第17話地下迷宮攻略(2)

 鬼とは隠に通じる。

姿の見えないもの、この世ならざるものであることを意味するという古い説だ。

また、渡辺綱の伯母に化けた茨木童子など、別人に姿を変える逸話は数多い。

現在の佳大も、その伝承を反映してか、自分の姿を自在に変える事、ステルス状態になり己の存在を隠蔽するなどの能力を得ている。


 通路の角を越えた時、群れで歩いている3体の人狼が目に入った。

姿を隠した佳大は背後を取り、騎士剣で喉首を掻っ切る。

1匹仕留めたが、敵は暗殺者の存在に気づく。パニックに陥った獣人2体は耳をつんざく咆哮をあげる。

姿は見えていないはずだが、狼は佳大のいる位置目がけて、爪を振るう。


(バレた!?…いや、鼻か)


 狼だから、おそらく嗅覚が鋭いのだ。

佳大は姿を消したまま、天井まで跳び、2匹目の頭蓋を断ち割った。

臭いに注意を向けた瞬間、佳大の体臭が周囲の臭いに紛れる。人狼の群れを始末した佳大はクリスの元に戻ろうとしたが、彼は通路の角から佳大を見ていた。


「姿を隠せるんだねぇ。稲妻も落とせるし、結構芸達者だ」

「あぁ、みたいだな…」


 クリスはスキップするように歩き、佳大の隣を陣取った。

笑いながら上目で見てくる彼には取り合わず、佳大は迷宮の奥に進む。

第2層も同じように探索し、彼らは騎士のうち2人を発見。転送の腕を使い、城に送った。


「残りは奥か」

「多分、攫われたんじゃない?首領がいるはずだよ」

「そんなこと言ってたな…、まぁ、普通は上に上がろうとするだろうしな」


 第2層にて何度目かの戦闘を終えようとした時、敵の一人が声を掛けてきた。

ローブを着た男、マジシャンと名乗った。黒髪を一つに括っている、下顎の小さい逆三角形の顔。二重の大きな目は猫のよう。首回りから見るに痩身だろう。


「待て!取引をしないか?あんたらの仲間に加わろう!」

「は?」

「無様だねぇ、命乞いならもっとそれらしくしなよ、ワンワーンって」


 クリスは嬉しそうな顔で、犬のような手つきをした。


「チッ、無様で結構。矜持で飯は食えないんだよ」

「じゃあ、僕の靴でも舐めてもらおうかな」

「待て待て、面白そうだ。何が出来る?」


 不機嫌そうなマジシャンだったが、佳大が身を乗り出したことで気を静めた。


「火炎の魔術、炎を飛ばしたり松明代わりに使える。それから開錠と守備力強化と変性…器物を別のものに変化させる魔術が出来る」

「別のものとは?」

「毛皮を箱いっぱいのリンゴに変化させたり、盾を解毒剤に変えたりな。変化は俺の側から操作する事は出来ない」

「博打か」

「そういうことだ、どうだ?」


 試すような目で佳大を見てくるが、答えは既に決めている。


「乗った。俺は杉村佳大だ」

「僕はベヒモット村のクリストフ。クリスでいいよ」

「ジャックだ。よろしく、お2人さん」


 佳大は探索の道すがら、ジャックに話しかけた。 

疑問が幾つか湧いてきたのだ。尋ねるのも億劫だが、これを解消しておきたい。


「ジャックは人間なのか?」

「いや、違う。俺に興味があるのか?」

「馬鹿言え。魔物って言うのがここらにいるらしいが、それは一体なんだ?」

「…何言ってるんだ、お前?」


 ジャックが露骨に怪しむが、知らないものは知らない。


「僕も聞きたーい!魔物って何?」

「お前ら…、魔物ってのは、古代、巨人族がこの世界に放った化け物どものことだ」

「ジャックもそうなの?」

「そう。俺は人間の魔術師が再現されたものだ。木の根じゃなしに、虚空から生まれたのさ」


 ジャックは冗談めかして言うが、2人にスルーされる。


「その巨人が、人間に似せた魔物を放ったと」

「あぁ、それは違う。連中が放った魔物が倒された時、怨みが土地に残ったのさ」

「怨み……、お前は怨霊なのか?」


 魔物との戦闘による犠牲者が魔物になったのでは、と佳大は連想した。


「違う、が話が早い。恨みが積もり積もって、土地が勝手に魔物を吐き出すようになったのさ。土に還った魔物の死体が、新たな魔物を生む」

「うへー、キリが無いね」


 3人は迷宮の探索を続ける。

騎士団が踏破したのは3層までだったようで、このあたりに来ると道具を見つける事もあった。

上等な生地の服、手袋、儀礼用の短剣。佳大とクリスは興味を惹かれなかった為、入手することは無い。

このあたりに来ると、生活感が出てきた。長年使われた様子の無い炊事場には、全く食料が備蓄されていない。

包丁は錆だらけ、朽ちたテーブルは、枯れ木の山になっている。


「あんまり面白そうなもの落ちてないねー、掃除すれば料理が出来そうだけど」

「あれもこれも拾ってられないしな」

「帰還魔術があるんだから、帰ればいいだろ?ジャック、ここがどんな目的で作られたか知らないか?」

「知らん。俺が生まれた時は、既にこの有様だった」


 ジャックは顔を向けずに言う。


「いつからここに居るの?」

「さぁな。ここは時間の感覚が曖昧だ。お前らと会うまで、どれくらい生きてきたのかは、よくわからん」

「……」

「あ、拾った道具を変化させられるんだよね?」

「だからそこの包丁を変えろってんなら、断る。今後の戦闘に差し障るからな」


 撤退軍から脱落した騎士の行方は、目を瞑っていても分かる。

生命の気配を辿れる佳大と鋭敏な感覚を持っているクリスがいる為、見つけるのは容易だ。

第4層の牢獄に、4名が囚われていた。鉄格子の向こうに、首輪を嵌められた全裸の男達が座っている。

身ぐるみが剥がされているが、それより先に気になる事があった――1人足りない。

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