第57話村を出た4人を追う哨戒隼

「気付いてたのか?クリス」

「そりゃね。ドブ臭いもの」


 ネズミの獣人という情報が、佳大の意識の表層に引っ掛かった。

彼女を引き入れたのは、同じ陰キャラの空気を感じ取ったからだ。彼女は自分にうっとおしく干渉してくることは無いだろう。

戦力になるかどうかは不明―この点において、あまり期待はしていない―だが、手は増える。


 数歩歩いたところで、ターニャの姿が無いことに気づいた。

彼女は木立の間に隠れ、徐々に距離を広げている。佳大が真っ先に気づき、ターニャの肩に手をかける。


「何してるんだ、行くよ」

「え、いや…」


 腕を掴んで、ジャックとクリスの元に連れて行く。


「いきなり離れたら心配するでしょ?帰るの?」

「え……いや、別に…」

「寄らないなら、このまま進むぞ」


 3人はいつもと全く変わらない、淡白な態度をしている。

ターニャは少し鼻のあたりが辛くなるのを感じながら、一行に続いた。


 山を越える彼らを、はるか上空から眺めている者達がいた。

成人女性並みの体躯を持つ、ハヤブサ――ジズ村で暮らす3人の獣人である。

彼らはマーシュ村を見張っていた所、街で始まった殺し合いを目撃。

その下手人が、佳大とその一行である事を確認すると、リヴァイア村に使いをやり、監視を続行した。


「早く出てってくれないかな」

「まぁな。おっかなくてしょうがな――」


 ぼやいたハヤブサが、突如音も無く凍り付いた。

落下していく1羽のそばで滞空していた2体にも冷気が襲い掛かり、翼に霜が張り付く。肺に冷たい空気が入り込み、高度が一気に下がってしまった。


「気付かれた!逃げろ――!」

「遅い」


 声が聞こえた瞬間、最年長のハヤブサが破裂する。

数百の拳打を浴びせられ、風船のように弾けた彼と、入れ替わるように現れた金髪の少年を最後の1体は見た。


「やあ、こんにちは」


 最年長の血漿を浴びながら落下する少年は、古い友人にするように微笑む。

最後の1体――最年少のハヤブサはあっという間に見えなくなった彼を、悍ましく思った。

一刻も早く離れなければ、あれは目を合わせてはいけないものだ。翼を一度羽ばたかせた直後、雪が吹き付けてきた。

同時に背中に重さが生まれる。少年が乗っかったのだ。首を掴まれる。


「このまま始末してもいいんだけど、折角あったのも何かの縁だ。仲間達も聞きたい事あるだろうし、僕の言うとおりに飛んでくれるかな?」


 声が出ない。口を開くが、空気が漏れただけだ。

体勢が崩れ、錐もみするが少年の指は万力で固定されたように動かない。


「ねぇ、聞いてる?嫌だって言うなら、このまま帰っちゃうけど」

「はい」


 狂的に笑う少年に逆らう度胸は、ハヤブサには無かった。

彼は蚊の鳴くような声で受諾すると、少年の指示に従って、山の一角に降下する。


 クリスは体感で1分ほど経過してから、ハヤブサに乗って帰ってきた。

佳大一行は下りの山道で、彼の帰りを待っていた。木々で覆われた斜面を背に座り込む彼の前方には、勾配の緩やかな尾根と、森が広がっている。

左右で屹立する木々は枝をさほど広げておらず、光には不自由しない。


「そいつが追手か?」

「そうだよ。後2人いたんだけど、1人いれば十分でしょう」


 巨大ハヤブサの背中でクリスはしゃがみ、首を掴んでいる。

足を乗せられたハヤブサは、胸から着地する格好になった。変身を解くと、髪を長く伸ばした若者が現れる。

 

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