第58話神々の手番、不和と狂気の二女神

「俺、シャナンって言います。ジズ村から来ました…」

「ジズ村?」


 クリスに目をやるが、心当たりはないらしい。


「あの獣人領で特に大きな集落で、羽のある獣人達はそこで暮らしてます」

「えー?確かお前の村にも鳥の獣人がいたよな?レニだったか」

「村同士で交流があるんで…」

「自己紹介はその辺でいい、何故俺達を見張ってた?」


 シャナンは目を泳がせる。


「マーシュ村の連中に関しては、ジズ村でも問題にしてまして…毎日、交代で偵察に出てるんす。それで先日、皆さんが殺しまくってるところを見ました」

「成程な。コイツを知ってるか?」

「はい。霜精の混血のクリストフと、黒髪のオーガのヨシヒロさんですよね。それでその…」


「あぁ、行っていいよ。ありがとう」

「――失礼します!」


 シャナンは矢も楯もたまらず逃げ出した。

4名の視界から消えた頃、ハヤブサに変化して飛行。暮らしている村に逃げ去った。


「逃がすのか、口を封じるべきだと思うが」 

「酷いこと考えるなー、ジャックは」

「追手を呼んでくると思ったんじゃないの?」

「へへへ…あったりー!」


 間髪入れずに佳大が答えると、クリスは面映ゆそうに笑った。


「それより早く行こうぜ。天幕張れる場所探さなきゃ」



 神々の都イース、己の宮殿からエリシアは佳大一行を眺めていた。


「アガーテ!カルラ!いませんか」


 戦女神の玉座から立ち上がった、彼女の前に2人の女が現れる。

背中から大きな翼を生やした女は、髪を揺らめく炎のように逆立てている。

目つきの険しさを、ふっくらした頬が中和する。

その隣に立っている女は、両目を眼帯で覆っている。やや広めの額をしており、口をだらしなく開けていた。


「何か?」


 翼の女――エリス=アガーテはぶっきらぼうに言った。

眼帯の女はあらぬ方を見つめ、エリシアを最初から無視している。

狂気を司るアーテー=カルラを咎める事無く、エリシアは用向きを告げる。


「よく来てくれました。単刀直入に言いますが、杉村佳大の始末に、手を貸してください」

「言っときますけど、戦えってんなら無理ですよ。あたしもこいつも戦闘向きの能力ないし」

「承知しています。方法は貴方達の好みに任せます」

「へぇ!仲間割れでもさせろって?」

「それもいいですが…佳大はロムードの干渉を弾く。彼のパーティーも、何かしらの恩恵を受けている可能性があります」

「ふぅん?調べてみますよ」

「お願いします。それとこちらを」


 エリシアが右手を掲げると、一振りの曲剣が出現した。


「ハルパーの剣…」

「これを譲渡します。目ぼしい冒険者がいたなら、与えなさい」


 エリシアはカルラをちらと見て、言った。

ハルパーの剣は神や怪物の身体にすら傷つけ、さらに腐らせ、蛆を湧かせることが出来る。

ヘパイストス=エラが鍛造した宝物である。カルラによって判断力を奪われたとしても、十分な威力を発揮するだろう。

英雄の一撃や魔術師の呪いを受け付けず、時間の経過によって失われるものではないので、機を見て自分で回収するつもりだ。


「では、行ってまいります――おら、来いよ!」

「あぁ…うん…」


 エリシアはイースから姿を消した彼女らを、不安げに見つめた。

行く先々で殺戮を行う彼らは、カルラやアガーテにとって、相性の良い相手――のはずだ。

しかし、一抹の不安が拭えない。


 アガーテはカルラを連れたまま、夢の領域に飛んだ。

彼女らもエリシア達同様、本体のまま地上に降臨するには、生贄などの用意が要る。

ただし、精神の世界を行き来する分には問題ない。2柱はハルパーの剣を託せる相手を探しに、世界のあちこちに目をやる。

彼女らの目に留まったのは、エスタリアの首都チェリオに潜伏する1人のヴァンパイア。


 男性のヴァンパイアは見目麗しい婦人を侍らせている。

何を考えているかは分からない。アガーテは司る概念ゆえ、感情を読み取ることはできるが、記憶の読み取る術は既に忘れてしまっているのだ。

このヴァンパイアからは支配欲と性欲を感じられる。大方、エスタリアに自分の王国を作ろうとでも言うのだろう。

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