから発せられるものとなっていた。

 丁度今、俺達の横を車輌が通り過ぎているところだ。

 近くで聞いて分かったが、やはり大型のトラックか何かが多数で列を組んで移動している様子。


 その音を注意深く確かめながら、思わず口から言葉が漏れた。


「……どうも、捜索隊ってのじゃねえなこりゃ」

「亮一くん、どういう事?」

「何かを探してる訳でもなさそうだし、何より捜索隊が固まって動くかよ。普通は手分けして探すもんだろ。こいつら集団で目的地にのみ向かってるって風だ」

「マジか、おかしくねそれ?」

「紛れもなくおかしいんだよ」


 大型車の独特な排気の音と、ざりっざりっというタイヤが砂利を噛むような音が何重にもなってすぐ側から聞こえる。


「けどまあ、これなら俺達がここに居るってのもバレそうにないか」

「俺達を探してねーってんなら、確かに」


 次第と音が遠ざかっていく気配。


 十分に時間を置き車輌の群れが遠くへと離れたのを計らって、俺は一部分だけ層を薄くしていたその箇所に拳を叩き込み、ドームに出口を穿うがった。

 一瞬、明るさに目がくらんだが、直ぐにも慣れる。


 砂利ばかりの悪路に何条ものトラックタイヤの跡が見て取れた。

 そしてそれを辿った視線の先、土煙を上げる集団が小さく映る。

 それは俺達が目的地としている蒼沼方面へと間違いなく向かっていた。


 やはり、胸裏を嫌な感覚が走っていた。

 あるいは何とも形容し難い悪寒とでも言い改めるべきか。


 取り敢えず俺は皆がい出たドームの空洞を埋めて隠蔽いんぺい工作する。


「――まさに天啓だな」

「なに?」


 そんな俺の横に立っって、羽佐間がどうしてだが晴れ晴れと言い放った。


「あわや見つかるかもと思われた矢先、こうも上手く事が運ぶとは。やっぱ天が俺達を後押ししてくれてるようだ」

「ハゲ、お前な……」

天佑てんゆう我に在りだ。うっしゃあ、野郎共――この勢いに乗るぞぉ!」


 そう言って独りでテンションを上げて駆け出していく羽佐間。

 何であんなに自分を疑わずにいれるんだろうか。


「誰が野郎共やっちゅうねん」


 次いで横に並んだ水宮がそんな事を言ってきた。


「ていうか、はざーちゃんってもしかしてな……すっごいアホ?」


 アホの子代表である彼女にアホ認定くらうとか、あいつはもう駄目だな。



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