第20話鞘の注文により、1週間の暇が生まれた
少年は自分の身に起きた事を、まるで把握していないようだった。
ジャックが何度か質問するが、反応が鈍い。会話は出来る、戦闘のあった浴槽を見て吃驚したことから、一般常識も身につけているのだろう。
しかし、身元について聞くと、途端に胡乱な答えしか返さない。
「記憶喪失って言うのかな…」
「あぁ、可能性はあるな。なにせ迷宮で化け物に攫われたんだからな」
余計なこと言うなよ、とジャックが2人に目配せする。
死んでいたが蘇りました、などと口にしようものなら、あらぬ疑いが掛けられかねない。
佳大の頭には、魔女狩りがある。暗黒時代のヨーロッパと同様、妙な理屈で異端者扱いされたらと思うと、溜息が出そうだ。
クリスがどう出るか心配だが……下手に釘を刺すと藪蛇になりそうな気がする。
ムールナウト城に連れて行き、少年を引き渡して任務達成。
彼――アルムは同胞の事は何も覚えていないらしいが、佳大たちに原因が押し付けられることはなかった。
彼らは装備を失ったとはいえ、全員生還。銀貨21枚を報酬として受け取り、城を出た。
「お金増えたねー、40枚しかないけど」
「数ばかり増やしても重いだけだ、蔵が欲しいな」
「移動すること考えると、蔵あってもなー…この剣どうしよう?」
佳大は天蠍騎士の剣が変化したものを、抜き身のまま持ってきた。
出所を聞かれたが、佳大は迷宮の奥で拾った、と告げる。見かけがあまりにも変化しており、騎士団の装備と悟られることは無かった。
「捨てても良いんじゃない?佳大には必要ないでしょ」
「今後も持っていくなら、鞘を用意するべきだな。鍛冶屋はどこだ?」
佳大の後ろから、2人がついてくる。
市内の地図は既に頭に入れてあるため、足取りに迷いはない。
佳大は武器屋で売り物の剣の値段を尋ねてから、鍛冶屋に向かう。鞘作成の相場が知りたかったのだ。
都市には商人ギルドが存在しており、彼らの話し合いで商品の底値は決まると、店主が教えてくれた。
主人は親切にしてくれたが、彼らは何も買わずに店を出る。
「考えたねぇ、これなら幾ら要るか計算できる」
「あまり参考になるとは思えんがな、所詮底値だ。それに剣と言っても、色々。そいつは魔剣だろう?」
「参考ぐらいにはなるだろって思ったんだけど……、魔剣?」
多くの命を吸った武器は、魔剣や妖刀と呼ばれる。
それらは通常の武装には無い能力を秘めている反面、担い手を自分で選ぶ。
意に沿わない担い手を衰弱させ、しまいには殺す事すらあるという。
「これにも何か力があるのかな?」
「さぁな…、こいつの鞘が作れるかどうか、聞くだけ聞けばいいさ」
「そうだな」
通行人が遠巻きに3人を見つめてくる。
往来で抜き身の剣を持っているのだ、不審がられても文句は言えない。
佳大達はエルフィに店を構える、一軒の鍛冶屋に入った。看板娘らしい少女に用向きを告げると、丸眼鏡の男が出てきた。
顔も作業着も煤で汚れ、肩幅が広い。
「鞘単品ですか…、商品はそちらですか?」
「あぁ、迷宮で拾ってね、鞘が無いんだ。幾らくらい掛かる?」
「鞘だけなら10シルバ。鞘に装飾を加える、色指定などの条件を加えると、割増しになります」
「それは要らない」
安全に携帯できればそれでいい。
「わかりました。1週間ほど、お時間をいただきますがよろしいですか?」
「あぁ、いいよ」
3人は鍛冶屋を出た。
料金は後払いだそうだ、持ち合わせがない場合は代金が出来るまで預かってくれるらしい。
頼んだからには1週間、待ってみよう。人間の都市を歩き回るなら、変身する姿を多くの人々に見られるのは避けたい。
ロムードの使徒とはいえ……いや、使徒だからこそ。有名人など、目指すべきではない。
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