第59話先行きを不安がるターニャ
(こいつにするか……?)
エリシア女神がこの剣を人間に貸し与えた事があるのは、アガーテも知っている。
しかしヴァンパイア……。ハルパーを扱えるのだろうか?その魂からは強い力を感じる、それなりの年月を生きているのかもしれない。
触れても即死するような事態にはなるまい。
(保留にしよ。とりあえず不和を撒いておいてー…)
エリシアから渡された情報から、佳大の目的地はここであるのは分かっている。
足留め用にトラブルの種を幾つも撒き、彼女達は佳大達の元に向かった。4名の魂を霊視した瞬間、アガーテは頭が真っ白になった。
日頃、刺激への反応の鈍いカルラでさえ、身を守るように両肩を抱えている。一般市民が松明の火なら、佳大の魂は恒星の様。
彼の魂を直視した彼女達は、イースの一角でまもなく気絶した。
地上の時間で50時間ほど経った頃、アガーテは目を覚ます。
佳大一行は既にエスタリア領内へ入っていた。仕事を降りる事を視野に入れ、アガーテは未だ意識を取り戻さないカルラに残し、自分が見たものをエリシアに報告に向かう。
「あの男、神格なんじゃないですか。エリシア様?」
「神格……根拠は」
「三兄弟なみの神気を持っていて、人間なんて思えませんよ!カルラなんか、未だに気を失ったままなんですよ!この仕事、降ります」
エリシアは神妙な顔で頷く。
「解りました。ところで、佳大のパーティーはどうでしたか?」
「え…」
「彼本人への干渉は諦めました。しかし、仲間の魂はどのような状態なのでしょう」
わからない。佳大の魂の輝きに隠され、3名の魂を鑑定する事は出来なかった。
「でしたら、それを確かめてください。可能なら、佳大に対する疑念を植え付けて欲しい。不可能なら、手を引いてください。ハルパーは持っていますね?」
「はい……力のあるヴァンパイアが、一匹」
「ヴァンパイア…、情報を」
アガーテと意識が接続され、彼女の見たものをエリシアも見る。
世界の全てに目を向ける事も、今では困難になった。せいぜいが一地域。
尖兵や信徒の眼を借りて、世界全ての様子を見聞きすることはできない。
「彼にハルパーは使えないでしょうね。此方の剣を渡します」
彼女が渡したのは 古代ユーリ王朝時代の復讐者、オレステスの愛剣。
「件のヴァンパイアにはこちらの方がいいでしょう。ハルパーの担い手は、引き続き探しなさい」
2女神はエスタリアの首都チェリオに降り、不和と争い、狂気を流し込む。
この都市では幾つかの事件がすでに起きており、それらの被害はさらに悪化するだろう。
街に潜伏する吸血鬼に、幾多の怨念がこびりついたオレステスの剣を贈ったアガーテは、街を出て獣人領に目を向ける。
アガーテは憂鬱なまま、カルラを連れて、再び佳大一行の意識に触れた。佳大は勿論、クリスの意識も論外。
少年の意識は混濁しており、霊視していると佳大ほどでは無いが、気分が悪くなってくる。深奥に触れて無事でいられる気がしない。
(狙い目はこっちの魔物とネズミ女…ターニャとジャックだっけ?)
カルラは茫洋としている為、アガーテが判断するしかない。
佳大に対してより強く恐怖心を抱いており、かつ精神的に不安定なターニャが、不和の女神はターゲットに選ばれた。
その魂には膜のように防壁が張られており、エリシアの懸念が正しかったのがわかる。しかし、元々打たれ強い人物ではないのか、強く力を注ぐと、効果が顕れ始めた。
★
ターニャは自分の身の上を振り返り、頭を抱えた。
佳大とクリスが行く先々でトラブルを起こす為、彼らは罪人として広く知られてしまっている。
特に神殿に火を点けたのは不味かった。あれで宗教勢力を敵に回してしまったのだ。
もはや人のいる都市は利用できない――寝る場所に不自由はないが、敵を想定して眠りにつくのは辛い。
彼らは森や渓谷など、人目の少ない場所を通って旅を続けている。クリスはまだしも、ジャックがパーティーを離れようとしないのが、ターニャには不思議だった。
その点は彼女もそうなのだが…。
――僕らの秘密を山ほど知ってるくせに、タダで返すと思う?
ターニャは隠れて尾行していたのに見つかった…出会いの経緯により、隠密行動への自信が喪失している。
森の中、天幕から抜け出し、ターニャは佳大とクリスが使っている天幕に目をやる。その手には愛用の短刀。
(これで――)
物騒な考えに結びつけようとするが、足が動かない。
意を決した瞬間、ターニャはベッドで目を覚ました。彼女が現在滞在しているのは、エスタリア東の玄関口、ボスティン村の宿。
村の北東から南にかけて低い山が連なり、北部に丘陵地帯が広がる。民家を改装しただけの質素な施設で、彼ら以外に利用者はいない。
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