第21話転移者、瓜生七穂
東大陸の西を治めるエストリア共和国。
その西端、40を超える島々からなる都市クインス。二つの大陸の間に広がる海を支配する商業国家には、多くの文化人が暮らしている。
船で結ばれた水の都に建設された、ボルジア大学の研究室で、瓜生七穂は独り読書に耽っていた。
地球から招かれた彼女は冒険者として財を築く傍ら、都市の商人と交流を深めた。
その甲斐あって、大学に教職を得る事が出来た。この大学では、文法、修辞、論理、数学、音楽、幾何、天文を学ぶことが出来る。
彼女の受け持ちは音楽。習っていたピアノぐらいしか知らなかったが、彼女は神アポロン=カナメの加護を得ている。
音楽どころか、文化活動全般に優れた才覚を発揮できる。
伝手もそうだが、この加護が無ければ、冒険者暮らしから抜け出す事は出来なかっただろう。
マティアスの捜索と巨人族掃討を仰せつかっているとはいえ、あの安定しない暮らしに戻りたいとは思わない。
(帰りたいのは山々ですが、募った仲間を犠牲にはできませんから)
巨人族と本気で戦うなら、もっと数を揃えるべきだ。
尖兵の一人や二人で、戦況を変える事は出来ない。こちらの世界――所謂地球など、世界そのものの名称がないのだ――で2年過ごしたが、成果は得られなかった。
西大陸北の巨人領まで攻め上ったが、あまりにも厳しい環境に皆参り、街に戻ることになった。
やがてそれぞれに将来を掴み、パーティーは解散。最後に顔を合わせたのは、2か月前。
(私を招いた神の影響もあるのでしょうか…)
彼は戦闘もこなせるが、本分は芸術全般。
七穂は効率よく捜索を進めるべく、同じように招かれた使徒を発見できる「眼」をカナメから受け取った。
しかし、見つけられたのは浩之ただ一人。彼はこちらでの暮らしを満喫していた、七穂からすれば信じられない話だ。
家族や友人、恋人の事を思い出したりしないのだろうか?
読書を止め、帰宅。
明日は週に一度の正講義の日。一日、大学に詰めていなければならない。
正講義の日以外は、かなり自由が利く。教授としての収入は学生からの月謝だけだが、冒険者として稼ぎに出られる。
彼女は商人ラルド家の別宅に客分として滞在している。
夕食を済ませ、床に就いた彼女は、夢の中に独りの少年と向かい合う。
濃茶色の髪を肩まで伸ばしている、三白眼の少年だ。
鼻筋はすっと通り、顎は小さい。そっちの気が無い男ですら、衆道に目覚めさせかねない美形。
そんな彼は、遊郭帰りのようにだらしなく、着流しのような衣装に身を包んでいる。露になった右腿が艶めかしい。
足にはサンダル状のブーツを履いており、爪はよく手入れされている。
「カナメ、またそんな恰好を…」
「なんだよ、いつのものことだろ?」
七穂を招いた神格、カナメは虚空に腰かける。
尖兵を挑発するように足を組むが、七穂は嘆息するのみ。カナメは面白くなさそうな顔で、足をぷらぷらさせた。
カナメ、というより神々自体が信用ならない。
有無を言わさず異世界に連れてきた挙句、帰らせることが出来ない等。しかし2年も経てば、嫌でも諦めがついてしまう。
任務について煩く言わない点だけは、認めてもいいだろう。
「七穂さぁ、杉村佳大って知ってる?」
「……えぇ、その名前は知っています」
七穂の脳裏に、上背のある青年の姿が浮かぶ。
「彼氏?」
「まさか。ただの友達です」
高校の1年から3年までクラスが同じだっただけだ。
放課後に連れ立って街に繰り出す程度には親しかったが、最後まで艶っぽい雰囲気にはならなかった。
大学進学を機に、彼との付き合いはぷっつりと途絶える。
「まさか彼も?」
「そう、俺の妹が招いたんだけど、ちょっと普通じゃないつーか。そいつの過去について知ってるんなら、教えてくれない?」
「まず私の知っている杉村君と同一人物かどうか、確認したいのですが?」
「カタいなー、ま、いいよ。それじゃ聞いてくるからさ」
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