第46話鬼火の後始末
3人はチェルシーがいた辺りに視線をやる。
勢いを衰えさせぬ真紅の踊る壁の中、ゆらりと立ち上がった2名の影を認めた。
魔術で2人の支援を受け持っていたジャックは、時間が止まったように感じた。
部屋を轟音が貫き、ほとんど間を置かずに、石切り場の一角が火炎流に呑み込まれたのだ。
何故かパワーが上がった自分の火炎魔術が、蛍火にしか見えない規模の業火。佳大だ、根拠は無いが、確信を持って言える。
(お前が騒ぎを起こしてどうする!?)
ジャックは固まっている3人に注意しつつ、どのように声を掛けるか考えあぐねた。
下手に呼びかけて、こちらに注意を向けてほしくない。クリスを止めて欲しかったのに、別パーティーの1人に深手を負わせるとは……。
戦闘を警戒し、魔本に触れる指に力が籠る。
その後ろでターニャは、涙目で座り込んでいた。
戦闘に参加する事なく、石切り場の積まれた石の前で待っていた彼女は、激しい轟音と閃光に息を呑んだ。
炎はまもなく姿を消したが、溶解した天井から雨水が漏れるように滴が垂れる。
「痛いよ、ヨシヒロ。いきなりひどいじゃないか」
「お互い様だろ、背中踏んだくせに」
佳大が炎の海の中。
瞬く間に活火山の火口付近並みに気温が上昇した部屋の中で、2人は汗一つ掻いていない。
佳大とクリスは超高温の只中に身を置いていたというのに、身に着けている衣装さえ無事だ。
2人は未だ熱を持ち、溶ける床から、涼しい顔で手前に移る――佳大の視線が、ウィル達3名とジャック、ターニャを捉える。
途端にばつの悪そうな顔をした。彼が床が熱を持っていないあたりまで来たので、ジャックは足を動かす。
「……ヨシヒロ、今のはなんだ」
「ゴメン。なんか出ちゃった」
「出ちゃったぁ!?」
ジャックは言葉を呑み込む。
叱りつければいいのだろうか――分かってはいたが、この男は自分より強い。
彼が言葉を紡ぐより早く、佳大とクリスは残りの1体を始末に向かう。
黄金の毛で覆われた腕を叩きつけるも、強靭な皮膚と筋肉には通りが鈍い。衝撃にも強いようだ、飛び回るクリスに腕が伸びる。
佳大はミノタウロスの右脛を抱え、その巨体を持ち上げる。脛を抱えたまま回転し、途中で離す。投げ飛ばされた巨躯が壁に命中し 石切り場全体が揺れる。
ジャックは共闘していたパーティーに目を向ける。彼らは立ち上がり、ゆっくりと武器を構える。
(さて……、どう来る?)
ジャックは最早、3体の巨人など眼中にない。
問題は彼らだ。その顔から、こちらに対する強い敵意を感じる。
突如パーティの一人に襲い掛かったクリス、敵集団をほぼ壊滅させたとはいえ、実際に重傷を負わせた佳大。
(あの2人は気にしないだろうな、問題は俺達だ)
ターニャに目を向けると、膝を立てたまま部屋の隅で座っている。
彼女は放っておこう。自分の身を守るだけで手一杯だ。この場を切り抜けねば、ゴルド金貨どころではない。
戦闘が終わり、7名の間に気まずい沈黙が流れる。なんとなく立ち去り難く、彼らはその場に留まる。
(これ、俺が謝る流れだよなー)
遺恨を残すのは不味い。
故意ではないにせよ、やっちゃったものは仕方がない。
佳大はウィル達の前まで歩き、黄金の蜜――ネクタルで再生したチェルシーに頭を下げる。
マーカスから渡された外套で身体を隠す彼女は、冷ややかに男を見つめた。
「ごめんなさい。クリスとあんたを止めようとしたんだが、力が暴発してしまった」
「謝ったらそれで終わりなの?私、危うく死にかけたんだけど」
「此方の報酬はそちらに譲ろう」
ジャックが目を剥く。
連れの男達は硬い表情で、成り行きを見守る。含むところはあるが、こじれさせたくない。
あの威力の大火を目の当たりにすると、敵に回さない方が賢明だとつい思うのだ。彼女の意趣返しに生命まで賭ける気はないが、最も被害を受けたのは彼女だ。
この場で殺し合いに発展するようなら、仲裁に入ろう。言葉を交わす事無く、2人は意を同じくした。
「それは結構。この借りは高くつくからね」
「わかった。俺は佳大、あっちの金髪がクリス、向こうのローブ着た男がジャック、それから……ねぇー!?」
佳大は座り込む小柄な黒髪に向かって叫ぶ。
きょとんとしているターニャの前に、唐突にクリスが降り立つ。
「ヒッ――」
「そんなに怖がらなくていいよ、君、名前は?」
「え…」
クリスがターニャの肩を揺する。
「名前だよ。まだ聞いてないよ、僕達」
「あぁ、あの…ター…ニャ」
「ふーん、ターニャだって――!」
佳大はチェルシーに顔を向けた。
神妙な顔をしているが、心の中では早く終わらないかな、と思っている。
自分から話を切り上げようとするのは駄目だ、佳大にもその程度の空気は読める。
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