第74話冥府崩壊のお知らせ
クレインは直剣で、柿色の闘鬼の首を一突きした。
その顔は辛うじて原形を留めている下顎を除くと、捏ねた挽肉のようになっている。
また、両膝は砕け、糸が切れたようにだらんと曲がっている。人間なら思考を止めていてもおかしくない深手だが、神格はその程度の傷では死なない。
左腕を犠牲に致命傷を防いでいた冥王の努力はついに実を結んだ。慢心なのか、佳大はクレインの左肩に指を掛け、手元に引き寄せた。
そのタイミングで、体幹の力で跳ね跳ぶと、右手の剣を突き立てたのだ。
しかし、クレインの敵は佳大だけではない。上空にいたジャックら3名はシャンタクの上から、佳大をこれまで援護していた。
「見えざる刃(インビジブル・スライサー)!救出(レスキュー)!」
クレインの右手が真っ二つに裂ける。
不可視の斬撃は絶え間なく続き、右上腕を皮切りに冥王の全身を細切れにする。
それとほぼ同時に、佳大の身体がジャックの乗るシャンタクの真下に移動。マーシュ村で手に入れた魔道書から入手した呪文から生まれた魔術である。
佳大は首に刺さった直剣を引き抜く。その間もクレインの破片は未だ活動を続けており、転がって佳大に近づく。
「火炎の投擲(ファイア・スロー)…くぅ」
流動する肉の群れを、同じく群れた炎球が呑み込む。
まもなく、クレインは絶命、それからやや間を置いて、紫色の空に細やかな白い亀裂が無数に走った。
クレインの死とともに冥府、ハデスと呼ばれる空間が崩れようとしているのだ。
「これはいけない。空間が崩れます」
「らしいな…!ヨシヒロ!!クリス!!」
ジャックは地上にいる2人の名を呼んだ。
冥府が崩壊、俄かには信じがたいが、紫の空が崩れ、無明の闇に周囲は呑み込まれようとしている。
このまま取り残される事になったら元も子もない。馬頭の鳥の編隊の側に、黄金狼を抱える柿色の闘鬼が現れる。
「ヨシヒロ!!こいつが言うには冥府が崩れるらしい!どうする!?」
「…ジャック」
佳大は神妙な声で言う。
その間にも崩壊は侵攻し、ステュクス河は曇りなき闇に落ちて消えた。
「なにか考えがあるのか?」
「死ぬときは一緒だぞ」
「――ふざけるな。糞…」
黒一色の中に、佳大パーティーの姿だけが浮かんでいる。
ジャックですら不安に顔を曇らせる中、佳大とクリスは前に進んでみようか、と能天気に考えていた。
不意に風が佳大の顔を撫でた。顔を右に向け、そちらに飛んでいく。
「どうした?」
「風が吹いてる」
「なに!……首の皮一枚繋がったか」
ジャックも風を感じた。
安堵した様子の佳大一行が、風の方に向かって行くと、周囲に光が戻った。
砂の多い平野に、疎らに植物が生えている。頬を乾いた風に撫でられ、佳大は大陸を超えたのではないかと感じた。
「なぁ、これ大陸超えたんじゃねえ?」
「ふむ……そのようですね。おめでとうございます」
「紆余曲折あったが、どうにか西大陸についたな。街はどっちだ?」
佳大パーティーはシャンタクに乗り、街に向かう。
クリスと佳大も、巨大すぎる闘鬼と黄金狼から人間の姿に戻り、魔鳥に跨り、空に上がった。
★
クレイン達冥界の三神が殺害される様を、彼女達は半ば絶望と共に見守っていた。
神々の都イースのエリシア宮殿にいるのは、ロムードとエリシア本人のみ。カナメとヴァルダの姿は無い…おそらく自分の支配域に籠ったのだろう。
「エリュシオンを見捨てるの!?」
「違います!声が届かないのです…ヨシヒロでしょうか?」
「さぁ…」
二柱はエリシア宮を出ると、連れ立ってクレイン宮殿に向かう。
冥王クレインはイースに、自分の存在を維持できるだけの力を残した本体を残している。
殆ど抜け殻だが、本体は本体。
「今の今まで本体を抑えなかったなんて、やる事がちょっと遅いんじゃない?」
「失礼ですね。開けてもらえなかったのですよ、彼は我々を信用していないのです…」
クレイン分体が絶命した今なら、扉を開けてくれるはず。
宮殿が見える頃、イースに黄金の彗星が降ってきた。彗星は稲妻をまき散らし、クレイン宮を崩壊させる。
光輝の波濤が発する神気を感じ取り、エリシア達は呆然となった。今目の前を通り過ぎたのは、主神マティアスの雷霆だ。
これまで影すら見えなかった主神の影が兄弟神の本体を破壊した、この状況をどう考えればいいのか?
「クレイン叔父の本体が……どうなるの?」
「冥府が崩壊する…天国も地獄も…消えてしまった」
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