第56話地元の友達にマウント取れるかと思った

 東北東の船着き場から、巨大な影がこちらに向かってきている。

シルエットは人間に似ていたが、細かい造作は似ても似つかない。

瞼の無い濁った目、分厚く大きく裂けた唇、鼻は無く、手には鋭い爪を生やしている。

鱗で全身を覆った、忌まわしい巨人が、暗い海面からぬぅっと上半身を出して、マーシュ村を見下ろしていた。


「これが目当てか――!?」


 佳大は喉も裂けよと叫ぶと、幼童のミイラを頭上に掲げた。

手の中で泣き続けるそれが、マーシュ村が海から持ち帰ったものではないのか?

佳大は閃きに従い、顔の見えない巨人に叫ぶ。


「返すから持ってけ――!!」


 佳大が言い終えるが早いか、木乃伊が宙に浮いた。

巨人は歩くのを止め、掌で皿を作ると、浮遊する幼童を優しく受け止める。

向きを変える度、地鳴りが起こった。


「帰っちゃったの?つまんないなー」


 いつの間にか、クリスが隣に立っていた。

彼は海に帰って行く巨人――オケアノスを見上げていたが、追いかけずにその背中を眺めている。さほど興味は引かれなかったらしい。

連れ立ってバーナード屋敷に途上で、ジャック達と合流。


「今の揺れは」

「馬鹿でかい巨人がいてな。あのミイラは、巨人の子供だったらしい」

「ほぉ…、海から持ち帰ったとか言うのはそれか」

「かもな」


 村長を捕まえればわかるかも知れないが、あまり興味はない。

全員で港に向かったが、船どころか、波止場自体が壊されてしまっていた。船はもう出ないだろう。


「家探ししてから、出よう」


 それから4名は、目ぼしい建物を探索。

金貨およそ400枚、銀の首飾り、紅玉の指輪、処刑人の斧などを手に入れ、黒雲に収めた。

まだ暗かったこともあり、4名はマーシュ村で一泊。


 翌朝、マーシュ村を出て、佳大一行は陸路で西に向かう。

平坦な道は軍馬に乗って、悪路は徒歩で。やがて村道が途絶え、彼らは平野を越え、山を越えて進む。

佳大の黒雲に使わない荷物を預けている為、ほぼ手ぶらで歩ける。


(そういや…べヒモット村ってこっちじゃなかったか?)


 森に入る者達が切り拓いた山道で、クリスをちらりと見る。

気付いているのか、気付いていないのか。しかし帰るべきではないだろう。

佳大自身、良い印象を抱いていない。彼が何も言わないなら、無視して進んでしまおう。


「あ、あの…」

「何だ?」


 ターニャが口を開く。

何を言い出す気だ?このまま喋らせるのは不味い気がするが、かえって藪蛇になりはしないだろうか。


「あ……いえ、なんでもありません…」

「?」


 ターニャと目があった。いつの間にか睨みつけていたらしい。


「この近くなんだよ、僕らの地元。ね?」

「なんだ、そんなことか。僕ら?」

「この子獣人だよ。ネズミの獣人だ」


 ジャックと佳大は、ターニャから名前しか聞いていない。

比較的打ち解けているジャックでさえ、彼女の種族は、この時まで知らなかった。

佳大は生命信号の探知を使えるが、人間と獣人の区別をつけられるほど習熟していない。


(しまった――!墓穴掘った!なんであんなこと言ったんだ私!?)


 久しぶりに故郷に寄って、幼馴染の顔でも見ようかと思ったのが間違いだった。

湿った場所を好み、死体を養分に出来る人鼠は人間はおろか、獣人にすら蔑まれる。

そのため、彼らは広大な地下ネットワークを築いており、同胞以外に婚姻相手はいない。

だから人鼠でない若い男を連れている者は、羨望と嫉妬を一身に集める事が出来る。


 クリスが自分の素性について明かそうとしなかったので、気が緩んでいたのかもしれない。

追い出されてしまうかもしれない……。ターニャはじっとりと冷や汗を掻き、肌着を濡らした。

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