第16話地下迷宮攻略(1)

 2人は冒険者ギルドに集められた依頼を、一渡り眺める。

最新の依頼は、エルフィ市近辺で発見された地下迷宮第2層での人探し。

探索に向かった天蠍騎士団(てんかつきしだん)が向かった所、内部を徘徊する魔物に襲われ、6名の犠牲を出してしまった。


(魔物…?)


 山賊ですらない害獣相手に部下を殺させるわけにはいかない、隊長は死者をこれ以上出さないうちに進攻を打ち切る。

しかし、敵の勢いが激しく、騎士の一部が取り残されてしまった。冒険者たちには、これを捜索して欲しいらしい。生死は問わないが死亡していた場合、報酬は減額する。

取り残されたのは騎士7名。第2層にはボスとでも呼ぶべき、強力な魔物がいるらしい事を、騎士団から報告されている。


「行ってみる?」

「行ってみよう」


 失敗してもペナルティは特にない。信用度が下がるだけだ。

もっと楽な依頼は幾つもあったが、簡単に倒せる敵では、試し打ちの相手としては不足。

ロムード…神と敵対する以上、それなりに難敵でなくてはならない。


「こ、こちらを受けるんですか…?」

「そう、駄目?」


 受付窓口の女性は、唖然とした表情をしている。

来たばかりの依頼であり、競合相手はいないが、歴戦の騎士100名を撃退した迷宮。

冒険者も数を揃えなければならないだろう、と彼女は思った。自己責任とはいえ、日の浅い冒険者を死地に送り出すのは心苦しい。

が、クリスが上目遣いで見つめられると、不安はたちまち霧散した。屋外劇場での一幕は、彼女も知っている。


(ロムード神の使徒らしいですし、紹介してもいいかもしれませんね)


 黒髪の男――ヨシヒロはともかく、クリスはヒロユキを倒すほどの実力者。使徒と、使徒を倒す獣人の少年。

新入りに危険な任務を紹介する事は気が咎めるが、冒険者の生死は自己責任。

もし達成出来たら彼らの評価と、ギルドの評価が上がる。ヒロユキは姿を消した、新しい広告塔が必要になるだろう。


「かしこまりました。ムールナウト城の衛兵で身分を明かせば、詳しい説明を受けられます。頑張ってください!」

「城か…」

「はーい!任せて!」


 佳大とクリスはホールを出て、ムールナウト城に向かう。

市の南西部に建つ、円錐形の屋根を持つ尖塔――ムールナウトの物見台だ。

外壁は凹凸を繰り返し、門扉の上部分には装飾が施されている。城門で身分を告げると、2人は応接間に通された。



 騎士団長から依頼内容の詳細を聞いてから、佳大とクリスは地下迷宮に向かう。

人工的に作られたものらしく、構造材の測定結果によると、フィリア帝国が建設される以前のものと言われている。

100名のうち、生死不明が7名――彼らは撤退と並行して、負傷者の回収をこなしたのだ。しかし、強行軍故に脱落者を出してしまった。

全員が迷宮に向かったわけではなく、留守を守っていた300の騎士は無事だ。


 ムールナウト城で「物体転送の腕」を渡される。

門を創造する魔術が込められており、これで円を描くと、あらかじめ指定された行き先に瞬間移動できる。

これで騎士を送還できるし、2人も奥深くから瞬時に戻れるそうだ。


「これ使えば帰れたんじゃないの?」

「これは団員で金を出し合って用意したものだ。これ1つで商船が一隻買える。依頼を終えたら返してくれ」


 佳大は頷く。2人は城を出て、迷宮に向かう。


「何が出るかな!楽しみだね?」

「そうだな。どうせ味わうなら、楽しい方がいい」


 街の郊外にある渓谷の間に、明らかに人工物と思しきアーチが口を開けている。

聳える岩壁に挟まれ、空は手で覆えるほど小さくなった。すぐ前は川――入り口前はちょっとした船着き場のようになっている。

その側に幅広の両刃剣が放置されていた。騎士達の装備は統一されており、装備には紋章が刻まれている。

彼らはただの騎士ではなく、かつて実在し、隠れてなお人間に影響する神が擁する兵隊。


「流石に剣まで持っていかなかったみたいだね」

「一応、持っていくか」

「返すの?」

「まさか。置いていったんなら、こっちの物にしていいだろ」


 佳大は天蠍騎士の剣を拾い上げ、試すように振るう。

これは力を抑えている間だけしか使えない、と佳大は思った。異形――鬼に変化した状態では打ち付ければ、一発で壊れておかしくない。

刃には落とされなかった血糊がこびりついている。鞘が無かったので、仕方なく抜き身のまま持っていく。


「罠とかあるのかなー」

「罠って?」

「落とし穴とか」

「階段探す手間が省けるから、いいじゃない!」


 第1層に入り込むが、見つかるのは死体や草、小石ばかり。

幾つか小部屋があったが、生活感は無い。この施設は何のために作られたのだろう?

壁からは燭台が等間隔で突き出ており、夜間の使用も想定していたようだが、住居ではないのか。


「7人は散り散りになってるね。あの騎士団長の言う通りなら、全員生き残ってるみたいだけど」

「あぁ、それなりに有名らしいからな、ちゃんと鍛えてるんだろ」


 2人は明りの無い通路を進む。

地下水が染み出しているのか、床や天井の隅が湿っている。

通路は広く、5人が並んで戦闘できそうだ。天井も高い。

よほど地盤がしっかりしているのだろうか、地震でも起きたらと思うと、長居したくないのだが。

佳大もクリスも夜目が利くので、視界には問題がない。まもなく、2人はみすぼらしい格好の男4人と出会う。


 クリスは獣化を使う事なく、跳躍。

男達は間合いを詰めたクリス目がけてナイフを振り下ろすも、壁に向かって跳ぶことで回避。

腕を振り切ると同時に、クリスは蹴り足で1人の頭を砕く。


 佳大が剣を突き入れると、ほとんど抵抗なく刀身は男の腹に沈んだ。

素振り同然のスピードで振り上げると、男は血を吹き出して倒れた。男が佳大目がけてナイフで斬り下ろす。

反応が遅れてしまい、肩に命中するが、服が裂けるだけで傷にはならない。クリスが冷気を放射し、もう1人を氷漬けにする。

佳大は得物を使う戦闘自体が初めてだからか、稀に佳大が攻撃を受ける事があったが、その身体には傷一つ付かない。


 徘徊する敵に後れを取る気配すら見えないまま進む。

佳大の危惧とは異なり、罠には遭遇しなかった。また金目のものも見当たらない――騎士団が回収したのだろう。

徐々に剣にも慣れ、佳大は成人が2人は乗れそうな体躯のカエルやネズミを軽々と斬り刻んでいく。


「クリス、俺が先に行く」

「?わかった」


 佳大は遠ざかっていく魔物の気配に向かって、足音を立てないように駆ける。

足の裏から地面につくように走り、呼吸をゆっくりと行う。走っていく最中、佳大の姿が消えるのをクリスは見た。

一瞬驚いたが、視界の一部で歪みが動くのを見て、原理を悟る。見かけを偽装し、姿を消したように見えているだけか。

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