第67話堕ちた英雄と再会、されど眼中にあらず

「魔力の負担は誰にさせるんだい?」

「うーん、消えてもすぐに騒がれない奴…」


 チェリオの外を目指していた一行に、一人の男が声を掛けてきた。

瞼を閉ざした、黒髪の東洋人男性だ。軽装の鎧を身に着けており、佳大と同年代か、少し若い。

佳大は無視したが、ジャックが立ち止まったので、受け答えせざるを得なかった。

そういえば、ここは異世界――日本ではない。ちょっとしたトラブルが刃傷沙汰になりかねないのだ。

面倒臭いなぁと思いつつ、ジャックと男の会話に耳を傾ける。


「なんだ?」

「いや、アンタじゃない…そっちにいるのは杉村佳大だろ?そっちはクリストフだったよな」

「おい、知り合いか」


 水を向けられるが、佳大には覚えがない。


「ねぇ、コイツって神殿で会ったヤツじゃない?女を侍らせてたさー」


 クリスに囁かれ、ようやく記憶がよみがえってきた。

エルフィについてすぐ絡んできた男だ、瞼を閉じ、髪を肩まで伸ばしているので、気が付かなかった。

しかし名前が出てこない。


「ねぇ、何で目閉じてるの?」

「……」


 男――浩之は瞼を開く。

灰色に濁った目には瞳の代わりに、ヘパイストス=エラ神の紋章が刻まれている。

彼の視覚は、クリスを葬るはずの斬撃の代償として、神に捧げられてしまったのだ。

金髪の少年はどういう訳か、神威を乗せた"恐怖"の一閃を浴びても、絶命しなかった……確かな手応えを感じたのに。


「お前、どうやって生き延びたんだ?」

「はぁ?僕があの程度で死ぬわけないだろ、君の剣が軽かったんだよ。それで何?女どもの敵討ちに来たの?」

「それもある。もう一度俺と戦ってくれ」


 佳大は気が進まなかった。

段々思い出してきたが、結構手ひどくやられたのではなかったか?彼の静かさが不気味だ。

しかし、どこかに通報されると厄介だ。話し声を聞き取ったらしい男を、このまま逃がすのは良くない。


「よし、俺が先にやろう。場所を変えようぜ」

「わかった」

「おい…」

「そんなに長くはかからないからさ、先行きな」


 佳大は浩之に音も無く接近すると、彼を掴んで跳躍。

クリスも後に続く。制止するジャックに対して、決闘なら立会人がいるだろうと言い残し、クリスは姿を消した。


「先に行きましょうか…心配ですか、ジャック?」

「あぁ?別に負けるとは思っちゃいない、ただ要らん被害を出しそうでな、あの2人」

「ね、先に準備だけでも済ませといた方がよくない…」


 ジャックは頷き、2人にナイを加えた3人はチェリオの城門を後にする。


 一方、佳大は浩之を掴んだまま、空を飛んでいた。

この頃には、自分が空を飛べるのだと、佳大も気づいている。彼の右手の中、浩之の身体は鯉のぼりのように、地面から水平になっていた。

今のうちに攻撃しようとも思わない、目を開けていられない程の突風が、彼の身体を包んでいる。

その遥か下の地上で、クリスは木々を横倒しにして、佳大と並走する。


 体感で20秒ほど経ち、浩之は深い森に放り捨てられる。

受け身を取り、一回転して立ち上がった浩之は、黒瑪瑙の剣を抜いて左見右見する…いた。

3mも離れていない位置で、拳を構えたままこちらに向かって、距離を詰めてきている。

語ることも無い。クリスが疾走を止めたのが合図となった。


 浩之は佳大を間合いに入れると、掬い上げるように剣を振り上げた。

渾身の斬り上げを見切る事叶わず、佳大は天高く打ち上げられてしまう。

その勢いに乗り、飛んできた浩之が斬りかかった。佳大は篭手を嵌めた掌で剣を掴む。馬鹿か、とは思わなかった。

このまま力を込め、斬り落とそうとするが、剣はビクともしない。


 この瞬間、手放す選択を取らなかったのが、彼の命運を分けた。

ぐいと刃を引き、浩之の身体を引き寄せると、佳大は文字通りの鉄拳を彼の顔面に見舞う。

指を護る金属が顔の骨を砕き、佳大の顔は二目と見られないザクロの断面と化した。それでも思考が止まらないのは、彼が戦神ヴァルダの尖兵であるが故だ。

佳大は己の右膝を引き寄せ、踏みつけを繰り出した。浩之は柄から指を離し、間合いを広げて威力を殺す。


(い、いったんきょりを)


 地に叩きつけられた浩之は、身体を起こそうとするも手足に力が入らない。

土煙を掻き分け、顔のない敵手がやってくる。そいつは浩之の生命に、スープの器ほどの価値も見出していない。

期限の近い商品を値切るような気持ちで、浩之の脳髄目がけて、弾丸の速度で右腕を突き下ろした。


 佳大は返り血を浴びたまま、木々が横倒しになった一角に立つ。


「クリス―?いるんだろー!」

「やあ、佳大。終わったんだねぇ」


 歩いてきたクリスは無邪気な笑みを浮かべている。


「なんでついてきたんだ」

「観客は必要だろう。僕が闘った時は、たくさんいたじゃないか」

「雪で見えなかったよ」


 佳大は近づいてきたクリスとすれ違う。

刹那、鋭い痛みと、剛速球をバッティングした際の衝撃を数十倍したやつが、佳大を襲った。

弾け飛ぶ木々の間を、佳大は50mも進まぬうちに、その身体を小さな足が踏みつける。

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