第15話勝利者と敗北者

「俺達を捕まえに来たんじゃないのか?」

「お二方が裁かれる心配はありません。ここは神域ですので…」


 姿を隠したとはいえ、神というものが実際に干渉する世界。

佳大が暮らす地球より、宗教の力が強いようだ。恐らく、ここにいる騎士達は戦国時代の比叡山や興福寺の僧兵にあたるものだろう。

尋ねてみると、やはりそうだった。あちこちに土地を持つ彼らは、盗賊や領主などと衝突を繰り返しており、武装して自衛するようになったらしい。


「ところでこの決闘はどのように決着をつけるのでしょうか?邪魔に入るつもりはありませんが、あまりにも被害が大きいと、祝祭に差し障ります」

「あぁ…そうだな」


 佳大が呟くと同時に、吹雪が止んだ。

屋外劇場は、一面氷に覆われており、観客席に氷槍で針山のようになった死体が2つ、氷漬けになっている。

クリスは片手で持ち上げていた浩之の身体を、高々と放り捨てた。浩之は観客席を飛び越え、丘の下に消えた。


「おーい、ヨシヒロー!終わったよー!」


 クリスは氷を踏み砕きながら、佳大の前まで走る。


「お、無事か――怪我したのか?」


 上衣が大きく裂けて、血が滲んでいる。


「あぁ、これ?平気、平気♪すぐに塞がったからさ」

「そうか、じゃあ、宿に行こう」


 その場を去ろうとした2人を、神殿長が呼び止めた。


「おじいちゃん、誰?ここの責任者?」

「そ、そうです。浩之様は?」

「あー、あっち。まだ死んでないけど、飽きちゃってさー。侍らせてたお姉さん達は死んでるね」


 早く帰ろ、とクリスは佳大の腕を引く。佳大は彼と連れ立って、神殿に通じる丘を降る。


「あ、ロムードについて調べるんだっけ?」

「今日はいいよ。疲れた」

「疲れたのは僕だよ。佳大は何もしてないでしょ」

「気持ちが疲れたんだよ。着いて早々、決闘申し込まれたんだからな」


 2人は夕食を済ませ、宿で一泊。

翌日から佳大は、情報収集を開始。使徒である事は街の大部分に広まっており、情報収集には役立った。

啓示により、ヨシヒロがロムードの尖兵であると知れ渡っていたからだ。


 神の使徒というのは、この世界では、それなりに権威があるものらしい。

北の果てに、神々の都が存在するという伝承を聞く事が出来た。また、彼らが現在いるのは東大陸北部、東の端であると把握。

西大陸に、北の島々とやり取りしている船乗りがいるらしい――西に進路をとるべきだったが、ここで後悔しても仕方がない。

エルフィ北の港湾地区からあちこちの港に便が出ているが、北に向かう船は無い。


 冒険者ギルドのホールで2人は聞きこんでみたが、やはり小さな島が点在しているだけらしい。住民たちは漁業や農業で、細々と食べている。


「船代も稼がないとなー、幾らだろう?」

「歩きでいいじゃん」

「海の上を!?嫌だよ。船に乗っていこうぜ」

「船か…、乗った事ないなー、ヨシヒロは?」

「儂はある。修学旅行が香港だった」


 クリスは目がきらりと光る。


「修学旅行?香港って?」

「修学旅行ってのは、教育のために学校単位で旅に出る事だ。香港てのは、俺の祖国の…隣の国の都だ」

「へぇー、ヨシヒロってひょっとして貴族なの?学校単位で旅に出て、盗賊に狙われない?」

「いや、スリくらいは要るだろうけど、盗賊なんてものはいないよ」

「ふーん、治安がいいんだねぇ」


 日本ほど良くはないはず。

窃盗犯などダース単位で潜んでいるとは思うが、佳大の学校が狙われることは無かった。

学校というものは、こちらの世界にも存在する。神学校や教会あるいは神殿で、若い僧侶は先達から読み書きを教わっていた。


 しかし都市が複雑化していくにつれ、様々な分野に特化した専門家のニーズが急増。

騎士や貴族は、城郭学校や宮廷学校で礼儀作法や教養を、庶民は職業訓練校でトレーニングを積むようになる。

無論、義務教育の概念は存在していない。現代日本ほど、教育は庶民の間に浸透してはいないのが現状だ。


 2人は目についた飲食店に入り、端末を立ち上げる。

山賊の討伐、フィリア帝国領内のダンジョンの探索、人探し……佳大があれこれ考えていると、表通りからどよめきが聞こえてきた。

鎧甲冑を着た一団が、道路の中央を横断している。勢いよく駆け抜ける馬車数台が、施療院に横付けされる。人だかりが出来ているが、察するに怪我人が出たのだろう。

佳大は耳をそばだてているが、真相をついているとは思えない噂しか聞こえてこない。



「何があったんだろ?」

「さぁ…、明日以降になれば、もう少しはっきりするかも」


 神殿騎士達が捜索したが、浩之は発見できなかった。

彼の連れである女性2人は、エルフィ市内の墓地に埋葬される。城門から滑るように出ていった、血塗れの男を背負った大きな黒犬を衛兵たちが見ていた。

浩之を乗せた黒犬はエルフィから伸びる街道から外れ、背の高い木が密集する森林地帯に飛び込む。


「よぉ~、浩之!ひでぇ目に遭ったなぁ…」

「ヴァルダ様!」


 浩之は下生えの中に転がされる。夢の中で、浩之はヴァルダ神の声を聞いた。

彼の視界は白濁し、光の強弱程度しか認識できない。黒瑪瑙の神具の奇跡を使った、代償がこれだ。

夢の中でありながら、ヴァルダ神の姿を見る事が出来ない。


「ケイトとエリンは…、どうなりましたか?」

「あ~…?死んでるな。墓地に2人とも、埋葬されちまった」


 浩之は唇を噛み締める。

何の保証も与える事の出来なかった自分を慕ってくれた2人、どう考えてもあの場で死ぬ必要のない生命。

クリスと佳大に対する怒り以上に、浩之は自分に失意を覚えていた。


「両目がとられちまった上、向こうのガキも生きてる。大損コイちまった」

「ヴァルダ様、お願いです!俺の眼を…」

「あぁ?無理だよ、その目は怪我したんじゃねぇ。エラとの契約により奪われたもんだ。大人しく受け入れろ、色の無い世界を」


 浩之は夢の中でうなだれる。


「だいたい、俺が司っているのは暴力と戦争の狂気だぜ。目を癒せったって無理だよ。それよりどうするんだ?野郎、まだエルフィにいるぜ」

「……今は無理です。この目に慣れてないし、力も不足してる」

「意外に冷静だねぇ、ま、頑張んな」


 佳大はフィリア港の発券場で、乗船券の料金について聞いていた。

船代は銀貨7枚から、上等な客室ならさらに高くなる。注文しようとしたクリスを遮り、ヨシヒロは港からギルド・ホールに戻った。


「乗船券、買わないの?」

「あぁ、しばらくこの街にいようと思うんだが、どうだ?」

「僕?僕は勿論構わないけど、どういう心境の変化?」

「自分がどれだけ戦えるか分からないからさ、ちょっと経験を積もうと思って」

「あぁ、そういうこと!わかった、じゃあ、早く依頼を受けよう!」

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