第60話ターニャ、ハルパーの剣を譲渡される

 ターニャはするりと部屋を抜け、寝静まった村に出た。

見上げると雲量が多く、月は見えない。考えるのは夢の事。

思い返すが、笑い飛ばすには現実味があり過ぎる。なにせ出会ってすぐの坑道からずっと、彼ら――佳大とクリスには背筋が凍るような思いばかりさせられている。

ジャックと2人で、パーティーを抜けた方がいいのではないか?


(でも、許してくれるかな…)


 使徒である佳大は、伝承に残るロムード女神を殺すつもりらしい。

その為には、戦力がいる。いや、自分は前に出て戦う戦士ではない、そんな話に付き合う義理は無い。

自分を受け入れてくれたとはいえ、この調子で各地で人を殺しまくっていたら、落ち着いて寝る事も出来なくなってしまう。

佳大も、もう少しクリスを咎めればいいのに、どうしてああも無軌道な殺しを許すのか?


(ジャックと2人で、故郷に帰る…ってのは駄目かな~)


 誘ったら乗ってくれるだろうか。


(もし受け入れてくれなかったら…)


 ジャックが自分を好きだという確証がない。また独りになるのは嫌だ。

もし――もし、佳大とクリスの側からパーティーを抜ければ…、ジャックと自分の2人旅が成立するのでは?

仲間割れさせるのか、自分が?地元の友達が同胞と付き合いだしている中、別種族の男を求めて故郷を飛び出した私が?


(む、無理だ――!)


 間違いなく途中でボロが出る。

人鼠である点は気にしなかった彼らとはいえ、パーティーを離散させようとしたとあっては、笑って許してはくれないだろう。

あの2人は戦闘力もそうだが、暴力への躊躇いが無さが恐ろしい。


(こ、殺す…?)


 ターニャはずっとその結論から、目を逸らしていた。

結局、それが一番成功する可能性が高いように思える。しかし、この短刀で命が取れる自信がない。

一撃で殺せなかった場合、死ぬのは自分だ。ならば毒……ターニャは毒薬を扱ったことがない。追剥ぎ、あるいは闇討ちで、彼女は路銀を稼いでいた。


(もう帰ろう…)


 部屋に戻り、再びターニャは床に就く。

眠れるとも思えなかったが、布団をかぶって目を閉じてしばらくすると、その意識はするりと夢の世界に引き寄せられた。

瞼を閉じた彼女の頬を、何かが摘まむ。目を開けると、髪を逆立てた派手な女が、横たわった自分の側に屈んでいた。


「お、起きた」


 ターニャはひゅうっと息を吸うと、座ったまま後退って女から逃れる。

視点が引くと、女の背中から生えている大きな翼が目に入った。昼間の鳥人だ!

きっと仲間がやられたので、仕返しに来たのだ。ターニャは助けを求めて視線を泳がせるが、周囲には自分と翼の女、そして立ち上がった女の側に座り込む眼帯の人物しかいない。


 さらにターニャを混乱させたのは、彼女が横渡っていた場所。

村のベッドの上ではない。宴会が終わってすぐのような、雑然とした広間。

幾つか置かれた丸テーブル上には食べかけの料理が乗った皿や、完食された空の皿、使用済みのグラスが散らかされている。


(!??)


 見覚えのない場所に連れてこられたターニャは困惑、出入口を探すが扉は無い。


(なんで!?どっから逃げればいいの!)


 足をもつれさせながら立ち上がるターニャの肩に、翼の女の手がかかる。


「ひ…嫌だ!」

「ちょっと!変な事しないって、アタシはエリス=アガーテ。あんたに力をあげる」


 肩を掴む腕を引き剥がそうと頑張っているターニャは、アガーテに注意を向ける。

自らの腕に食い込む指の力が緩んだタイミングで、アガーテは肩から手を離す。


「佳大とクリスから手を切ろうってんだろ?」


 ターニャは一歩、二歩と後じさった。

その考えは誰にも話していない。何故、今夜思い浮かべた考えを把握しているのか?

気持ち悪い!ターニャの眼が見る間に険しくなっていく。それを見て、アガーテは早めに話を切り上げる事にした。

手の中に一振りの曲剣を呼び出すと、目の前の床に突き立て、3歩後ろに下がった。


「それはハルパーの剣。贋作じゃないよ、エリシア様が所蔵する本物だ。神すら傷つけるそれなら、佳大を暗殺することだって出来る。それじゃ、もう行くから――!?」


 ターニャの夢から去ろうとしたアガーテの顔色が変わった。

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