第45話石切り場で燃え上がった鬼火

 左の分岐の先は、石切り場になっている。

明りの無い、体育館ほどあるスペースの片隅に、切り出された石が積まれていた。

佳大は分岐路から石切り場に入り、柵の無い傾斜路の上から部屋を眺める。奥に伸びた空間全体が僅かに反っている。


 内周側は壁、外周側は四角柱の並ぶ神殿のよう。

柱の間から、上部に向かって伸びる階段と、何処かに通じる通路が見えた。

スペースの突き当りで、巨大な3匹の魔物と、服装のバラバラな3人が戦闘している。ジャックとクリスが加わり、事態は混沌としているようだ。


 見慣れぬ1人は軽装の槍兵。両肩や腰回りに反して、胴体の守りが薄い。

長大な剣を振るっている戦士と比べると、装備の少なさがよくわかる。

剣士は槍兵とは違い、可動部以外は金属板でしっかりと覆っている。装飾のない無骨な兜を被っているので、人相は分からない。


 そして魔術師というのは、三角帽子を被っている人物だろう。動く度、長い髪が翻った。

身を包んでいるドレスに、艶めかしい身体の線が浮き出る――女だ。細い指に、自分より大きな鎚矛を手に、猫のように動き回っている。

彼女はクリスが冷気を放つと、そちらに雷電の魔術を放った。


「横から人の得物獲らないでよ!あなた、邪魔しに来たの!?」

「ハハハハ…!」


 クリスの矛先が変わる。少年は鎚矛の魔術師を、ターゲットに含める。

蹴りを繰り出すと、女魔術師は小さく跳ね、メイスで弾く。それでクリスは一層、機嫌を良くする。


「止めろ、クリス!おい、見てないで手を貸せ!」

「あー、はいはい」


 山の中とは思えないほど広大な空間だが、3匹の魔物もまた大きい。

剣士や槍兵の頭が、膝の位置にある巨体。顔には目も口も無く、カブトムシのような3本の角が、天に向かって反っている。

丸太のような腕が戦斧を振るう度、空間が唸る。鉄の壁を思わせる胸板には痛々しい切り傷が幾筋もついていたが、致命傷では無い様だ。

両前腕と、両脛以外は装甲で覆っていないが、彼らに防具は必要ないのだろう。


「同業らしいな、新手かと思ったぜ」

「似たようなもんじゃないか?迷宮内だしな」


 剣士の振るう剣の厚みは、3本角の振るう斧の刃と遜色ない。

それでも目方の違い、体格の違いから、打ち合うことは無い。懐に入り、跳び上がって長大剣を叩きつけていくが、皮膚に食い込んだ瞬間、斬撃の勢いが削がれてしまう。

巨大な戦斧を掻い潜り、既に5度は剣撃を刻んでいるが、身体部位の破壊には至らない。


 佳大は飛ぶようにクリスの元に駆け、打ち合う2人の間に入った。

距離を詰める間に顔つきが変わる。頭から角が生え、目尻が吊り上がり、口が裂ける。少年の腕を右腕で掴んで放り投げ、振り下ろされた鎚矛を左手で弾く。


「おい、その辺にしとけ」

「何、邪魔!?一条の光(レイ)!」


 鎚矛の魔術師――チェルシーは割って入った佳大を睨みつける。

彼女の顔の前から放たれた光芒の中に、佳大の姿が消えた。光速で撃ち出された魔法を避ける事叶わず、壁に埋まった。

蹴り出されたように壁から抜けた佳大の脳天目がけて、爪が振り下ろされる。足を踏み出したところを狙われてしまい、前のめりに転倒。

その背中に、クリスが踏みつけを二度、三度と繰り出す。床に亀裂が走る。


「ハハハハ…、邪魔しないでよヨシヒロ。今はこのお姉さんと遊んでるんだから……さ!」

「離せ」


 クリスは屈むと佳大の髪を掴み、鬼の力を僅かに開放した彼と見つめ合う。

文字通りの鬼の形相から、呟きと共に火球が放たれた。その熱量、悍ましさは火炎の投擲(ファイア・スロー)では比較にならない。

ただ冷えた顔から一言放たれただけで、周囲は灼熱の地獄と化す。佳大の横たわるあたり、洞窟の床が熱せられたバターのように溶ける。

クリスとチェルシーに戦斧を振り下ろしていた魔物――アブノーマル・ミノタウロスは、無数の破片となって砕け散った。


 魔術師だった故か、歴戦の冒険者であるチェルシーは死亡までは至らない。

全身が黒に染まり、焦げた衣服が皮膚に張り付き、声を出せないが、まだ生きていた。

しかし、このまま放置されれば、後数分で息絶えるだろう。彼女が体験したのは、焼ける感覚ではなく、巨岩を叩きつけられたような質量を感じさせる痛みだった。


 残りの2人、ウィルとマーカスも無事だ。

軽装の槍兵、ウィルは自慢の健脚で炎の砲弾が通過する範囲から離脱、皮肉にも爆炎が放つ熱風が、追い風となって彼を弾いた。

マーカスは仲間内で最も距離を置いていた事もあり、軽い火傷で済んだ。


 ウィルが受け持っていた真ん中の1体は、横殴りの熱波に殴り倒される。

火に巻かれたまま床に投げ出された奇形の巨人は、緩慢な動作で立ち上がるも、意識よりも肉体の方が先に根をあげた。

腕が折れるように崩れ、足元に叩きつけられた胴体が砕ける。


 マーカスが受け持っていた1体は突如巻き起こった業火に反応し、そちらに足を向ける。

しかし、どろりとした高熱に足を絡み取られ、唸り声と共に後退。


「チェルシーは!?」

「生きてりゃこれで助かる!」


 ウィルは炎の海、熱くぬかるむ岩の上を駆ける。

彼は懐から取り出した真鍮の瓶をじれったそうに開き、黄金に輝く蜜をチェルシー…らしき人影に与えると、すぐに重剣士マーカスの元に駆け戻る。

心臓が凍り付いたような数秒の後、チェルシーが咳き込んだ。


「無事か?」

「…?私」

「ネクタルを使った、文句言うなよ!?」

「言わないわよ、ありがとう…そうだ!あいつ等が」

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