第77話ネフィリムに鬼の血を

 不意に耳慣れぬ声が混じった。

中性的な顔立ちの、金髪の少年。透き通るような肌をしており、見た目だけなら、は神々に見初められた少年達といった印象だ。

しかし、その全身から放射される圧の質量は、桁が外れていた。突風の如く飛びずさったネフィリム達だが、地を蹴った瞬間、身体が硬くなった為、あまり距離を稼げていない。


「今から夜襲を掛けようって時に、怖気づくなんて、帰らせた方がいいんじゃない?」

「思ってたより若いな」


 更に別の声が混じり、カシム達はいよいよ恐慌状態に陥った。

夜闇に染み出すように、身長の高い黒髪の日本人青年が姿を現す。臭い、音、気配が同時に出現した。


「尖兵……」

「なんで!?波長は向こうから届いてるのに…だよね!?」

「波長?」

「とにかくやるしかない!」

「馬鹿、待てって!」


 頭を丸刈りにしたベリスが、小剣を長槍に変形させた。

彼の得物に、佳大は強く興味を惹かれた――あれはこちらの世界で作られたものではない。

刀剣に関する知識がまるで無い為、これまで見た刀剣と、ベリスの長槍がまるで違う製法、素材で作成されている事しか判断できない。

なぜそう感じたのか分からなかったが、佳大は自分の直感を信じた。


 斬りかかったベリスの刺突は、佳大に留められてしまう。

彼は掴んだ柄を引き寄せ、間合いを詰めて右ストレートを顔面に浴びせた。

ベリスが転倒したところを、佳大は追撃。胃のあたりを思い切り踏みつけると、少年の身体が深く沈む。


「ベリス!お前…!?」


 目の大きな少女、シノンが飛び掛かるが、クリスの貫手で右目を裂かれてしまう。


「ちょっと待てって。目的は何?」

「お前の血と肉。もらうぞ」


 カシムが武器を構える。それを合図に、ベリスとシノンを除く一行も長槍を取り出す。


「だからさー、ほら…これでも飲んで」


 佳大は左掌に切り傷をつける。その裂け目から、赤い液体が流れ出す。


「な……なにを」

「命をくれってんなら全員殺すけど、そうでないなら、戦う必要はないと思わん?…ほら、まずお前」


 佳大はカシムに血を流している左掌を差し出す。彼が躊躇っていると、じれったそうに言った。


「早くしろよ。無駄になるだろ」

「あ、うん…‥わかった」


 カシムは恐々と左手に近づき、口をつけて佳大の血を飲み出した。

2度、食道を血液が通過した後、カシムは口を離した。切なげに声を出したカシムに、ネフィリム達が駆けよる。


「カシムぅ!!」

「大丈夫だって。血を飲むだけで落ち着くなんて、こんなの初めてだよ。ほら、お前らも飲んでみろって」


 それから佳大は全員に血を飲ませ、起き上がらないベリスの口腔に血を流し込んだ。

異物感に目を覚ました彼の抵抗を見越し、馬乗りになって両足を抑え込んでいる。

佳大の血を飲み、すっかり戦意と飢えを削がれたネフィリム達は、ばつの悪そうな顔で立ち尽くしていた。


 ベリスは彼の血を摂取した途端、たちどころに全快した。

しかし、佳大に施しを受けた事実は非常に癇に障ったらしく、カシムが間に入らなければ、戦闘が再開した事だろう。


「……あんた、いい奴なんだな。それとも馬鹿なのか?」

「馬鹿はお前らだろ。欲しいものがあるなら話し合いで手に入れろよ、いきなり襲い掛かる奴があるか」

「そういうもんか。俺達、戦う事と食べる事以外教えられてないから」


 カシムが顔を伏せた。


「それで、君らは何者?」

「俺達は……ネフィリム…って呼ばれてた」


 彼らは自分達について、あまり多くを知らない。

物心ついた時から居た施設で異形と戦い続けるだけの日々を過ごし、彼らの仲間はある時期が来ると錯乱するか、肉体が黒い粉状に変化して崩壊する。

親はいない。幾つかの失敗作を経て、今の形になったらしい。

同じ運命をたどる前に、外の世界を知りたかった彼らは暴動を起こし、脱走したのだ。


 その時に教えられたのは、人間を定期的に喰わなければならないという事。

彼らは施設で、ライトグリーンに発光する液体を与えられていたが、これは記憶や感情を、薬液を媒介に保存した物。

その為、自由を得る場合、この液体が手に入れられなかった場合、人の肉を――そこに宿る情報を喰わなければならない。

特に栄養価が高いのは、この世界の神とその尖兵であり、ネフィリムは彼らとの戦力として生み出された。


「誰に味方して、誰の敵になるかは自分で決める…自分で決めたい。なぁ、俺たち間違ってないよな?」

「当たり前だ。俺だってそう思って生きてる」

「…うん」


 カシムは小さく頷いた。

この黒髪の青年は今まで対話してきたネフィリム以外の人物とは違う。

言動は冷たいが、とても温かい心の持ち主である。彼の力になりたい、と強く感じた。


 佳大は戦わずに済むなら、戦いたくなかっただけだ。

そこまでの興味がない。手を差し伸べてなお、戦うというなら相手になったが、彼らがそうしなかっただけ。

行き当たりばったりだったが、大きな成果を得る事が出来たと佳大は考える。

巨人族は外界から来たと糞女神が言っていたが、どうやら彼らは優れた技術を持っているようだ。帰還の目途が立った。


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