第84話今、迎えにいきます

 そんな佳大に決意に、全ての知覚野が応えた。

現在、彼の肉体は佳大の意志を現実に反映させる触媒として存在している。

生理現象、能力限界など二の次、三の次。ロムードを求める彼の意思は、風に乗り、海を侵して世界に広がっていく。


 太平記の巻十六、日本朝敵の事に藤原千方という人物の記述がある。

彼は金鬼・風鬼・水鬼・隠形鬼といふ四つの鬼を操り、朝廷に反乱を起こしたそうだ。

この反乱は、千方が四鬼を失う事で鎮圧されてしまう。この四鬼の伝承を、佳大は我がものとしているのだ。

風と水を媒介に、千里眼と呼ぶにふさわしい効果を発揮する。


「見つけた」

「本当に?どこにいるの?」

「海底に神殿がある。そこにいる」

「海底だと?信じられんが…どうやって乗り込むつもりだ」


 ジャックは半信半疑と言った様子だ。

彼が感知能力を備えているらしい事は把握しているが、距離が遠いどころの話ではない。


「俺がどうにかする。雷落としたり出来たんだから、あいつへの道だって作れる」

「あやふやだな」

「いいじゃないか。ヨシヒロがやる気になってるんだから、好きにやらせてあげようよ」


 佳大は宙に舞い、シャンタクに乗った仲間達を伴って海に向かう。

メルティーナ港上空から沖合に200mほど進んだところで、佳大は不退転の決意を籠めて海面を睨みつけた。

佳大の意思か、マーリドの意思か、海面が上下し、急速に渦を巻き始める。マーリド神殿への道が出来た。


「おお、これで海底に行けるね」

「お前の能力は分かったが、場所は確かか?」

「勿論。請け負うぜ」

「とにかく行きましょう。それではっきりします」


 佳大パーティーは渦の回廊に、滑るように潜った。。

後方のシャンタク達が自分を見失わないペースで、2時間は進んだだろう。

彼らの前に、回転する海水に包囲された石造りの都市が姿を現した。

幾つもの畝を作る丘陵から生える、人工物の群れの中にひときわ大きな建物。

アーチ型の扉を閉ざした双子の塔と寄棟屋根の館に、佳大に射貫くような視線を注ぐ。


「間違いないな?」

「いる。神格の反応が4つ」

「えぇと…」


 クリスは思い出すように首を巡らすが、名前が出てこないらしい。ジャックがマーリドの名前を口にすると、暢気な声をあげた。


「待ちに待った晴れ舞台だ。存分に嬲ってやれ、佳大。」

「ふん。言われるまでもない」


 佳大は悦を滲ませた声で言った。

初恋―彼はそれをまだ経験していない―の女子に告白する前は、こんな心境かも知れない。

震えを意識して抑えつつ、扉を開くと、壮年の男が佳大を双手をあげて迎えた。海の王、ポセイドン=マーリドである。

彼は佳大達と同程度の身長をしており、右腕に一人の女を連れていた。


 小顔を縁取るウェーブがかった黒髪に、琥珀色の瞳。

ぱっちりとした大きな瞳に、高い鼻。美人と言っていいだろう。ミニスカートから伸びる白い脚まで、初めて会った時と同じだ。

唯一異なるのは、膝から下をすっぽりと包む黄金のブーツだけだ。

彼女はマーリドに左腕を掴まれ、この場に引き出されたのだろう。観念したような表情が、それを物語る。

佳大が粘ついた笑みを浮かべると、マーリドも反応したように口元を緩めた。


「腹空かせた犬でも、もうちょっと上品にするぜ。ほら、持っていきな」


 マーリドがロムードの腕を振り、佳大の方に身体を放る。

佳大は組み付こうとしたが、彼女は目にもとまらぬ速さで入口に向かって駆ける。

旅人と商人を守護し、交通や窃盗を司る彼女を象徴する宝物、タラリアの力だ。

クリスですら反応できない素早さで、彼女は神殿を出て行った。クリスの疾走とは異なる、とても静かな走りが、佳大達の印象に残った。


「用は済んだろ?早く追いかけろよ」


 佳大はロムードを追いかけて、海底神殿を出て行く。


「君は戦わないのかい?神様の仲間だろ」

「親戚ではあるが、嫁と息子ほどの値打ちは無い。さっさと行け」


 マーリドは用は済んだと言わんばかりに、玄関ホールの奥に去っていく。

クリスは海神の背中に名残惜しそうな視線を送ったが、すぐに思い直して、佳大を追いかけた。

4名はシャンタクに乗り、些かのんびりと上昇を開始。佳大とロムードの姿は無い。


 渦の回廊を駆け上っていくロムードは、佳大が視界から消えない事に焦っていた。

距離が広がったかと思うと、忍び寄るかの如く、縮まっていくのだ。彼らは僅か5秒で海面から跳びあがると、メルティーナを通り過ぎ、西大陸の中央の山岳地帯に走り込んだ。

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