第76話北に行った船乗りの名前
シャンタクの上から、集落が見えた時、佳大は異常に気付いた。
街中で、数名の暴徒が通行人に襲い掛かっている。屋台から引き出された店主に複数の男女が圧し掛かり、老人を若者たちが杖や鍬で殴り倒す。
街路には血痕が飛び散っており、周囲では悲鳴や怒号が飛び交っている。その狂騒を佳大とクリスは、上空から呑気に眺めていた。
「面白い事になってるねえ、反乱でも起きたのかな?」
「反乱って言うか、んん……ゾンビみたいなのがいる」
「ゾンビか。どこかに術者がいるはずだが、それにしては統率が取れていない」
「術は関係ないでしょう」
ナイがきっぱりと言い放つ。
「何か知ってるのか?」
「知ってるも何も、我々、冥府を崩壊させたでしょう。それによって、死者の魂が行き場を無くしたんですよ」
「そういう事か…!いや、うん…筋は通ってるか」
「じゃあ、あそこで暴れてるのは、皆、死人なんだ?不死身になったって事?」
クリスが興味を惹かれたように身を乗り出す。
今すぐ飛び降りないのは、生者ほど興味が引かれないからか。
「いいえ、死を経験した魂に、生きている時の人格を留める事など出来ない。あれは恐らく、肉体を維持する為に手当たり次第に襲っているのでしょう」
「どうやれば死ぬ?」
「死ぬ…というか、肉体を徹底的に壊せば、動きは封じられるのでは?」
佳大は降りるか否か、全員に決を採る事にした。
街はゾンビによって混乱しているが、戦闘行為を行っていたエスタリアほど被害は酷くない。
この日、死者を看取っていた人々は最初の犠牲者となり、蘇る死者の脅威を、世界に知らしめた。
「降りて調べよう」
「本気か?」
「北に行った船乗りの情報も調べないと駄目だし」
「神父に送ってもらえばいいじゃん」
クリスが言った。
「そう言われるとそうだけど、陸地があるかどうかは知りたいじゃん」
「おや、水泳は苦手ですか?」
「25mは泳げるよ」
5名は街外れでシャンタクから降り、ジャマス市に足を踏み入れた。
ここは西大陸にある人間の国、ゾルディア南部の玄関口であり、2本の主要な河川が蛇行しながら都市を通過している。
佳大パーティーは処刑用の斧、銀の首飾り、紅玉の指輪を売り払い、銀貨4000シェールと銅貨50ナヤパを入手。
「スムーズに換金できてよかったー」
混乱が広がる事を考えると、今のうちに貨幣を手に入れられたのは幸いだ。
「物流が途絶えるかもしれないのにか?能天気だな」
「物々交換に戻るって言うのか、それならそれでいいだろ。悪党を10も潰せば、幾らか手に入るだろう」
「過激なこと言うなあ。まぁ、食事なんて兎でも鹿でも獲ればいいし、野宿にも慣れたでしょ」
酒場により、聞き込みを行うが情報は無い。
北に行った事のある船乗り、は有名なのかと思っていたが、佳大が思っていたより、か細い情報だったようだ。
船着き場に出て、知っているそぶりを見せた船乗りに1シェールを掴ませる。
「おう、知ってるぜ。家を替えたとは聞いていないから、メルティーナにいるはずだよ」
「名前は?」
「ネモだ。樽みてぇな腹をしてて、目と目の間が狭いんだ。すぐにわかるさ」
礼を言って別れてしばらく後、港を出るか否かといったあたりで屈強な男達に絡まれた。
しかし、力自慢の水夫程度を恐れる者は、もはや佳大パーティにいない。彼らが一歩踏み出すのと同じ時間で、佳大とクリスが全員を意識不明にしてしまう。
胸を打たれて意識不明になった者もいれば、頸骨が音を立てて砕けた者もいる。恐喝の代償としては、あまりにも高い。
北のメルティーナを目指し、佳大パーティーはジャマスを出た。
日が沈んだので、彼らは廃寺院で野営する事にする。ジャックが結界術を習得していたので、これまでより安全度は高い。
一行に弛緩した空気が流れる中、クリスは襲撃者の存在を察知していた。
廃寺院の周囲に、外套を目深に被った8つの影が現れる。
ネフィリムである。尖兵を感知する能力を持つ彼らは、最も栄養価が高いとされる尖兵の気配を感じ取ったのだ。
「ねぇ、止めた方が良いんじゃない?」
「どういうことだ」
「恐いなら、私らだけで取ってくるよ?」
視線を集めたのはボブカットの少女だ。
「何かに気になるの?」
「うん…この波長、今までの尖兵とは違う気がする」
「そんなの今までもそうじゃん!心配し過ぎだよ、ラクチェ。8人掛かりならいけるって」
ボブカットのラクチェはそれ以上言えず、黙り込んでしまう。
「一応、警戒はしよう。まずは打ち合ってみて、不味いようなら逃げよう。くれぐれも追い込まないで…」
「ちょっと日和過ぎじゃない?」
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