第83話あの女神は誰を連れてきたと思っているのか

 佳大とクリスはエリシア殺害後、帰ってきたジャック達を待った。

シャンタクに乗った彼らは煌びやかな酒杯や首飾り、剣などの宝物を悍ましい怪物に抱えさせてやってきた。

召喚能力を持つターニャがいる為、佳大ほどではないにせよ、大規模な輸送が可能なのだ。

しかし、運んできた物品は一つ一つが大きい。


「すごいな、こんなにあったのか!」

「まだたっぷりあるが…目ぼしいものは持ち去っているんじゃないか。これは入れおいてくれ」


 佳大は怪物どもが運んできた宝物を、全て黒雲に収めた。


「これは売れないんじゃない」

「溶かせばいいだろう。金塊には違いない」


 5名は視線を交わし合うと、教会堂のような建物の探索に向かう。

12の神々が一堂に会する集会所として使われていた巨大な箱は、閑散としている。

一体の敵とも出くわす事なく、彼らは自らの足音だけを聞きながら、部屋を検めて回った。


 教会堂の中には、数百年を経た風合いの調度品が整然と並べられていた。

分厚く柔らかな絨毯が草原のように足元から広がり、踏みしめる度に毛足の良質さが伝わってくる。

佳大が寝そべられるほどの大きな椅子はあるが、佳大の興味を引く品ではない。


「ねえねえジャック、これも持ってくの?」


 クリスは衣装室で塀よりも高く聳える棚を軽く叩いて、ジャックに声を掛ける。


「解体するのも手間だ…置いていくぞ」


 5名は崩壊した集会所の入口に戻る。

3頭のシャンタク達が扉の前から伸びる階段の側で、円を描いて飛んでいた。

ジャックは階段まで歩いていくと、ターニャに鳥を降ろすように言う。


「よし。案内してやるから飛んで来い」

「えー、…もう宝物はもういいだろ。帰ろうぜ」

「なに?」

「ヨシヒロはお宝に興味はないんだから、そう言うに決まってるでしょ?エルフどもが門を壊さないとも限らないし、早く出ようよ」


 クリスは佳大の隣に立つ。

馬鹿にしたような微笑みで、シャンタクの前に立つ魔術師の魔物を見下ろす。


 ターニャも、口には出さないがクリスに同意する。

神域の眩い宝物より、人鼠の家族や友人達の行方が気になった。

味方がいないことを悟ったジャックだが、金目のものだけは回収していくと頑なな態度を崩さない。


「わかったよ。けど、こんなでっかい杯だの宝石だの、質屋も引き取らないぞ」

「金属として売ればいいだろう。早く来い」


 佳大達はジャックに付き合い、イースの各所にある宝物を回収。

一抱えほどもあるサイズの腕輪や壺、用途不明のリングに柄杓や皿、牛の頭を象った角笛を黒雲に収める。

いずれも白金や金で作られており、紅玉や藍玉、瑪瑙や真珠で飾られており、目に悪い程輝いている。彼らは1時間近く経ってから、神々の都を後にした。


 門を出ると、刃物で切り取られたような崖の間を渡っていく。

行きとは異なり、エルフはもう佳大達は妨害することは無かった。名残惜しそうに彼らに目をやるクリスを急き立て、佳大はメルティーナの外れに作った門を通り抜ける。

彼らは捕えて置いたゴロツキの魔力と引き換えに、西大陸に帰還した。


「ロムードは結局、どこにいったんだろうねえ、ヨシヒロ?」

「……」


 佳大は自宅に入り込んだ化け物に掴まれてから現在に至るまでを反芻する。

運よく不思議な力を得る事が出来たが、ここに至るまであまりに長い旅だった。

帰れるのか、ここで野垂れ死ぬのか不明だが――お前は許さない。佳大は全ての元凶となった女神の顔を思い浮かべる。



 杉村佳大は落ち着きのない子供だった。

小学生の時分、興味のない授業の前に脱走した事は少なくない。

あまり遠くまでは行かなかったので、警察が呼ばれるような事態には陥らなかったが、教員達はとても手を焼いた。


 その昔、昼寝する従妹の少女の左耳に消しカスを入れた事がある。

始めた直後に発見されたので、大事には至らなかった。母は叔父と従妹に、自分と一緒に頭を下げた。

危うく、耳が聞こえなくなる所だったそうだ。両親からの叱責は火の息を浴びるようだったが、佳大はそれを内心、冷ややかに聞いていた。

彼からすれば、思い付きを実行したに過ぎない。従妹の左耳に障害が起きる可能性など、小指の先ほども考えていなかったのだ。


 身体は大きかったが、周囲を遮断して過ごす彼をからかう者も少なからずいた。

何を言われようと右から左に聞き流していたが、直接手を出すなら別だ。

ある少年は髪を掴んで、鼻血が出るまで机に顔を叩きつけられた。授業中に紙礫をぶつけてきた生徒の首を、教師が出て行った途端、クラスメイト達の前で絞めた事もある。

彼らは運が良かった。佳大は彼らが死ぬ可能性などこれっぽちも考えないで行動していたからだ。

仮に死んだとしたら――その程度で死ぬ相手が悪い。


 そのような放埓ぶりも、高校に上がる頃には鳴りを潜めた。

正直に振舞うと噛みつかれるらしい、と佳大はようやく理解したのだ。

この段階になるまで、如何なる力が働いたのかは不明だが、佳大が警察の世話になったことは無い。


 そんな彼の毒気を察してか、面接にはしょっちゅう落ちた。

25歳にして受けた回数15回を軽く超えるが、ただの一度も掠りもしない。職業安定所で見つけた求人ですら、彼を取ろうとはしなかった。

よって、彼は派遣かアルバイト以外の待遇を知らない。

その点について深刻に考えたことは無い。実家で暮らしていくうえでの対価として職業を求めていただけであるし、居心地のいい止まり木以上の役割を、佳大は面接を受けた企業に求めていない。

自分は正社員にはなれないのだろうと考えてはいたが、未来に執着がないので、佳大はそれなりに楽しく過ごしていた。


 異世界に来てからは、もっと楽しかった。

自らの脚で周囲を開拓していく喜び、仲間達と旅する楽しさ、世界が広がるのは幸福だ。

死にさえしなければ、どうとでもなるのだ。唯一の未練らしい未練と言えば、時間と資金を掛けて溜め込んだ書籍や映像媒体。

それだけは取り返す。取り返せずともあの糞女神に、必ず相応しい結末を与えると佳大は決意を固めている。

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